第三話 王女の朝は割とはやい

 ソフィによって私の身支度が終わった。


 現在の時刻は何となく七時ぐらいの気がする。というのも、この世界には正確な時計というものがない。あるにはあるのだが、前世の正確な時刻に慣れている私にとっては、あまりにも不便で仕方がないものだった。


 だって六時間ごとに国の至る所にある鐘の塔がなるだけなのだもの。で、今は今日一番目の鐘が鳴ってから一時間ぐらいだから予想できたというわけだ。












 さて、この世界の時刻事情の話はそれぐらいにしておいて、そろそろ朝勉脳に切り替えなければ。


 先生は大体いつもソフィだ。たまにソフィに何か用があったりすれば代用のメイドがつくのだが、今日はそうではないらしい。


「まったく、姫様は勉学だけは優秀ですのに…」


「ちょっと!だけ、は余計よ!いったい私のどこが不満なのよ!」


「…そういうところが『だけ』の部分ですよ、姫様。」


「なんですってー!」






 そんないつもの会話を今日も繰り広げる。最悪首が飛んでも文句は言えない発言をソフィは平気な態度で言い放ったのだが、それは、前世の一般人の自分の意識が、厳格な態度で接さられる状況に耐えられなくなったからだ。


 普通に接していいし、叱ってくれて構わない。そんな私の願いを聞いてくれたメイドが当時たった一人だけ存在した。ソフィである。


 私のお願いを聞き入れたソフィは、その次の日の朝に、起きずにベッドでゴロゴロとしていた私から、布団を勢いよく引っぺがすなんて暴挙に出たんだっけ。










 そんなソフィだったが、まず、勉学に関しては私のほうが上だ。どうやら前世の私は頭がよかったらしい。おかげでソフィに勝てる要素ができた。


 ソフィに出された問題は前世の日本で表すと小学四年生ぐらいだろうか。それぐらいの難易度なので、正直楽勝だが、あえて私はゆっくりと解いている。


 それは、以前小二ぐらいの問題が出された時、楽勝だと調子に乗ってついソフィを煽った結果、ならばと勉強量を五倍ぐらいにまで増やされかけたからだ。






 しかし。






「やはり姫様にはこのレベルの問題も不吊り合いでしたか。」


 …ばれてる。




「イ、イヤ、ムズカシイヨー」


「はあ。…いいですか姫様。私は、姫様を天才だと思っています。その頭脳の明晰さは素晴らしいことです。しかしそれは、同時に御身に危険が迫る可能性も生むことを知っておいてください。くれぐれも、私や陛下、王妃様以外の何者にも決して知られることがないように努めてください。」


「な、なぜ?」


 突然ソフィが真剣にそんなことを言ってきたので、つい何も考えず反射的に疑問の言葉を述べてしまった。やらかした。




 明らかにソフィの顔色が怒気に染まっていくのがわかる。


「姫様は今まで何を仕出かしてきたのかをお忘れなのですか!王宮料理に革命を起こし、かと思えば今度は陛下に交通網や上下水道の整備の大切さを突然説き始めて!さらには」


「わかった!わかったから!ごめんなさい!」


 私はソフィの言葉を遮るように謝罪をやや大きめな声で告げる。






「…姫様の活躍はたしかに素晴らしいものです。おかげ様でこの国は好転しました。ですが姫様は七歳。ハッキリ言って異常なのですよ。天才であるあなたは、それが災いして天災となってしまってもおかしくないのですよ。」


 私の頭の中にある前世の記憶は激動をもたらすものであり、幸せも不幸も呼んでしまう代物だ。要するにソフィは、そんな私の存在が世界へと広がった際に起こりうる不幸を心配してくれているのだろう。


 危険性は承知している…はず。






 例えば私は前世では戦艦を扱って戦いあう系のゲームが好きだった。 


 特に航空母艦が好きだった私は、完璧に理解しているとは言わないが、それでも普通の人よりは知識がある。戦争初期の戦闘機ぐらいなら作れてしまいそうなぐらいには。


 きっと今から作ろうと思えば作れる。お父様は私にとても甘いから、私が頼めばいくらでもお金を出してくれるし、協力もしてくれるだろう。動力源など、魔法があるこの世界では、ガソリンが空中を漂っているようなものだ。


 しかしそれはできない。そんなことをすれば私の名は世界へと広がってしまうからだ。


 異端児だと。


 








 まあ、絶対に子が生せないはずのあの二人のあいだにできた子供な時点で、世界に名は轟いているんですけどねー!




