第十話 王女の輝き
「さま…様…姫様…!」
私は、私を呼ぶ声で一気に夢から覚める。私は、ゆっくりと目を開けた。
(知ってる天井だ…。)
こんな事を言える時点で、私は元気なんだろう。
「姫様が、姫様がお目覚めになりました!!」
そういって、大使館の私の寝室から走り去っていく使用人さん。
「姫様、良かったです…。」
そう言って、私の手を握るのはソフィだ。
外を見ると、随分と明るい。
どうやら、大使館に帰ってきてから随分と時間が経ってしまったらしい。
再び朦朧としてきた私の意識を再び覚醒させたのは、寝室の扉が勢いよく開かれた音だった。
「ああ、テラス、テラス!すまなかった、本当に、すまなかった…。」
と、私に泣きながら謝ってくるお父様。
「テラス…良かったわ…。目を覚ましてくれて…。」
と、涙を流す、お母様。
しばらくして、落ち着いた二人の口から、事の顛末について聞いた。
あの時、私はまるで誰かに頭を打たれたかのように急に倒れたらしい。
その時後ろに倒れてしまったため、私の彼女を下敷きにしてしまったらしい。
「彼女は!?」
私はまるで、自分の事なんてどうでもいいかのように、そう言って身を乗り出した。
「あの子は、今は客人として丁重に客室に保護してあるわ。だから安心なさい。」
と、お母様。
しかしそれは、体のいい軟禁という事だろう。
お母様は私の眼を見つめ、真剣な表情で私に問う。
「あんな力を使ってまでテラスが守ろうとした、あの子はいったい何なのかしら。」
そんなお母様の質問に、私は即答した。
考える必要など、なかった。
「彼女は、私の全てです。」
そう言い切った私を、少し黙って見つめ、そして、
「ふふ、そうなのね、テラス。なるほどね。」
と、一人納得して笑うお母様。置いていかれて戸惑っているお父様は、
「ええと、どういう事だ、テラスよ。」
と、私に問う。
私は真剣な眼差しで、
「つまり私は、彼女が欲しいのです。どうか、私の傍に置くことを許しては頂けないでしょうか。私が、必ずや彼女を立派な淑女にして見せましょう。」
と、お父様に伝える。
しかしお父様は、選択肢など無いに等しいのであった。
私の力の暴走からの昏睡。
それを見てしまっている以上、もしここで駄目だと言った時の考えうる最悪の悲劇、つまり私の死だけは避けたいはずだ。
だからお父様はこの場面でnoと言えない。お父様の、私への愛を使った卑劣なお願いだ。
お父様は、考え込み、やがて、静かに答えを出す。
「…分かった。あの少女については、お前に一任しよう。」
そんな、お父様に、お母様が声を掛ける。
「あら、あなた。以前からテラスに、同世代の友達が居ないことを問題視していたではありませんか。丁度良い機会なのではなくて?」
そんなお母様の言葉に納得したのか、お父様の表情が明るい、いつもの表情に戻っていく。そして、何か別のことを納得したのか、私を再び見つめ、
「テラスよ!あの少女はお前の初めての友だったのだな!だからあんなにも必死に守ろうとしていたのだな。王家のものとして素晴らしい行動である。…改めて、お前から大切な友を奪おうとしてしまったこと、謝罪する。すまなかったな。」
と、私に謝罪するお父様。
友達、か。今はそれでもいいかも。
今は、ね。
私の口角は、自然と吊り上がっていた。
「では早速、彼女の元へと向かってもよろしいでしょうか。」
「体調はもう大丈夫なのか?」
「はい。大丈夫です。」
ベッドから起き上がった私が平気な顔で直立したのを見て安心したのか、お父様は、部屋を出ていく。
お母様も、お父様に付いていくように部屋を出ていこうとしていたが、不意に振り返り、そして私に近づき耳元で私に囁いた。
「私は、恋愛に性別は関係ないと思うわよ♪」
そう囁くと、笑顔で部屋を出ていくお母様。やはりお母様には、ばれていたらしい。
二人が部屋を出て行ったことを確認した私は、ソフィを見る。
目の下にはクマがある。おそらく、私が倒れてからずっと私の面倒を見ていてくれていたのだろう。
本当に、私にはもったいないほどの優秀メイドだ。
「ソフィ、随分迷惑かけてごめんね、ありがとう。」
お父様とお母様がいなくなったことで素に戻りつつある私に、ソフィは説教をする。
「姫様。もうこのような事は二度としないと約束してください。私はあの時執務室内に居なかったので、何が起きていたのかはわかりません。しかし、姫様の体に変化が起きるほど何か危険な事をなさった事は、そのお姿を見ればわかります。」
ん?変化?
