Bad Company ―愉快で異常な仲間たちの異世界暗躍記―

@lavieenrose

I 勇者が魔王を討つ前に

 大いなる冒険は、大いなる物語を添えて、大いなる終幕を迎える。英雄譚とはそういうものだ。この、人類種の敵が現れた今の世界で人々が求めたのは、そういう物語が現実になること。そして、天なる神々はその願いに応えて、とある辺境の農村に勇者なる子供を遣わした。中央教導会によって英雄たるべく育てられた勇者は望まれたとおり立派に育ち、今や数名の精鋭を連れ、魔王討伐のための強行小隊『パーティ』として、最小限の支援を受けながら魔王城へたどり着くまでになった。

 彼らが魔王城に侵入してからすでに半月が経ち、勇者達は魔王城の衛兵という魔族の精鋭を次々に打ち破りながら、魔王の喉元、玉座の間へと近づいている。しかし実のところ、パーティの戦力は魔王討伐にはいささか足りない。魔王以外の魔族には負けないだけの力はあるが、魔王は別格だ。強力な個人を寄せ集めたに過ぎないパーティは、絶対的な上位者である魔王には勝てない。勇者やパーティに責任はない。これは、人類防衛の主軸であり、パーティを組織した国王エルガネスト三世と王国陸軍参謀部の読み違いによって起きた事故のようなものだ。

 十八年。魔王が公式に姿を表し、人類対魔族の全面戦争が始まってから過ぎた時間だ。それ以前から多くの人魔は対立し、小規模な戦闘行為は繰り返され続けてきた。勇者が魔王を殺せさえすればこの戦争は終わり、人類は束の間の平穏と魔族との和解の可能性を手に入れる。戦勝国と敗戦国という構図は、人類の支配者たちが望む形の総意だ。

 我々、つまり機関もまた、今のところはその構図を目標点に据えている。人類国家と機関の利害が現状一致しているからだ。故に機関、正確には代表は、王国の尻拭いをすることにした。つまり、勇者が魔王城を荒らし回っている間にそこへ忍び込み、魔王を殺す。そんな大胆なことができるのは、やはりパーティの諸君が頑張ってくれているおかげだ。さしもの機関といえど、万全な魔王城を制圧するのには手こずるだろうから。


「要約すれば、人類の希望たる勇者パーティをそのまま囮とした、大胆かつ綿密な秘密の作戦というわけだ」

「……フン」


 僕の簡潔かつ明確な作戦概要を聞いて、魔王は玉座の背もたれに4mもの巨体を預けつつ、鼻息とともに嘲笑をこぼした。僕のような男が―つまり、シャツからジャケットからネクタイまで真っ黒の、今からダンスでも踊るようなイカした格好の優男が―魔王の玉座の間に踏み込んで、余裕の表情で魔王を殺すなどとほざくのだから、まぁ、実質的に地上最強の個体である魔王からすれば、嘲笑以外にすることもないのだろう。当然だ。僕のプライドには少し傷がついたけど。


