第四話 王女に昼休みは割とある

 私がその木製の大きなドアを開けた先で見たのは、いつもの、仕事を頑張っているお父様の姿だった。


 真剣なまなざしで、宰相のエスタルと何かの書類について話している。


 その姿は、世界を背負う者として恥の無い立派な姿だ。








 だが、そんなかっこいいお父様の姿は、お父様が私を確認した事によって崩れ去る。








「おお~!愛しの我がテラスよ~!よく来たな!では早速今日の訓練を始めようではないか!」


 さっきまでの厳格なお父様の姿はどこに行ったのやら。勢いよく席を立ち、破顔したその姿は、どこまでも娘を溺愛するだらしない父親だった。






 その姿にエスタルはため息をつき、


「まずはこの書類の束を処理してからにしてください。…まったく。陛下は姫様のこととなると、どうにも駄目になられてしまわれますね。」


 そう言うとエスタルはお父様の肩を掴んで、強制的に椅子に座らせた。


 お父様は不満そうだ。だが、そのあと照れたように小さく笑ったのだった。


 エスタルは建国当時からお父様に仕えている宰相で、お父様への忠誠心には目を見張るものがある。


 そんなエスタルとお父様は、主従関係というより、親友のような間柄だ。








 お父様の仕事が終わるまで、私は執務室内の来客用の椅子に座って、紅茶を飲んで待っていた。内装は、前世の校長室をイメージしてほしい。難しそうな本がびっしりと詰まった本棚を特に理由もなくぼんやりと見つめている。


 お父様を見ないのは、お父様と目が合うと、お父様が仕事の手を止めてしまうからだ。






 静かな室内。お父様とエスタルの声だけが響く。やれ近隣諸国との外交が、やれ農作物が、やれ信仰がなど。よくわからないから聞き流していたが、一つだけ気なる言葉が聞こえてきた。








 勇者、と。








 いるんだ、勇者。やっぱりあれかな。仲間とか引き連れて魔物、この世界では忌物だったっけ、そんな奴らを倒したりしてるのかな。あるいは仲間にするタイプの勇者だったり?


 しかし残念。お父様の話を盗みg…傍聴していると、どうやら勇者は伝説やおとぎ話の存在で、実在はしないようだ。


 では、なぜそんな勇者くんの話が挙がっているのだろうか。








「よーやく終わったぞ!テラスよ!」


 半分寝ていた私に、お父様は椅子に座ったまま笑顔で言い放つ。私はついビクッとして肩を跳ねらしたが、正直ここまでの一連の流れはよくあることなので、気にしない。


「よし、では裏庭へと向かうぞ。」


 そう言って座っていた私を優雅に立たせ、優しくエスコートしながら、裏庭へと向かうお父様。私への愛情で変なテンションになっているお父様だが、普段はのんびりとした性格ながら、優雅で、紳士的な父親なのだ。










 私はお父様に手を引かれ、さっき歩いた廊下を今度は逆向きに歩く。私の寝室は、裏庭に近しい場所にあるからだ。私が、寝室をここにしたもう一つの理由は、実は裏庭が近いことだったりする。人目に付きにくいので、いろいろと役に立つことがあるからだ。あとは、お気に入りのリラックス場所がある。








 正午の鐘から二時間ぐらい、つまり十四時ぐらいだろう。


 私たちはすれ違う使用人たち全てに膝まづかれながら、裏庭に到着する。






 到着した私たちはおもむろに横並びになると、奇妙な動きを始める。


 これは私がこの国に広げた文化の一つの、準備体操だ。


 もともと訓練前に体を動かして温めるという習慣はあったが、私が、せっかくなら皆で決まった動きをしたほうがついでに団結力も高まるだろうと提案したのだ。そして、私が前世の学校でやっていた準備体操を丸パクリして、兵士へと広めたのだった。


