第十一話 王女と勇気の言葉

 再び固まったエクラを横目に、私はこの後の事について考える。



 今は、さっき十二時の鐘が聞こえてからおよそ1時間ほど立った頃だろうか。

 そして、世界会議が開かれるのは次の鐘がなる十八時なので、準備と移動の時間を考えても多少は時間に余裕がある為、エクラともう少し話してから自室に帰ろう。

 私のそばを離れないと言ってくれたばかりだが、流石にまだエクラを世界会議に連れて行くわけにはいかない。


 実は、名ばかり世界会議はその後に開かれるパーティがメインであり、残念ながら私はそこに出席しないといけないのだ。

 世界会議だけなら黙って立っていれば良いが、パーティではそうもいかない為、エクラを連れて行くには早過ぎるだろう。




 私は固まっているエクラの頭を撫でながら、その事を伝える。

 エクラは少し寂しそうな顔をしたが、すぐに頷く。


「ごめんね、エクラ。」

「謝らないでください!」

と、焦るエクラにムッとした顔を浮かべ、

「敬語禁止だって言ったでしょ!お父様やお母様の前ではそれで良いけど、せめて二人きりの時ぐらいは良いでしょー。」

と、言う私。エクラは少し間を開けて、

「わかりま…うん、テラス様」

と、困った様に笑いながら言ったのだった。

 可愛い。可愛すぎる。





 その後も、私達は部屋で楽しく話をする。

 ソフィ以外に素で話す事ができる相手が増えた事が嬉しかった私。

 そんな私は上機嫌のまま、オリジナル魔法をどんどんエクラに披露していく。




「ねえ、エクラ。見ててね~?」

といって、私は小さな水で出来た猫を出す。

 そしてそれを凍らせて、猫の氷像を作った。

 この猫は、前世で飼っていた猫だ。

 名前は…思い出せないけれど。


 エクラは、目を輝かせる。

「わあ、凄い!可愛いです!猫ですね!」

 やっぱり、敬語は直ぐには抜けなかった。まあ、ゆっくりとやっていけばいいだろう。

「そうだよ〜。じゃ、次!」


 私は猫の氷像を消すと、今度は部屋全体を暗闇で包んだ。

 そして、部屋一面に夜空の星を写した。

 これは、プラネタリウムを再現した私の合体魔法シリーズのうちの一つ、星海だ。

「綺麗…!凄い…!」

 今まで、誰にも見せなかった私の魔法が、初めて認められたようで、とても良い気分になった私は他にも、様々な魔法を見せていくのだった。






 しばらくそうして遊んでいると、部屋の扉がノックされたので急いで幻影と防音を解き、ノックに答える。


「失礼します。」

と、部屋に入ってきたのはソフィだ。


「姫様。もうそろそろ出立の準備をしますよ。御客人様と遊ぶのも良い事ですが、姫様はご自身の責務を」

「じゃ、行きましょうか、ソフィ。あと、彼女の名前はエクラだから。」

 そう言って、説教を始めかけたソフィから逃げる様に部屋から去ろうとベッドから立ち上がり数歩歩いて、立ち止まる。

 そして、クルッとエクラに振り返る。

「じゃあ、行ってくるね、エクラ。出来るだけ早く帰ってくるからね。」

 そう言って、私はエクラの額にキスを…

 …は、流石にまだ早過ぎるか、と自分を抑えた私は、エクラの頭を撫でた後部屋を出た。





 既に着替えは済んでいる。

 エクラの部屋に向かったこの装いこそが、今日の世界会議用の装いなのだ。

 自分の部屋に戻った私は、ソフィによってドレスの最終調整が行われていた。

 エクラの部屋に着ていった理由の一つに、この服に慣れる目的もあった。

 普段、こんな動きにくいドレスなんて着ないからしんどい。

 特にコルセットが。

 ドレスやティアラは、可愛いからまだ我慢できるのだけれど。




 最低限の荷物や、万が一の時の為の予備のドレスなどをまとめ、私の出立する準備が整った。

 外を見ると、王宮から出立した時のように豪華な馬車が並んでいる。


 あちらの準備も出来てきたようだ。



 荷物は、私が本気で魔法の研究を始めてから最初に作った魔法、異空間収納がある為、如何にでもなる。

 あと準備が整っていないのは、私の気持ちだけだ。

 この七年間で姫としての教育を受けてきてはいるが、やっぱり素はまだまだ一般の日本人なので、ボロが出ないか心配だ。



 しかし、今の私はこの国の王女、テラス・テオフィルス・シュトラール。

 昨日の失態を埋めるためにも、完璧な姫にならなければ。

「私は天才美少女テラス姫!何でもこなせるんだから。だから、絶対大丈夫!」

