最終話

「朝か....天音は、もう行ったか。」

今日は大晦日、つまり天音が喋れるようになる前日、まぁ後半日も無いのだが。

部屋から出ると既に両親ともに大慌てで、それぐらい今日の神事は一大行事なのが伺える。

「おはよう〜。」

「陸やっと起きた!人手足りてないから早く神社に行きなさい。」

若手が居ないのは理解出来るけど、帰ってきた息子まで出動させなきゃいけないほどに手が足りないらしい。

でも今日は天音の晴れ舞台だ。少しは頑張るか。

神社に向かえば、多くの人で賑わっており、天音が昇るであろう舞台が設営されていた。

周りには火を付ける台が並べられており、不知火神社が崇めている火に因んでいる事が分かる。

近くの人に声をかけ、やるべき仕事を貰い、早めに手を付ける。設営自体半分ぐらい終わっていたので、日が沈む前には終わらせる事が出来た。

「後は二時まで暇か。」

寝て夜に備えるか、天音に声をかけにいくかだが、俺は後者を選んだ。

どうせ明日になれば彼女との関係も終わる。

もし次会っても完全な他人同士だ。

「似合ってるじゃん天音。」

リハーサルをしてたであろう天音は、既に巫女装束に着替えており、赤い髪も合わさって神秘的に見える。

俺が来たことに気づくと、直ぐに寄ってくる。そして俺の前でクルリと一回りし、服を見せびらかしてくる。可愛いなこいつ。

「夜頑張れよ。俺も見るよ。」

俺の言葉に鼓舞されたのか、コクリと頷いた。


深夜二時前、もうすぐ丑三つ時だと言うのに、神社には多くの人が集い、今か今かと時を待つ。

リンリンと小さな鈴の音が響く。

キシ、キシと広場の舞台に人が登る。

その人が登りきると音は止み、周りに火が灯る。

そしてその人の前の台に火が灯った時、それは始まった。

天音の手にある神楽鈴が震え、ヒラリヒラリと優しく、けれど確かな存在感を放って舞を踊る。

彼女の髪が火に照らされ、まるで炎のように真紅に輝く。

ある人ははしゃぎ、ある人は崇める。

ある人は祈り、ある人は涙を流す。

彼女のそれには確かに、力があった。

「天音は凄いな。」

広場より少し離れた場所、階段近くで陸は見ていた。

18年間彼女はやり遂げ、今日その役目を終える。その集大成があの舞なのだ。誰がなんと言おうと俺は褒める。

あいつの努力を、あいつが生きた18年間を、俺は忘れることはしないだろう。

スマホの時計はピッタリと2時を示す。

それは天音が、彼女が声を取り戻す。

声を授かる事を意味する。

「お疲れ様天音。」

広場を見れば、踊り切りけれどやり切った彼女が見える。周りに頭を下げ、舞台を降りる。

「帰るか。」


舞台を降り、息を整える。

「もう喋っていいんだ。」

初めて外で声を出した。周りの人とどう話せばいいのだろう。陸みたいに話せる気がしない。

それでも。

陸と話したい、この気持ちを陸に伝えたい。

広場に出ると人がわらわらと私に集まり、各々が私に「おめでとう」と言ってくる。

でもその中に陸はいない。なら何処にいるのだろう。

けれど人が密集したせいで思うように動けず、人の波に流されそうになる。

「皆さん天音は疲れています。明日騒いで、今日は酒でも飲みましょう。」

お父さんがそう言うと、周りの人々にお酒を配り、盃を交わす。

まるで「行きなさい」と言ってるようにも思えた。

(ありがとうお父さん。)

広場には何処を見ても陸の姿は無い。考えられるとしたら一つだ。

(帰ってる。)

陸のことだ、きっと私の踊りを見終わって満足したに違いない。

階段に向かう、不知火神社の階段は長く、入り口には大きな鳥居が立っている。

見れば一人だけ降りている人影見える。

(陸、陸!)

想いが強くなる、胸が痛くなる、それでも走るのを辞める事は無かった。

丑三つ時、霊などが現れる時間などとよく言われる、はたまた別の世界と繋がるなんて話もあるほどだ。

だからこそ。

あの鳥居を陸が超えたら、二度と会えない気がした。

間に合わない、どうあがいても彼は鳥居を超える。

(行かないで。)

(いなくならないで。)

(側にいて。)

(だから。)

「                      」

声が出た。自分でも驚くぐらいに声が出た。

それがきっかけで彼が振り向く。

「天音?」

私は彼の胸に飛び込んだ。


「痛った!!!!!!」

思いっきり飛び込んだせいで彼と私は倒れこみ形で鳥居を超えた。

「びっくりした~今の声天音か。」

彼が私のことを心配してるのが分かる。きっと私は泣いてるのだろう。

「どうしたんだ天音、何かあったか。」

ポンポンと背中を撫でてくれる彼はいつもと変わらずにいる。

だから余計に分かるのだ。

「・・・・・ないで。」

「天音?」

服を掴み、ボロボロと流れる涙を止めることなく、私は思いをぶつけた。

「行かないで。」

「側にいて。」

「一人にしないで。」

「手を取って。」

「話をして。」

心から漏れ出した言葉を吐き並べる。その全てが本心だ。

そしてその言葉は全て、ことも理解している。

「分かってる。分かってる。でも。」

「ならなんだ。」

陸の言葉が鋭く胸に刺さる。

「離れたくない、だから。」

「だから?」



「陸と一緒に生きたい。」



それが彼女の選んだ道、神社を継ぐ選択を選ばず、陸と共に生きる選択を選んだ、

不知火天音しらぬいあまねの答えだった。

「お前も此処を出るで合ってるか。」

「合ってる。」

「それは告白と捉えていいのか。」

「捉えていい。」

「なら。」

私の髪を撫でながら、彼は少しはにかむ。

「俺の負けだな。」

きっと変な表情だと思う。それでも言わずにはいられなかった。

「ありがとう陸。」

こんな私を受け入れてくれて、我儘な私を受け入れてくれて。

少し経つと階段の上から人の声が聞こえ始め、二人は慌てて立つ。

「服汚したし、家戻ったら洗わねえと。」

「そうだね。私も洗わないと。」

手を繋ぎ、ゆっくりと歩く。

「お前俺についてくるとなると大学はどうするんだ?」

「受験する。成績はいいから。」

「どれぐらい?」

「高校では上から三番目ぐらい。」

「頭良すぎかよ。」

彼も憑き物が落ちたのか、とびっきりの笑顔をする。

そんな顔を見て、口にした。

「ねぇ陸。」

「どうした天音。」



「大好き。」

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初めての言葉は貴方に贈る 焼鳥 @dango4423

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