「心配してくれてありがと。ソフィ。」


「ご心配なさらずとも、姫様にはいつも心配をかけさせられていますよ。」


「ちょ」


「そんなことよりも姫様。次はさらに難しい問題を出させていただき、いえ、出しますからお覚悟を。」


「嫌だあああああ!!!」










 そんなやり取りを繰り広げながら、私は朝勉を終えた。


大体十一時ぐらいだろうか。これから私は次の鐘がなるまで、つまり正午まで自由だ。


 というわけで私はベッドの上でのんびりゴロゴロしている。きっと王族としてふさわしくない格好なのだろう。あとついでにいうと私の『美しい』顔も今はだらけ顔になっているのだろう。


 でもそんなのかんけえねえ!


 








 …こほん。


 中身はまだ日本の一般学生なのだ。こういう休息の時間は大切にするべきだろう。この世界に転生してからはや七年。最初に比べれば私の中の意識はだいぶ変わった。ゲーム大好きダラダラ一般学生から超重要国のたった一人の奇跡のお姫様へと。


 とはいってもまだなり切れていないのもまた事実で、まだまだ私は弱いので、この時間を設けているのだ。








 そういえば異世界転生といえばトラックにはねられて、そして神様とかがでてk


「っ…ぅあ…!」


 痛い。頭が痛い。声も出ないほどに。まるでそれ以上先を考えてはいけないと誰かに無理やり脳を押さえつけられているかのようだった。


 




 しばらくして、頭痛が引いた私はベッドに仰向けになる。その額は汗にまみれていた。


「うかつだったたなぁ…こういうところが駄目なんだろうなぁ、私って。」


 








 それからしばらくして。昼からの私の予定の支度を整えるために私の寝室に入ってきたソフィが、明らかにしんどそうな私を見て大慌てで私に駆け寄ってきた。


 私はソフィに夢見が悪かっただけだと説明し、ソフィを落ち着けさせた。


 納得はしてくれたが、それでもやっぱり心配そうに私を見るソフィ。やっぱり、ソフィが専属メイドでよかった。世界で三番目に好き!


 ちなみに二番目は私の今の両親と前世の(覚えてないけど)両親だ。


 え、一位?そりゃもちろん推しでしょ。










 またまたソフィによって身支度が完了した。


 さっきまでの質素なドレスとは打って変わって、前世で言うジャージのような、さらに動きやすい服に着替える。


 これは、昼からのお父様との訓練のためだ。








「本当に体調はよろしいのですよね?」


「大丈夫だから!ほら、さっさとお父様の所へ行こう!」


 私はそう言うと、ソフィの手を引き廊下へと出る。


 私の寝室は王宮内でもかなり地味な、奥のほうにある。そのため、廊下はいたって普通だ。とは言っても、前世の高級ホテルの廊下ほどの豪華さなのだが。




 え?なぜそんな場所に寝室があるのかって?


 その理由がそろそろ私たちの前に姿を現すから少し待ってなさい!


 …。








  しばらく歩くと、超豪華で超巨大なステンドグラスから漏れる日光が、廊下を歩く私たちを照らし始める。


 天井には豪華な照明があり、廊下の両端には、一定間隔で豪華な花が飾られていて…、などありとあらゆる豪華な装飾がなされている。


 




 これ!理由はほかにもけれど、一番の原因はこの豪華さが私には耐えられなかったことなのだ。


 小心者だろうか。でも考えて見てほしい。


 あなたは、日本の普通の家庭の家から、ある日突然イギリスの王家の家に強制的に引っ越しさせられて、今まで通りの心で生活できるだろうか。


 あ、私はもう慣れました。てか諦めましたよ。








 そんな、誰かもわからない何かに不満をぶつけながら、私たちは歩みを進め、お父様のいる執務室に到着したのだった。

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