 そしたらいつの間にか国中へと広がって、今では、まるで前世の毎朝のラジオ体操みたいに広場に集まった民たちが、私の学校の準備体操をしている。








 そうこうしているうちに準備体操も終わり、次は木刀を使って近接戦闘を学ぶ時間だ。


 私にはお父様から引き継いだ最強の身体能力がある。なので、今やっている訓練は、能力の向上を目的としたものではなく、能力を制御するためのものだ。


 木刀が折れない程度の力で、お父様と打ち合っている。


 昔、初めて木刀を持たされて、力を込めてみてと言われた私は、木刀の持ち手を握りつぶしたんだっけ。我ながら超ビビったね。






 その後休憩を挟みながらも二時間打ち合いを続けた。


 そして今は、ちょっと多めの休憩時間だ。


 お父様は、一度離れると言って何処かへ消えてしまった。


 まあ、お父様が何処かへフラッと消えるのはいつもの事なので、私は木陰でソフィが持ってきてくれたタオルで汗を拭いながら、のんびりと待つ。


 心はへとへとだ。だが体は正直まったく疲労を感じない。わたしの からだって すげー!


 ちなみにここが、私のお気に入りのリラックス場所だったりする。








 しばらくして、帰ってきたお父様は何やら悩んでいる顔をしていた。


「ふむ。…テラスよ。今からこの父に全力をぶつけてみてはくれまいか。」


「んえ!?」


 驚きのあまり思わず変な声を出しながら立ち上がる。


 えと、とりあえず


「お父様、それはいったいどういう事なのでしょうか。…全力でお父様を攻撃すればよろしいのですか?」


と、そう問う。


「ああ、そうだテラスよ。今のお前の実力を測っておきたいのだ。それによって今後の訓練の内容を考えようと思ってな。」


「…な、なるほど。そういう事でしたら。」


 無理やり納得した私は、深呼吸をする。正直、自分でも自分の力を把握してないので不安は強いが、前世の記憶を思い出し、腰を低く落として、


「はあっ!!!!」


 私はただただ真っ直ぐに、何の小細工もない正拳突きを放った。


 




 その時、辺りに轟音が鳴り響いた。それは爆発音のようでもあった。






 それは、拳を受け止めたお父様と私の拳がぶつかったことで生じた音だった。が、そんなとんでもない攻撃を受けても、お父様は無傷だった。強すぎでしょ。


 てかそんなことより近くにいたソフィは!?






 顔が物語っていた。うるさいと。うるさいで済んでいるこのメイドも凄いな。






「ほお。まさかこれほどとは。流石は我の子だな!子の成長というのは何ともまあうれしが良いものよ!」


 そう言って上機嫌なお父様。そんなお父様が不意にソフィの方を向いて、


「ところでソフィよ。お前が見ている我が子の勉学についてだが…。どうだ、どんな調子なのだ。我に教えてはくれまいか。無礼は許そう。」


と、聞いた。やばい。何か告げ口されるかも…!






 しかし、そんな私の心配は杞憂に終わった。


「はい。姫様には本日、中等部レベルの問題をお出ししましたが、難なく解いてしまわれました。物覚えもよく、とても優秀。はっきり言ってもはや姫様に一般知識の教育は不要かと。しかし、王族としての心構えや意識は足りず、また、礼儀作法もまだ完璧とはいえませんね。」


「相分かった。その観察眼見事である。では今後もお前に一任しよう、ソフィよ。」


「もったいなきお言葉、感謝いたします。必ずや姫にして見せましょう」


 なんだか私は置いて行かれていたが、どうやら今後もソフィにしごかれる様だ。


 …あれ?なんか私、さりげなく酷いことを言われた気が…。










 その後しばらくは木陰に座り、お父様と談笑していた。訓練が一区切りついたらかならずこのような時間を取るようにしている。


 内容は、単なる世間話がほとんどだ。今、民の間ではこんなお菓子が流行っている、だとか、些細な事件とか、本当に大したことはない。が、たまに政治的なことについて意見を求められたり、何か私が思いついたことを話したりもする。


 今では私は、この時間が一日の楽しみの内の一つとなっていた。


「テラス。お前と話していると本当に七歳なのかと時々疑ってしまうな。」


「うぇ!?…私はただの七歳児ですよ。」


 明らかに変だった私の反応が目に入ってなかったのか、何かを決意したかのような表情で私の顔を見つめる。そして、


「そうだ、テラスよ。一つ思いついたことがあるのだが」


そう言い放つ。


 訂正しようかな、さっきの言葉。私の第六感的なものが訴えてくる。絶対面倒ごとだ、と。








 残念なことに、その予想は的中してしまう。










「明日からの世界会議、テラスも参加してはみないか?」

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