二話
「なんで俺の部屋にYES/NO枕が置かれてるんだ!」
久方ぶりの自室は改造されており、天音と一緒に寝泊まりする用に変身していた。
狭い部屋に布団が二つ並べられており、その片方にあの枕が置かれている。
「あのババア!天音とはそういう関係じゃあねえ!!!」
天音は不思議そうに枕を持ち上げ、YESの方をこちらに向ける。
「これであってる?」と俺の顔を見ているが、その枕の役割を教えるわけにはいかない。それよりも今時の高校生ならそれぐらい知っていてもおかしく無いのだが、天音はそういうのはどうやら無知なようだ。
(まぁ天音は無垢の方が似合うよな。)
そんな事を考えながらも、リュックに入っていたノートパソコンを立ち上げる。
後ろから天音が覗いてるが卑しいものはこちらに入れてないので問題ない。
メールとDiscordを開き、今日の事を簡潔にグループメンバーとチームサポートに伝える。直ぐに「家の事情優先で大丈夫」と返信が届く。信頼できる人達だ。
「天音には伝えてなかったな。俺今e-スポーツチームで勉強してるんだ。要はアカデミー所属という感じだ。・・・e-スポーツって分かるか?」
天音から?が浮かんでいるので簡単に説明する。
「なんで俺の実績やら強さ次第だけど将来的にはプロとして活動して行こうと考えてる。その為にアカデミーに入ったんだしな。俺の夢だ。」
それが俺がこの田舎を飛び出した理由。テレビで見た選手達が人生をかけてゲームに打ち込む背中に惚れ、ゲームに打ち込み、勉強も欠かさず行い、そのスタート地点に立つためのチケットに手にした。だからこそ今は立ち止まることは許されない。
俺が許さない。
「だから元々今回の帰省が実質的なラストになると思う。」
大学生活とアカデミーが始まれば帰るどころじゃない。そこに一人暮らしを続ける為のバイトも入れば尚更だ。
「なんでなあま・・ね。そんな顔するな。」
道で会った時に流した涙と違う、悲しい気持ちの時に流れる涙、俺はそれを止める資格は無い。
俺の今の発言は『お別れ宣言』そのものだ。元々手続きと「もう帰らない」と伝える為に帰ってきたようなもの。それでも天音の気持ちも分からなくもない。
友達に二度と会えない可能性がある、それもほぼ確実にだ。天音は神社を継ぐ筈だ。そしたら余計に俺の元まで来ることは難しいだろう。
天音は静かに背中を俺に預ける。寂しい気持ちを紛らわしたいのだろう、俺は何も言わずに彼女が満足するまで預けられた。
「それで枕を持つな。」
どうやらYES/NOが会話に使えると気づいたらしく、俺の話に枕を回す事で天音は対応していた。
「お前それがどういう意図で使われてるのか本当に知らないのか?」
NOを向けてくる。確かに会話しやすいし、絵面は可愛いが問題しかない。
「あのな、〜〜〜〜を示す時に使われてな。」
途端に顔を真っ赤にして全力で俺に枕をぶつけてくる。「その年齢でそれを知らない天音の方がおかしいだろ」と心の中でツッコみながら、なされるがままになる。
対して痛くないので別に無視出来るが、天音が部屋の隅っこで轟沈してしまった。
「安心しろ。俺は天音にそういうのは絶対にしないし、寝る時は今のソファで寝る。だからお前は安心して、ブフォ。」
言い切る前に顔面に枕が飛んできてそのまま倒れ込む。クリーンヒットだ。
「 」
天音は何かをパクパク言ってるが、長年の喋らない癖が付いてるおかげか、何も聞こえてこない。今日の夜俺は何処で寝れば良いんだ。
「先風呂入れ。」
晩御飯も済まし、俺はクソ遅い回線で座学をしてるといつの間にか時間がかなり経っており、もう風呂の時間になっていた。
天音はその間ずっと俺のパソコンを隣で見ていたが、何をしてるのか分からないという顔をしていた。まぁゲームやってないと対戦ゲームなんてそんなものだ。
天音も時間に気づいたのかパッと立つとそのまま俺の腕を引く。
「お前何してんの?」
グイグイと何故か俺の腕を引っ張ってるが、理解が出来ない。
「一緒に入ろうとか言いたいのか。」
小さく頷きながらも、少し震えている。恥ずかしいならやらなきゃいいのに。
「いや入らないかならな。お前も俺ももう高校生、流石にアウトだろ!」
俺の発言など関係無いと言わんばかりに腕を引っ張る天音だが、普通に力が足りないせいで陸はその場から少しも動いていない。(陸本人も動かないように力を入れてるのもある。)
(なんか今日会った天音やたら強引だな。やっぱり何かあったのか。)
彼女がどうしてここまでやるのか、ついぞ陸が理解することは無かった。
「やっちまった...」
あの後いつまで経っても動かない俺に天音が取った行動は、その場で服を脱ぎ出すだった。
さすがの俺も慌てて止めに入ったが、丁度俺達を呼びに来た母親に見つかり、凄いニコニコで扉を閉められた。俺も恥ずかしさで死にそうになり、元凶である天音は俺よりも顔を真っ赤にしていた。
お互いに思考がオーバーヒートしてたせいで、
「もう面倒だし入るか。」
二人で入る事にした。
狭い風呂に男女が入る、絵面だけ見ればやる事やった後だ。言い逃れのようがない。
思考を常に無にしながら前に座っている天音を見る。
(こいつの髪やっぱ綺麗だな。)
小さい頃からずっと思っていた。
周りは彼女を腫れ物扱いしていたが、俺からすればあんな綺麗な子を見捨てられるわけなかった。
(低俗な理由ではあったけどな。)
赤が風呂の湯と反射して、美しく見え、そこに彼女の首筋が映る。
そんなのが目に入ろうものなら、男子高校生の思考などピンク一色に染まるもので。
(何考えてるんだ俺!天音に手を出すかボケ!)