「それで、貴様の様な非力な小僧が我を殺してみせると? 道化は雇っていない、他所へ行け」

「フフ、これは勇者にも言えることだけど。強者は一人にして成るが、勝者は一人では成らないのだよ」


 一区切りを入れ、懐からシガーケースを取り出す。中身を一本咥えて、次にマッチ箱を出そうとすると、通信魔法から声がした。


「ボス、そのままで」

「うん」


 信頼する部下がそう言うから、その通りにしていると、鋭い風切り音と共に咥えたシガーに火が着いた。相変わらず、我が隊の狙撃手は腕がいい。


「ありがとう。フェズ、ホルク。あんたも?」


 親切な友人たちに礼を述べつつ、シガーケースを魔王に差し出すが、彼は釣れない様子で手をヒラヒラ。いらないということらしい。


「最後の一服はいいのか?」

「仲間がいるのは分かったが、やはり貴様に負ける気はしない。魔王の力を甘く見るな、小僧」

「そうかな。しかしね、君という最強の魔族を殺すのは、勇者という最強の人間ではないよ。我々という人魔を超えた機関であり、目に見えない死神だ」

「お前は眼の前にいるがな。まぁ良い。非力な小僧と臆病な連れが相手であれ、挑戦は受けるのが我の流儀だ。かかってこい、武器はあるのだろう?」


 そよ風が頬を撫でるような感覚とともに、魔王の発する魔力が視認できるほどに濃くなる。強力な魔力は光学でも観測できるという学術的知識はあるが、現実で目にすると……怖いな、腰が引ける。しかし、だからといって逃げるわけにもいかないし、失敗して機関を敵に回すほうが恐ろしい。

 上着のボタンを外してから、肩に下げている旅行カバンの中身を取り出す。75口径オートライフルだ。肉抜きされたカスタムハンドガードには、レーザーサイトとチューブドットサイト、マグニファイアがマウントされている。ショートマガジンは20発で、少し心もとないが、カバンに予備がある。

 オートマチックラフルは僕の友人であるキュー博士が開発したもので、完成してからしばらく経つが、もっぱら人間同士の戦いに使われるばかりで魔族や魔物には使用されない。これは個人が携行、使用できる威力では平均的な魔族には効果が薄いことが主な理由なので、魔王相手に使うのには全く向いていない。だからこそこの機に、キュー博士は革新的な技術を提供してくれたのだ。そのおかげで今の僕は、勇者のように骨董品の聖剣を振り回して、リスクを犯して敵に接近する必要はない。


「フン、なんだそれは。勇者の聖剣とやらのほうが、まだ恐ろしく見えたがな」

「当然だ。あれは魔を祓う神聖属性、その金属の塊だからね。しかしね、脳ある鷹は爪を隠すというのは僕の故郷の古い言葉だが、これの恐ろしさは今にわかるさ」

「やってみ――」


 魔王の挑発的な態度にも飽きてきたので、わざわざ聞いてやることもなく、フェザーライトの引き金を引く。三点バーストで、75口径退魔弾頭が音の壁ギリギリの速度で発射されるが、素早く避けた魔王の横に二発がすり抜け、一発だけは右肩を捉える。着弾の隙を見て狙撃手も引き金を引き、腹部と胸部に穴を開けた。見えない狙撃までは避けられないか。しかし、さすがの勘と判断力。銃がなにかも知らずに、飛び道具と解ってみせたか。それとも、煙草の時にバレたかな。


「――ングッ?!」

「痛いか、魔王さん。なら良かった、安心だ。効かなかったらどうしようかと」

「く、貴様、何を……?」

「うん、簡単だ。あんたが恐れる聖剣と同じ属性の金属を、火薬とガス圧で飛ばしてるだけさ。もうチェックメイトなんだよ、あんたは」


 痛みからか退魔属性の効果からか鈍った動きで、気丈にも無事な方の手を上げ、なにかの魔法を発動した魔王。黒々とした炎のような物が三つ、素早くこちらへ飛んでくる。僕は魔法には疎いが、小爪の先を触れただけでもただでは済まなそうな事はわかる。そもそも、魔王の魔法なのだから当然だが。しかし追尾性能があるようだし、速度も早く、僕の身体能力では避けきれない。まぁ、そのための小銃だ。ぱぱぱっ、と三点バーストで弾を放ち、二つは撃ち落とした。この弾頭による魔法の相殺は理論上可能だったが、実戦でできなかったら死んでいた。よかった、できて。

 そして僕の下手な照準が撃ち漏らした最後の一発は、跳躍しつつ体を捻ってなんとか避ける。もっとトレーニングしておくんだった。


「よっと……あ、ヤバ」


 避けさえすれば、そのままどこかへ飛んでいくかと思ったが、少し進んだところでぴたりと止まり、再びこちらへ飛んできた。まずい、今は宙に浮いているから、避けようが……。


