初めての言葉は貴方に贈る

焼鳥

一話

「寒い。」

季節は冬、それも後1日半で年越しになる時期だ。

「大学進学関連の書類手続きなんて一日で終わるのに、なんで年明けまで実家にいないといけないんだよ。」

俺、三原陸みはらりくは里帰りしていた。高校に上がる際に都市部に一人暮らしを始め、高校生の時は一度も実家には帰らなかった。実に三年ぶりの故郷である。

「スマホは圏外、これだから田舎は嫌いなんだ。家に帰ってもゴミ回線でロクにゲームは出来ないし動画も見れない、なんなら暇を潰せるの探す方が大変だろ。」

小さい頃は楽しかったが、都会に染まった今の彼からすれば田舎はつまらない場所でしかなかった。

「バスも半日に一本とかヤバいだろ。午後の便乗り遅れたら帰れなかったと思うと寒気がするわ。」

スマホには『迎えを送ってる』と母親から連絡が来ているが、周りには誰もいない。なんならバス停の裏は森だし、バス停の前は畑が広がっている。

「諦めて行くか....ここから家まで距離あるんだよな。」

トボトボと歩き、何も変わらない風景を楽しむ。田舎ではあるが雪は積もる地域ではなく、どちらかと言うと気温が凄い下がる地域だ。自分の服装は軽装だが、服の内側はカイロを貼り付けてるし、ヒートテックも着てるので寒さ対策は万全だ。

歩き続けること一時間、足も痛み出してきた頃、記憶に残る場所が見えてきた。

不知火神社しらぬいじんじゃか。ここまで来れば後少しだ。」

長い階段が特徴であり、田舎に似つかない程の大きな神社、全国の企業から神事を頼まれる程の知名度を誇るこの田舎を支えている所だ。

そしてだ。

「三年も経ってるし、あいつはもう俺のことなんか忘れてるだろ。」

今でも鮮明に思い出せる程に記憶に強く刻まれている友達だった。でもその子とはお別れを言う前に家を出たので、相手からすれば酷い人間と思われているだろう。

「会えたとしても何話せばいいのやら。」

その子との思い出を振り返りながら道を歩く。けれどその思い出全てに。その理由はその子の家の伝統、俺からすれば吐き気がする文化のせいだ。

そんな事考えても仕方なく、それを振り払うように歩く速度を上げる。

不意に人とすれ違った。その人は綺麗な赤色の髪だった。

忘れるわけがない、忘れるなんて出来るはずが無い。

あの色を、あの人を俺は知っている。

「天音か。」

すれ違った人を足を止め、こちらに振り返る。

その人は俺の顔を見て、ポタポタと涙を流し、俺に抱きつく。

髪の根元は黒く、それ以外は赤いを持つ女の子。

そして俺の友達である、不知火天音しらぬいあまねとの再会だった。


「泣くな泣くな。つうかお前向こう神社から出てこなかったよな。まさかお前が母さんが言ってた『向かえ』か?」

彼女はコクコクと頷くが、一向に俺の服を離す気配が無い。

「あ〜お前だったのか、天音にも迷惑をかけちまったな。すまん。」

ブンブンと顔を横に振り、少しだけ不貞腐れる。なんでなのか。

服から手を離し、その代わりに手を握られる。寒いというのに手袋もしてないせいでとても冷たかった。だから俺は握られた手を握り返す。離れないように、冷えないように強く握り締めた。

家に向かうまで天音は一切喋る事はなく、その代わりに身振り手振り、顔の表情で。懐かしい、家を出る前は彼女とこんな風に過ごしていた。

「まだ成人してないのか。」

小さく彼女は頷く。

不知火一族。昔からこの田舎で生活している巫女の一族で、彼らにはある伝統、文化が今も生き続けている。それは『成人の年齢になった際に行われる神事が行われるまで、一切の言葉を禁じる」というもの。

