第五話 王女と秘密の転移陣

 世界会議は、我が国の先端、魔族大陸と人族大陸がもっとも近しい場所で行われる。


 世界的な問題が何か起こった時に、魔族大陸と人族大陸の主要国家から代表者を選出して、その問題についてどう対処するかの意見や思考の擦り合わせをするのだ。






 というのは実は建前で、別に何か緊急の要件がなくても会議は定期的に開かれている。


 その理由は簡単で、世界の団結力を高めるためだ。あとは、他国が何か良からぬ事を企んでいないかお互いに目を光らせることで、大きな戦争の抑止力となっている。






 つまり、この会議は存在自体が世界平和の土台であり、楔である。


 そんな、とっても重要なこの会議に、私は今、参加させられそうになっている。












「い、いやいや、お父様。私みたいな小娘が参加するわけにはいけませんよ!」


 私はそう言って、必死に抵抗する。が、しかし、


「何をいまさら言っておる。お前のその頭脳の明晰さはもはや七歳の少女の範疇には収まらないであろうに。自らが散々行動で、それを示してきたではないか。」


と、言うお父様。いや、ぐうの音もでないいい…。




 そんな反論できず、顔が引きつっている私に、お父様から追撃の一手が。


「それにな、テラス。我は、いや、我らは少しお前を大事にしすぎていた。お前が生まれてから七年ほど経ったが、一度もこの首都から出したことが無かったであろう?過保護過ぎるとこの前エステルに怒られて気付いたのだ。良い機会であるし、何より我が国の領土内であるから初めての遠出には完璧な舞台であろう。」








 確かに、私は『正門から』この首都を出たことが無い。それどころか、王城から出たことすらほとんどない。別にわざわざ遠出する必要がなかったし。


 てか私が、七歳の少女だってことを忘れないでほしい。






「とはいえ、ロアの同意も得んといかんがな。」


 そう言うと、お父様は立ち上がり、そして私の手を取り、立ち上がらせる。お父様がタイミングを狙っていたかのように、十八時を告げる鐘の音が鳴り響いた。












 ちょうどこの時間からは、お母様との魔法勉強の時間だ。私は、手を引かれるがまま、お母様がいるであろう執務室に向かう。


 私との訓練で執務室を空けるお父様の仕事を、その後引き継ぐのはお母様だ。


 ただ、お母様は吸血鬼であり、メインの活動時間は夜だ。その為、昼間は寝ている事がほとんどなので、もし起きられたら、お父様と私の訓練が終わるまで仕事を少しでもやるという体制だ。




 そして案の定、執務室にはエステルしかいなかった。エステルは来客用の椅子に座って本を読んでいた。


 わりと自由だな、この人。








「エステル。ロアはまだ来ていないのか。」


 お父様はそう言いながら執務用の椅子に座り、机の上の書類に目を通し始めていた。私はエステルの隣にとりあえず座った。


 エステルはそんな私に苦笑しながら立ち上がり、私に小さくお辞儀をして、それからお父様の隣という定位置へ戻った。


「いえ。今から一時間ほど前でしょうか。ローアル様は一度いらっしゃったのですが、その後、やっぱり眠いわ、とおしゃって、ご自身の寝室にお帰りになりました。」


 お母様は、マイペースな一面が、眠たい時だけ現れる。目が覚めている時はそんなことないのだが…。


 私は私は立ち上がり、慣れたような口調で、


「では、私が起こしてきます。そしてそのまま魔法の訓練へと向かおうかと思います。その時に、先ほどのお父様の提案についても話しておきますね。」


「うむ。では頼んだぞ、テラス。」






 その後私が部屋を出て数秒後、エステルの驚きの声が聞こえてきた。恐らく、提案について話したのだろうと容易に想像できてしまう。そして、その声に驚くメイドたちの声も。


 そういえば、この体になってから、五感が前世より格段に良くなっている気がする。これも、吸血鬼か龍の力のおかげなのだろうか。








 そんなことを考えながら歩き、やがて私は寝室に着いた。




 寝室の扉を開けようとしたその時、扉が向こう側から開かれたのだ。


「あら、テラス。おはよう。」


 そんなおっとりとした様子で寝室から出てきたのは、勿論お母様だ。まだ眠たいのか、なんだか雰囲気がフワフワしている。


「お母様、おはようございます。本日の魔法訓練を受けに来たのですが…。」


「…?…ああ、そうだったわ!じゃあ、早速参りましょうか。」


 そんな姿を見て、本当にお母様は眠気に弱いのだと改めて実感するのであった。








 しばらく歩いているうちに、眠気も覚めてきたのか、いつものキリッとしたお母様になる。


 そしてキリッとしたお母様と共に結局、一度執務室に向かいお父様たちに一言挨拶してから目的の場所へと向かう。


 それは、城の地下にある大図書館、その地下二階だ。






 地下一階のエリアは、城の関係者、あるいは、国王に許可を得た者であれば自由に出入りが許可されている。


 だが、地下二階は王族しか入室が許可されていない。だから、ソフィには、地下一階で待機してもらっている。




 そんなこの場所は禁書だらけのやばいところなのだが、基本誰も訪れ無いことに加えて、小さな魔法ぐらいなら余裕で打てる程の広さと頑丈さがあるため、秘密の訓練にはうってつけの場所なのだ。