「……ッ」


 とっさの思い付きで、小銃をフルオートに変え、思い切り引き金を引く。弾倉に残された弾丸を全て明後日に吐き出して、その反動で僕自身の軌道を変える。間一髪、黒い炎弾は眼の前を過ぎ去っていった。しかし、同じだ。ドサっと音を立てて派手に落ちたせいで、僕はまだ体勢を立て直せないのに、炎弾はまたピタリと止まって、こっちに来る。やっぱり魔王なんかに挑むんじゃなかったな。あんなにしつこい魔法、人間の魔道士は使わないし、簡単な人殺しをやって静かに暮せばよかった。


「ツインズ、助けて!」


 仕方ないので、情けなくそう叫ぶ。そうすれば、玉座の間の集光窓から一発の弾丸が飛び込んできて、僕に迫る黒炎を撃ち抜いてくれた。これで一安心だ。僕は倒れた体勢のまま、チェストホルスターの拳銃を取り出しフルオートで魔王に全弾をくれてやる。時間稼ぎだが、魔王には効くだろう。


「ぬぅ!」


 やっぱりね。魔王は唸りながら被弾箇所を抑えて、いつの間にやら発動していた追撃の魔法は消滅した。制御を失うと消滅するのは、どこの魔法も同じらしい。実を言うと僕も打ち身で体が痛いけど、努めて平然として見せ、さっき捨てたカバンから予備弾倉を回収する。チャージングハンドルを引いてやって、こいつの威力は元通りだ。銃って道具は、弾が切れるとしょぼい鈍器にしかならないのが玉に瑕だな。


「こんどこそ、チェックメイトだ」


 戦闘音を聞きつけ、近くにいた魔王の護衛兵が玉座の間に駆けつけてきたが、そっちは狙撃手のフェズとホルクがどうにかしてくれる。僕は大急ぎで装填を終えて照準し、急所を外しながら魔王の全身を撃ち抜けば……。


「う、ぐふぅ……っ」


 瀕死の魔王の出来上がりだ。あとは、この騒ぎを聞きつけた勇者がやってきて魔王を殺し、歴史に名を残す英雄となって王国に帰還する。世界は十八年前の灰色の対立に巻き戻され、あるいは人類の勢力は魔族を上回るかも知れない。まぁ、大きくは変わらないだろう。この魔王城がある大地と、人間たちの暮らす大地は、広大な海に隔てられた別大陸なのだから。そう、大きな変化など訪れず、かつて繰り返した歴史の輪が、再び廻るだけだ。魔王を殺しても何をしても、あんまり意味はないな。

 そんな事を考えながら、狙撃手双子とともに迫りくる魔王軍兵士を退けると、最後の一人が途絶えてから間を置き、迷いつつも確固たる意志を持った若い声が近づいてくる。


「みんな! なんだか知らんがこのままなら行ける、魔王を倒そう!」

「おっと、早かったな」


 一応、秘密の仕事だ。勇者に見つかるのは良くない。勇者が入ってくる間一髪でカバンに仕込んでいたスモークディスチャージャーを起動し、玉座の間を白く染める。僕も勇者も、お互いの影を認める以上には認識できない状態だ。


「そ、そこに誰かいるのか! ……魔王、なのか?」

「遅かったじゃないか、人類の勇者くん。仕上げは君たちに任せる。魔王を苦しみから開放してあげな」

「な、何? お前はだれだ!」

「さぁね。今度会ったら、一杯奢ってくれ。アディオス、勇者」


 人類の救世主とはもう少し話してみたかったが、そろそろスモークが晴れる。その前にあらかじめ仕掛けた爆薬を吹き飛ばして、魔王城の美しい壁に穴を開け、僕は玉座の間を後にした。

 さて、世界平和に貢献するのも思ったより疲れるし、帰って休暇でも申請しよう。機関は雇い主としては悪くないが、仕事が一々ハデで大変だな。次はもっと、おとなしい仕事にしよう。


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