簡単に言うと「儀式を行うまで喋るな」だ。これのせいで彼女の声を聞いたことは無く、その代わりに今やっている表現で会話する羽目になっている。

「お前高校は大丈夫だったか?小中学校の時は大変だっただろ。」

顔を小さく横に振り、その後はニッコリと満面の笑みを浮かべる。

それを見ただけで、彼女の高校生活は良いものである事が分かる。俺の方の荷物も少しは降りたというものだ。

時折天音は俺の握られている手を見る。俺は別になんともないが、彼女からすると何かあるのだろうか。正直俺は女性の気持ちがイマイチ理解出来ない側の人間なので、言葉で伝えられないと分からない。

「離したほうがいいか?」

「ダメ」と言わんばかりに思いっきり握りしめられた。


「ただいま〜。」

「おかえり陸!天音ちゃんもありがとね。」

家に着くとそのまま天音も上がる。どうやら天音側も家に何か用事あるようだ。

居間に向かうと既に食事が並べられており、時間を見るとお昼を少し過ぎた頃だった。お腹もペコペコなのでそのまま席に着き、手を合わせる。

「いただ、お前も食べるのか。」

隣には天音が座っており、静かに手を合わせていた。

俺と目が合うと「食べないの?」と首を傾げ、皿に盛られている鳥の唐揚げを一つ俺の口に持ってくる。

「あ、いやお前が食べていいぞ。俺も自分で食べる分は取るから。」

そう言うと彼女は露骨に落ち込んでしまう。両親も「それはダメでしょ」と感情を露わにしている。いや付き合ってもない、なんなら疎遠になってる女性からこんな事されたら困惑するだろ普通。

諦めて唐揚げを貰う。「はいあ〜ん」の形になったせいで、羞恥心が半端ない。

俺の気持ちとは裏腹に天音は凄く嬉しそうにしていたので、良しとしよう。

久々の家族(天音)との食事は何事もなく終わり、自室に戻ろうとした時に母親に止められる。

「陸、大事な話があるの。」

「・・・絶対に面倒な話じゃん。」


「今年の年明けで天音ちゃんが喋れるようになるのよ!嬉しそうにしなさい。」

「いや・・・・俺それよりも予定が詰め詰めでして。」

「陸、天音ちゃんの大切な日だ。残りなさい。」

「父さんまで。」

話はこうだ。

少し前に国が成人年齢18歳に引き下げた。タバコとかは二十歳じゃないダメだが、天音は既に誕生日を迎えているので、一応成人扱いになる。なので今年の大晦日、深夜の二時、丑三つ時に神事を行い、晴れて喋れるようになる。

なので年明けまで俺に家にいて欲しい、なんなら天音の家でも寝泊まりしても良いまであるとか。長い間喋る事が禁じられてきた天音の支えになって欲しいようだが、生憎俺はさっきも言ったように予定が詰め詰めだ。なんなら年明け早々イベントにゲスト参加する予定まである。なのでいられたとしても1月1日の午前のバスで速攻帰宅パターンになる。ただでさえ夜に弱いのにそれはキツい話だ。

天音を方を見ても申し訳なさそうにしている。一応おめでたい日ではあるが、それ以上に俺に迷惑がかかるのが嫌なのだろう。それでも服の裾を掴んでいる彼女を見て、俺が取れる選択は一つしかなかった。

「分かった!分かったから。今から連絡取るからそれからな。それを頼むなら大学の手続き書類終わらせとけよ!それが最低条件だからな!!」

両親も納得したのか、ウンウンと頷き、天音も雲が晴れたように笑顔を浮かべる。

(さよなら俺の年始の予定、頑張れ未来の俺。)

未来の自分に多大な迷惑をかける事が決まり、年始が怖くなってくるのであった。

「それで陸はどうするの?」

「何が。」

「天音ちゃんのお家で泊まるかどうかよ。」

「いや普通に家で寝るが。」

「じゃあ天音ちゃんもこっちね。」

「・・・・は?」

どうやら未来の自分よりも今の自分の心配をしたほうが良さそうだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る