煩悩を振り払う為に年明けの大会のことを考える。あぁ頭が冷えていく、やはりこういう時はエロと縁もゆかりも無い事を考えるに限る。
それも束の間、陸の異常に気づいた天音は少しだけこちらを向く。一応体はバスタオルで隠してはいるが、それでも胸元は見えてしまう。
「ん?どうした天音.....」
大きくはないが確かにそこには存在してるその隙間は、彼にとって一撃必殺であった。
タラーと彼の鼻から血が滴り落ち、そのまま天音の肩にガクッと倒れ込む。
『!!!???』
天音も状況を理解し、直ぐに風呂から脱出するのであった。
「助かったわ天音。」
今回ばかりは天音も反省したのか、今まで以上に小さく見える気がする。
「まぁ断りきれなかった俺も悪いし、お前は明日が本番だろ?今日はもう寝るぞ。」
繋げて並べられていた布団を離し、陸は潜り込む。
移動の疲れと今日起こったゴタゴタと天音のこと、本人が思う以上に疲れが溜まっていたのだろう。直ぐに寝息を立て始めた。
天音も寝る準備に入ろうとした時には既に陸から寝息が聞こえており、彼女もこれには驚く。
でも彼の疲れも理解出来るので、起こすようなことはしない。しないだけで何もしないわけではないが。
彼の寝ている布団に静かに入り、頭を彼の背中に当てる。
(暖かい。)
天音は感じていたのだ、彼の暖かさを。
陸から言われた、「もう会えるのは最後」だと。
ならこの気持ちはどうすればいい、この恋はどうすればいい。分からない、分かりたくない。彼が居なくなってからずっと胸に抱えていたこの思いを無下にしたくない。
彼女にとって三原陸とはそれ程の存在だった。
彼女は小中学校では腫れ物のような扱いだった。不知火一族はここ辺りでは有名で、学校側もどうして彼女が喋れないのかを理解していた。だがそこに通う生徒とは話は別だ。
生徒も子供故に陰湿で酷いいじめをしてきた。それが中学まで続いたのだ。普通なら折れる、不登校になってもおかしくはない。でも彼女はそうはならなかった。
陸がいたからだ。いつも側に陸がいて、ずっと前に守ってくれた。時には身体中至る所が腫れるぐらいの喧嘩までして、私を助けてくれた。
そんな絵本に出てくるようなヒーローを、好きになるのに時間はかからなかった。
高校に上がる時、彼は此処を出た。理由は分からなかった。色んな事を考えたけど、答えは一向に出ることはなかった。
高校は楽しい、小中学校のような事はなく、友達も出来た。告白なんかされた、でも陸の事が頭から離れなかった。
そして陸のお母さんから「迎えに行って欲しい」と頼まれ、これが最後のチャンスなのだと確信した。
なのにその日は寝坊して、大慌てでバス停に向かった。そしてあの神社の前で、私は彼と再会した。
「お父さん、お母さん相談があります。」
私の両親は、不知火の伝統を守る立場だったけど、家族しかいない場なら話してもいいぐらいのルーズさがあった。
「私、神社を継ぎたくない。」
「理由を教えて欲しい。」
お父さんは強面だけど、しっかり話が通じる人で、お母さんは不知火の伝統も形を変えていくべきと考えている人だ。だからきっと分かってくれると思った。
「此処を出たいんです!」
本心だった。それしか陸と一緒にいれないと思ったからだ。
「好きな人と一緒にいたい。だから!」
「天音。」
お父さんが静かに口を開く。
「気持ちは分かった。私はそれを尊重したい、でもその人と一緒にいられないと分かったらどうする。」
お父さんのことだ。私が陸の事が好きなんてバレているのだろう、その上で答える。
「そしたらキッパリと諦めて神社を継ぎます。」
それが私の答えだった。それが私の覚悟だった。
「ならよし!天音、頑張りなさいよ。神事が終わったら直ぐに向かうこと、いいね。」
「お母さん...はい!」
陸、私逃げないよ。
守らられたあの頃とは違うと貴方に伝えるよ。
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