 …まあ、ここで魔法とか撃てるわけないんですけどね。






 まずは座学から始まる。魔法に関する自習を、お母様が隣から情報をつけ足したり、間違いを正したりしながら見る、というような勉強法だ。せっかくなので、この世界の魔法について分かっている事をおさらいしよう。




 まず、大前提としてあるのが、人間は魔法を扱えないという事。


 魔族が支配するこの大陸の中心には世界樹と呼ばれる超巨大な樹があり、その世界樹が常にマナと呼ばれる物質が放出し続けている。そのマナを取り込んで、魔力に変換に変換するという行為を、人間はできない。






「あら、今日はかなり基礎からやるのね。じゃあ問題。そんな人間が今魔法を使えるのは何故かしら?」


 先ほどとは違い、威厳を感じさせる声色となったお母様の声に、私は気を引き締める。


「はい、精霊が人間と手を取り合ったからです。」


「正解。人間は精霊と契約することによって、マナを魔力に変換できるようになったのよね。そして、魔力を精霊術に変えるときも、精霊に頼るの。」






 精霊についてだが、実はまだよく分かっていないことがほとんどの謎の存在だ。唯一分かっているのは、精霊は穢れのない自然から生まれるということ、そして魔法には属性というものがあるが、精霊が司るのはランダムなたった一属性のみなのだ。


 だから人間の精霊契約者のほとんどは、一属性の精霊術しか使えないそうだ。


 また、何故か精霊から嫌われ、まったく魔法が使えない人間も多いらしい。






「じゃあもう一つ問題。人間が精霊と契約するためにしていることは何かしら?」


「特にありません。確か、生まれた時から既に契約している…でしたか。」


「正解。変な存在よね、精霊って。」


 そう言うと、やれやれみたいな仕草をするお母様。私はそんなお母様を気にも留めず、勉強を続けた。










 それからしばらくして。魔法の座学勉強は終わり、今からは実際に魔法を使う訓練だ。


 魔法の勉強は楽しい。


 そりゃそうでしょ。だって、魔法だよ魔法!きっと前世の全人類が、それぞれに使いたい魔法があると断言できるほど皆が憧れる魔法を使えるんだよ!


 しかもお母様いわく、私は武力よりも、魔法の方が、適正が高いらしい。


 この事実にお父様は悲しんでいたが、私とお母様はすごく喜んだのだった。








 さて。先ほどボソッと呟いた通り、ここで魔法を放つわけにはいかない。貴重な本がいっぱいだからね。




 では、どこで魔法の実践訓練を行うのか。




 実は、禁書エリアを抜けた先に王族だけが知っている秘密の転移陣がある。


 私たち王族にしか効果が発動しないそれの上に乗ると、私たちをとある洞窟へと転移させた。


 その洞窟を抜けた先は、エルフの国の近くの草原だ。






 エルフは、世界樹の守護者である。そんなエルフは現在、世界樹を中心に、世界樹の周りを囲うように国を造っている。




 なぜこのような場所に来たのか。それは、お母様の友人で、変わり者のエルフが、とある協力をしてくれているからだ。


 そのエルフは魔法のスペシャリストであり、彼女がこの平原に不可視化や魔法抵抗など様々な効果を持った結界を張ってくれているのおかげで、ここでは遠慮なく魔法を打ち放題なのだ。


 そんな彼女は近くの森に隠れるように住んでいる。


 そして、たまに現れて私たちを黙って眺めていることがあるらしい。








 さて、例の準備体操も踊り終わったので、今から魔法の実践練習が始まる。


「そういえば、テラス。今日は貴方、基礎の勉強がほとんどだったわよねえ。なら、今日の実践練習も基礎から見直してみましょうか。」


「え…。はい…。」


 私のあからさまにテンションが下がった姿を見て、お母様はため息をつく。


 だって、でかい魔法を撃ってストレス発散!が楽しみなんだもん。


「基礎も大事よ。貴方、なら何で今日基礎の勉強していたのよ…。」


「気分、ですかね?」


 あ、またやってしまった。また考えもせずに返事しちゃった。やばいかも。






「気分、ね。そう、分かったわ。なら私、今日は貴方の基礎を見直したい気分なのだけれど。いいわよね?」






 顔が怖いよ、お母様。私は後ずさりながらも、こう返事する事しか出来なかった。










「はい!全力で取り組ませていただきます!」

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