第12話 薬剤精製

 バブみのボケをかましてくれた正二さんからの精神的ダメージに耐えつつも、無事にその日の勤務を終えた。


 スマホを見ると、いろはちゃんからの返信が入っていた。


『オールでINしてました! 主任聞いて! 現実世界でポーション作れたんですよー! 昼食食べて仮眠してシャワーしたらまた潜ってきますねー!』



 うーん、文面からすると昨夜から徹夜でINして朝食も摂らず昼まで潜っていたんですね?


 そしてまた潜ると。


 トイレとか大丈夫かな?


 まあ、セクハラになりそうな余計な心配はやめて、今日の正二さんに試された内容を共有しておこう。


 たぶん、いろはちゃんもあの試しの洗礼を受けると思うから。


 


 帰宅したオレはコンビニ弁当とビールを平らげ、気になっていたことの脳内検証を始める。


 今日の正二さんから受けた試しの時。


 それに、先日の一番最初の魔法暴走未遂の時も。


 正二さんは、魔法を発動させる際に口をもごもご動かしていた。


 多分、あれは呪文の詠唱なのだろう。



 魔法発動には呪文の詠唱が必要。


 それは、ファンタジー世界を知る者にとっては常識中の常識。


 だから、今の今まで何とも気にとめてもいなかった。



 だけれども。


 昨日のオレと言い、いろはちゃんといい。


 魔法を発動させた時は、だったのだ。



 これってどういうこと?


 仮にも大賢者を自称する正二さんが呪文の詠唱を必要としているのに、つい最近魔法を発動できるようになったオレやいろはちゃんが無詠唱魔法を使える。


 これって矛盾しているよな?


 大賢者こそが無詠唱魔法を使えて、初心者のオレたちに詠唱が必要なのであれば話は分かる。


 でも逆なのだ。


 2本目のビールを飲みほしたオレは、シャワーを浴びてベッドに横になる。



 今日も『ブリルリアルの栄枯衰退』にINしようかと思っていたのだが、いつもより多くビールを飲んで酒が回ってしまった。


 このままでは、VRゲーム内で寝落ちする未来が目に見えている。


 フィールドで寝落ちしてデスペナ喰らうのも嫌だし、酔ったテンションで他のプレイヤーと会話して個人情報ばらまいたり変な言動をするのも避けたい。


 なので、ちょいと早いが今日は寝る。


 最後にスマホをチェックして、いろはちゃんからの返信がないことを確認する。



 うーん、いろはちゃん、仮眠したとはいえまだ潜ってるのか。


 オレも若いころはゲームで3徹とか良くしてたなー。


 若いってうらやましい。


 おやすみなさい。ぐう。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 翌朝。

 

 顔を洗って着替えて出勤。


 朝食?


 独身アラサー男性にそんな贅沢なものがあるはずがない(偏見)。



 職場に着いて着替えを終え、スタッフルームに顔を出すと、早番ですでに出勤していたいろはちゃんが駆け寄ってくる。


 おう、睡眠削ってゲームして今日は早番ですか。


 よく早起き出来ましたね。


 いや、逆か? 


 つまり寝ていない?


 若いってうらやましい(2回目)。



「主任! 報告があります!」


 うん、報連相は大切だよね。



 オレはまわりを見渡す。



「例の件か? それとも通常業務の件か?」


「えっと、両方ですっ!」


 そうか、両方か。



 通常業務ならいいが、例の件も混じっているとなれば、他のスタッフに聞かれるのははばかられる。


 幸い、この場に他のスタッフはまだいない。


 オレは、手短に話すよういろはちゃんに促した。



「えっと、正二さんですけど、今日の朝食介助に私が入ったんです。」


「ふむ」



「最初はいつも通りだったんですけど、3割ほど摂取したところで、急に正二さんの顔つきが変わりまして、なにやらもごもご言い出したんです。」


「ふむふむ。」



「そしたら、正二さんが『おっと、間違えて自分に毒の魔法をかけてしまった。ワシ、あと5分の寿命だぴょん』って、つながった顔でおっしゃるんです。」


「じいさんのキャラ、ブレブレだな。ぴょんって何だよ。96歳。」



「そしたら、正二さんのお顔がむらさき色になって、みるみる生気がなくなっていったんです。」


「多分何だろうが、なんて悪質な。」



「で、『解毒剤が必要じゃー』っておっしゃるもんですから。」


「ふむふむ、そして?」



「解毒剤して与薬して事なきを得ましたっ。」


「ぐっじょぶ。」



「みっしょんこんぷりーとですっ。」


「正二さんから『試し』の説明は受けた?」



「はいっ。主任からのラインにもありましたから、予備知識もあったのですぐに理解出来ましたっ。」


 いろはちゃんはそう言って、おどけて敬礼のポーズをとる。



「じゃあ、この件はまたあとで。」


「はいっ。」



 そこまで話し終えると他のスタッフも続々出勤してきたので会話を終え、通常業務に移る。


 そしてお昼過ぎ――。



「主任、なぜか薬の数が合わないのですがー」


 施設看護師の荒川さんというおばちゃんが話しかけてくる。


 話を聞くと、風邪の初期症状の緩和のために常備していた市販の解熱剤が、台帳に記載された数より6錠程足りないというのだ。



 あ。


 それはたぶん、いろはちゃんが精製した解毒剤の原料として使用されたのだろう。


 だが、それを明らかにするわけにはいかない。


「多分誰かの記載漏れだろうねー。スタッフ会議で注意喚起しておきますねー(棒)」



 オレは、主任権限でどうにかごまかした。

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