「わかったよ、ソフィ。もう二度とあんな危険な事しないって約束する。だからお願い。またいつものように笑って、私の身支度を手伝ってくれない?」
その言葉に、呆気にとられるソフィは、少し笑うと、暗い表情からいつもの表情へと変わったのだ。
「では姫様。身支度を開始いたしますので、鏡の前でお待ちください。」
「はーい。」
そう返事して鏡の前に移動した私。そして、ふと鏡に映った自分の変化に驚愕して固まる。
私の純白の髪の毛の一部が、黒く染まっていた。
本当に一部で、左の前髪の一部だけが染まっていた。
そして、私はこの髪色に見覚えがあった。『お母さんの』髪が遺伝し、日本人形のようで美しいと親戚のおばさんによく褒められていた、
私の、前世の髪、その色だった。
私は驚いたが、別に何かこの変化以外で特に変わったところはない…と思うから、別に気にしないことにした。
「姫様。用意が出来ました。では早速、姫様のお客人様のところへと向かわれますか?」
「うん…じゃなくて、ええ。行きましょう。」
私は気を引き締めなおし、彼女が待っている部屋へと向かう。
いつもの動きやすいドレスではなく、しっかりとしたドレスにティアラまで着けている。
一目見ただけで王女だとわかるようなその装いを見た使用人は皆、一斉に跪いていく。
その姿は、どこに出しても恥ずかしくない、王族の姿であった。
彼女の部屋の前には、お父様の近衛兵の内の二人が立っていた。
兵士達は私を一目見ると、その瞳を驚愕に染め、そして敬礼をした。
姫様モードな私は優しい笑顔を浮かべ、兵士達に労いの言葉と、持ち場に戻るようにと指示を出す。
兵士達は了解の意を告げ、一度敬礼をしてから去っていった。
私はソフィに待機の命令を出し、一人で部屋に入る。
そこには、私の姿を見て固まっている彼女の姿が。
私は、ゆっくりと彼女に近づき、抱きしめる。
「うぇぇ!?い、一体何を!?」
そんな彼女を無視して、私はそのままの体勢で、私の近くに置くことが許された事を告げる。
しばらくして、私は一つ引っかかっていた事を彼女から離れて、
「突然抱きしめたりして、ごめんなさい。貴方に『再び出会えた』ことが嬉しくて。ところで、その、一つ聞いてもいい?…貴方は、私が貴方を連れ去ったことを怒ってない…?」
と、問う。
私に対して何か恨みを抱いていないか不安になったのだ。
彼女は答える。
「…姫様が私を助けてくれた時、月光に照らされながら私に舞い降りてくる様を見て、天使様だと思いました。そしてそんな天使様は、地獄から私を連れ、天へと舞い上がりました。そして、そんな天使様は、倒れるほど全力で私を守ってくださいました。そのような天使様に、怒りの感情など一体どこから湧いてくるのでしょうか。」
天使は貴方なんだよ!と、叫びたい気持ちを抑え、彼女の続きの言葉を待つ。
「天使様、いえ、姫様。私は、姫様に救われた身。私の絶対の忠義を、どうか、お受け取りください。…正直に言いますと、もう姫様から離れたくないのです。」
私はもう一度抱きしめる。いい子過ぎる…!
私はもう一度、決意を固める。絶対に離さないと。
私は気持ちの整理を終えると、彼女から離れ、気持ちを言葉にする。
「ごめんなさい。自分が抑えられなくって。…私としては、忠誠とかじゃなくて、出来ればお友達になってほしいな。それに、私だって、もうあなたを離す気なんて無いから、覚悟してね。」
そんな私の言葉に驚いた表情を浮かべた彼女。友達…?と、呟いている。
「お願い。私、貴方と主従関係なんて嫌なの。」
そう言って、彼女を見つめる私。
彼女はしばらく逃げ場を探すようにおろおろとしていたが、やがて私の決意の固さを理解して諦めたのか、少し照れたような笑顔を見せ、
「わかりました。…私と、お友達になってください、姫様!」
と、元気よく微笑んだのだった。
私は頭の中で、浄化され、灰になっていく自分の光景が浮かんでいた。
推しと友達になれた。その喜びに身を震わしていた私は、とある約束を思い出す。
「…あ、そうだ。貴方に名前をあげるって、約束していたわね。私からの最初の親愛の形として、受け取ってくれないかしら。」
彼女は頷く。彼女の緊張が、繋いだ手から伝わってくる。可愛い。
私は、その名を口にする。それは、前世で私の全てだった存在の名。
私が前世で欲していた母性たっぷりの、白髪の美しい女性。
「エクラ。それが今日から貴方の名前。どう、気に入ってくれた?」
彼女は、少しの沈黙を挟み、そして、
「エクラ。とても良い名前ですね。私は、エクラ。えへへ。エクラ!」
と、とても可愛らしく笑った。彼女は嬉しそうに私に、
「姫様!私の名前を、呼んでください!」
と、そうお願いしてくる。やばい、可愛すぎる。
「うん、いいよ。…エクラ。」
私に名前を呼ばれてとても嬉しかったのか、もぞもぞと体をくねらしている。
そんな彼女に、私はとある約束をすることを忘れていたと、思い出す。
「気に入ってくれて良かった。っと、そんなエクラに私からお願い、というか守ってほしい約束事があるの。聞いてくれる?」
エクラが頷いたことを確認して、私はとりあえず今思いつく限りの守って欲しいことを伝える。そして、静かに、部屋に防音と幻影の魔法をかける。
「一つ。私の魔法のことは絶対に誰にも話さないこと。二つ。私のそばを離れないこと。そして三つ目。とりあえず今はこれが最後。」
私は一呼吸置いてから、エクラに告げる。
「私に、敬語を使わないこと!だから、私のことは、テラスって呼んでね♪」
「えええええええええええ!?!?!?」
少しの静寂の後に、エクラは絶叫したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます