第六話 王女の夜は長い

 突然だが、私には魔法の超適正があり、お母様譲りのとんでも魔力保有量がある。

 これはつまり、私には魔法を使う才能があるという事。

 魔族にとって魔力保有量とは、人間の肺活量みたいなものだ。

 保有出来る量には個人差があるものの、魔法が全く使えないという魔族はいない。

 人間で例えると、水の中で息を止められる時間に個人差はあるものの、一秒も止められない、なんてことは無い事と同じようなものだ。




 そんな魔法の訓練を、さっきまで私は基礎からやり直させられていた。




 魔力を体外に放出させては戻し、魔力を練って濃くしては薄める、など本当に基礎中の基礎からやっていた。まあ、これは私の軽率な発言が原因なのだが。

 地味にめんどくさいが、さぼったりすればお母様に何をされるか分からないので、大人しく真面目に、一通りこなしていくのであった。






 そして魔法の基礎練習から解放され、今の時刻は大体二十時ぐらい。

 私は、今お母様と夕食を摂っている。ソフィ監修の元、王宮の料理担当者が毎日作ってくれているお弁当だ。

 平原にレジャーシートを敷いて、並んで食べている。

 いわゆるピクニックというやつだが、この世界にそのような文化はなかった。食事はテーブルで、椅子に座って食べることが常識だったので、試しにこの食事法を提案してみた。

 最初はと言われた。

 しかしある時、私とお母様それにお父様の三人でまさに今いるこの場所でピクニックをしてみると、大好評。

 今では民たちの間にも広まり、私とお母様の日課にもなっている。




「それにしても、テラス。貴方、また魔力保有量が増えていたわ。毎日ちゃんと貴方がまじめに訓練に取り組んでいる何よりの証拠ね。偉いわ。」

 そう言うと、私の頭をなでてくれるお母様。それに、私の努力を認めてくれた事が嬉しくて、少し涙が出そうになる。普段は(眠たい時以外)少し冷たい印象を周りに与えているお母様だが、根はとても優しく、ちゃんと褒めてくれる自慢のお母様だ。



 夕食を食べ終えた私は、お父様の提案について思い出した。私は先に食事を終えて、少しのんびりとしているお母様に話を切り出した。

「そういえば、今日のお父様との訓練後に、お父様がとある提案をしてきたのですが。」

 あまり興味をそそられなかったのか、お母様は夜空を眺める姿勢のまま、私に、

「そう。その提案というのはいったい何かしら?」

と、聞いてくる。別にお父様とお母様の仲は悪くない。

 お父様が唐突に何かを思いついて提案してくることが、わりとよくあるので、もう慣れた、といった感じなのだ。


「明日からの世界会議、私にも参加してほしいみたいで…」

 私はお父様が話したその理由を、お母様に伝えた。

 それを聞き少し驚いていたが、お母様は少し悩むような動作をしてから、

「確かに、それは良い事ね。貴方なら、もう何があっても大体は自分で何とか出来るでしょうし。それで?貴方はどうしたいのかしら?テラス。」

と、私をまるで試すような口調で笑いかけるのであった。




 正直行きたくない。行きたくはないが、これは選択肢なんて無いようなものであろう。

 それに、私の見聞を広めるということが今回の目的ならば、それを断る必要はないだろうし、何より外の世界を見てみたいと言っている私が居ないわけでもない。



 と、言うわけで。

「私も参加してみたいです、お母様。」

「そう。なら今日は早めに帰って、明日のための準備をいろいろとしなくてはなりませんね。」

 そう言うとお母様は、また私の頭を撫でてくれたのだった。





 その後、少しだけ魔法を撃つ練習をして、時刻は大体二十二時ぐらいだろうか。早めに切り上げるつもりが、結局いつもの時間に城に帰ってきた私たちは、地下大図書館の入り口で別れた。お母様は、今からが仕事の時間だ。

 そんなお母様の後ろに付き従っているのは、この国のもう一人の宰相であるレミアだ。

 彼女は、お母様が魔女王として魔族大陸を収めていた頃にもお母様に宰相として仕えていた、かっこいいエルフの女性だ。ちなみに、お父様に仕えている宰相のエスタルもエルフであり、建国時にレミアが推薦した人物でもある。

 つまり、関係図的には、レミアが上である。



 一方の私はこれからは睡眠の時間だが、それよりまずは入浴だ。

 王族にのみ使用が許されている大浴場に、私とソフィは共に入室する。ソフィは私の入浴を補佐するためだ。

 まず、私の服を丁寧に脱がしていき、その後、ソフィは肌着のようなものに着替える。




 次に、私はソフィに全身を洗われる。以前一度自分で洗うからと言ったら、王族としてのー、とか、そんなのだから姫様はー、とか怒られたので、何も言わない。




 一通り私の洗浄が済むと、私を湯船に浸からせて、ソフィは出ていく。この間に、寝間着を取ってきてくれているのだ。

 このことについて感謝を伝えても、王族はメイドの当たり前の行動にいちいち感謝の言葉を述べません、と怒られた。

 日本の一般学生な私の精神が王族に染まるには、まだまだ時間がかかりそうだ。




 その後、しばらくして脱衣所へと帰ってきた私を待ってましたと言わんばかりに、いや実際待ってたんだろうけど、タオルを持って迫って来るソフィ。私はこれまた黙って体を拭かれる。そして寝間着に着替えさせられた私は、寝室へと向かうのであった。




 さあ、これでようやく睡眠の時間だ。

 …ただ、一つ問題がある。

 物理も強い、魔法も強い。そんなこの体に何か不満があるのかと聞かれたら、私はyesと答える。

 いろいろあるのだが、そのうちの一つに、眠くならないというものがある。



 龍であるお父様の活動時間は昼である。一方、吸血鬼であるお母様の活動時間は夜である。

 その為お父様は十九時には睡眠に入り、朝五時に起きる。一方お母様は朝の七時に睡眠に入り、早い時は十四時、遅い時は十八時まで寝る。

 そんな二人の間に生まれた私は四六時中眠たくなりそうなものだが、何故か全く眠たくならないという体質になった。



 そこで私は前世と同じ睡眠習慣を続ける事にした。一時に寝て、朝の七時に起きる。

 お母様は一緒に居られる時間が短いと悲しんでいたが、恨むなら前世の記憶を恨んでほしい。



 私は寝る前の読書&ティータイムを楽しんでいた。時刻は二十三時半ぐらい。

「では姫様、私はそろそろ。」

 そう言って、ティーセットを片付け始めるソフィ。この後は、私の日課の日記を書く時間で、他人に見られるのは恥ずかしいからという理由うそで、いつもこの時間に退室してもらっている。

「うん、ソフィ。今日もありがとうね。」

 その言葉に少し眉がピクリとしていたが、ソフィは一礼して、部屋を出て行った。




 さて、ここからは私だけの時間だ。

 私は、表面に日記と書かれた一冊の本を取り出す。そしてその本を開くと、中には明らかに日記とは思えない言葉や図が描かれている。著者は当然私だ。




 それは、私の研究ノートだった。




 初めは、前世の記憶の整理のために使っていた。それだけが書かれた日記は、私の部屋の鍵付きの本棚にある。

 記憶の整理が終わった私は、次にこの世界についての研究を始めた。

 だが、それも一段落ついた、というよりこの世界についての情報があまりにも少なかったので諦めたのだが、そんな私が今やっているのは、魔法の研究だ。



 私が魔法の研究をしていることを知るものは居ない。私が研究して生み出した魔法を、見た者も居ない。早速私は、自らが創り出した魔法を展開する。

「防音、幻影。」

 読んで字のごとくな効果なのだが、これは結界魔法と呼ばれるもので、あの平原の結界を参考にして、創り上げた。防音はそのままの意味で、音を部屋の外に漏らさないようにするもので、幻影は、窓の外から覗いた時、私がベッドで寝ているように幻覚を見せる魔法だ。




 私は二つの魔法の起動を確認すると、ため息とともに前世を放つ。

「はあ。今日もしんどかったなあ…。でもやっぱ魔法撃てるの最高!…てか明日から遠足とかめんどいなあ…。でも断れないでしょ、あれは…。はあ…。」


 私の前世は確か、あまり友達が居ないタイプの人間だったはず。だからか、昔から独り言が多い。


 私の独り言は、魔法の研究中も続く。

「なんかもっと便利な魔法作れないかなあ。一瞬で全身がきれいになるとかさ。うーん。あ、ここもうちょっと変えたら出来…ないな。びしょ濡れになるのがオチだろうしなあ。」

 そんな感じで研究者の私の夜は続いていく。




 結局、私が眠りについた時には、三時を超えていたのだった。

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