 そう、自分に言い聞かせて、私は勢い良く部屋を出た。




 あの後、お父様とお母様と合流した私は、1時間ほどの注意事項や情報を共有する時間を挟む。

 要するに、作戦会議だ。




 そして、またもや馬車に揺られている。



 この街に来るまでの馬車の旅はあんなにも心躍るものだったのに、今は憂鬱でいっぱいだ。

 もし今ここで突然会議が中止になってくれたら、私は恥も外聞も捨ててメインストリートで踊り狂ってもいい…なんて事さえ考える。

 はぁ…。



 私の期待も虚しく散り、馬車は無事に世界会議の会場である、この街の中心の超大きな館へと到着する。

 もはや王宮レベルな豪華さのその館には、既に様々な国の者達が集まって来ていた。





 ここに来る前の作戦会議で、私は何もせずただ愛想良くしていればそれで良いとお母様に言われていた。

 だから、私はお父様とお母様と共に馬車から降りると、二人の後ろに付いていく事だけに集中しながら笑顔を周りに振り撒く。

 たまに手を小さく振ってみたりもしたが、相手の顔など、見えてはいなかった。



 そう。テラスはめっちゃ緊張しているのだ。




 気が付くと私は、館の中に入っていた。いつ入ったのかさえよく分からない。

 とにかく、付いていく。ただ、それだけを考えていれば大丈b

「おや、貴方様が噂の吸血龍姫様でございますか。お会い出来て光栄です。」

 …おワタ。





 一部の髪色が前世の髪色に変わった影響か、私は少しだけ自分の前世について思い出したのだが、前世の私は陽の者ではなかった。

 別に友達ゼロ人とかではなかったので、ガチ陰キャを名乗れば、プロの方に怒られてしまうのだが。

 つまり何が言いたいかというと、私には初対面の相手と簡単に仲良くなれるスキルは無い。

 更に要約すると、詰みです。ありがとうございました。




 待てよ…。私はさっきまで誰と話していた?

 そう、エクラだ。推しだ。

 前世の私は、辛いことはすべて推しの為だと思って乗り越えてきた。

 ……ならば今世の私も同じ事が、いや、今は推しに手が届くのだから、前世以上に頑張れるのでは!?




 この気付きを得たこの日から、私は大きく変わる。




 私は、話しかけてきた知らない誰かの方を向く。…エルフ族?

「はじめまして。こちらこそ、お会い出来て光栄でございます。」

「なるほど。噂通り聡明な方のようだ。私は世界樹国の宰相、ラミアでございます。」

 ん?ラミア?何処かで…

「…憶測で申し訳ないのですが、我が国の宰相と関わりがお有りなのではないでしょうか。」

「はい。そちらの国の宰相のレミアは、私の姉でございます。昔から姉はローアル様…今は王妃様でしたか、を慕っておりましたからな。」

 へえ。レミアはお母様を慕っていたのか。きっと物凄い忠誠心の塊何だろうな。




 そこからはお父様とお母様に会話のバトンタッチをする。

 話しているのは主に私の事で、たまに私の方に会話が振られる時もあったが、それっぽい事だけ返して私は少し距離を取る。



 いきなり疲れた…。エクラに会いたい…。





 しばらくしてようやく会話が終わると、私は再び後ろをついて歩く機械になる。

 しかしその後は話しかけられる事もなく、何とか無事に私達の待機部屋に着いた。

 部屋に入ると、私と同じ様な様子で付いてきていた使用人達が持ってきた荷物を次々と運び込んでいく。

 ソフィもその中に混じっている。

 そんな様子をボーっと眺めっていると、こちらを気に掛けてお父様が話しかけてくる。

「先程は偉かったぞ、テラス。その調子でこのあとの会議も頑張るんだ。そうすれば、その後は楽しいパーティだからな!!」

 パーティ、パーティかぁ…。全然楽しみじゃないんだよなぁ…。

「はい、お父様。私、頑張ってみます。」

(エクラの為に。)

 私はお父様への返事の後に、心の中でそう付け加えたのであった。






 現在、時刻は十八時の鐘がなるおよそ三十分前。つまり、世界会議まであと三十分。

 会場には、早めに入室するので、今から会場へと向かうらしい。



 あぁ嫌だ。でも、全てはエクラの為に。



 前世で何度も呟いてきたその言葉は、今世でも私に強い勇気を与えてくれる。




「では、行きましょうか。」

 そう言って、手を差し伸べるお母様。私はその手を取り、会場へと歩みを進めるのだった。

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