第二話 王女の前世と推し

 …ここはどこだろう。何も見えない。ってう、うごけない!一体何がどうなって…。


てか、声すら出せないいいい…








 何も聞こえない、てか本当に何もできない。どれくらいたったのだろう。


五億年ボタン…なんて言葉が頭によぎる。



……


………


 だああもう!変なこと考えるのは止そう!それよりまずは落ち着いて情報整理しよう。そうすることで、今の状況から目をそらそう。




 私は…誰だっけ…あれ、名前が思い出せないな…。



……


………


 って、また思考が止まってる!ほかのこと、ほか…。


 


 確か私は日本という国の学生だったはずだ。学校と家が近くて、ゲームが好きだったから寄り道もせずすぐ家に帰ってはゲーム三昧の生活だった。


 今日は確か推し、いや、嫁であるキャラの記念日だったから、珍しく少し寄り道して商店街のケーキ屋で好物のチーズケーキを買おうとした。そしたら売り切れていて、ちょうどあとは焼くだけだから待っていてねと言われて…。






 あれ、そのあとどうなったんだっけ。思い出せない。


 …まあいいか。てか明日からテスト週間だし、勉強しないといけないんだからこんな変な夢見てないで早く寝ないと。


 無限の闇に対し、私はそう呟き背を向けた。










 しかし、目が覚めても同じ状況だった。










 それから、どれくらいの時間が流れたんだろうか。精神がおかしくなりそうだった。てか、おかしくならなかった私を誰か褒めてほしい。


 なんか声出ないし、動けないしで辛い。


 でも、なんだか落ち着くような…。










 と、私がこの空間にだんだん順応してきていたその時であった。


「~~~~~~~~」


 それは唐突に訪れた。音が聞こえたのだ!


「~~~!~~~~~~~~!」


 くぐもった音なので、それが何の音かはわからなかったが、それでも私に希望を与えるには十分だった。






 それからしばらくして、私は遂に外の世界へと出ることができた。そして私は理解した。いや、実はうすうす気づいていたのかもしれない。








 私は、胎児だったのだ。








 私は生まれた。知らない誰かから。


 しかし何より、外に出られたことがうれしかったのだ。


 私は喜びのあまり叫んだ。やったー!と。


 




 私の喜びの咆哮は、産声となって表れたのだが。










 そんな私の誕生秘話からはや七年、いろいろ分かってきたことがある。


 まず私はどうやら異世界転生というものをしてしまったらしい。死んじゃったのかな、私。


 それは漫画やアニメの世界の出来事であり、実際に自分の身に降りかかってくるとは全く思ってもみなかった。


 妄想ぐらいならした事もなくはないけど。




 つぎに、私は人間ではなくなってしまった。どうやら私は奇跡の子らしく、本来絶対できないはずの二人の間にできたこどもだ。


 父は龍、母は吸血鬼らしい。そして私はそんな二人の血を受け継いでいるため、吸血龍姫と呼ばれているそうだ。誰がうまいこと言えと。




 そして前世について。


 前世の知識は消えていない。例えば、料理だ。私は城のシェフと共にすでにいくつか前世の料理を再現し、作ったことがあるのだ。


 しかし、私の名前、家族、身分、友達など、『私』が関係すると、突然思考に靄がかかり、酷い頭痛に襲われるのだ。転生前の最後の記憶だけはなぜか思い出せるのだが。




 あと鮮明に思い出せるのは推しキャラぐらいだ。もはや愛していたので、意地でも忘れなかったのだろうか。あ、私の推しは美人でやさしい『女性』ですよ。


 


 あとは、この世界には発見済みの大陸が三つあることだ。


 一つ目は人族の大陸、二つ目は魔族の大陸、三つめは忌族と呼ばれる理性のない獣や化け物が蔓延っている大陸がある。


 忌族はゲームの魔物みたいな奴だと勝手に想像している。あれでしょ。青くてプルプルしてて勇者に自分の身の潔白さを必死に訴えるあいつ。


 …てか、そんなゲームでなら私は魔物として出演するのでは…?








 …そんな私が生まれたここ、シュトラール王国は人族大陸に向けて魔族大陸から伸びたような土地にあり、人族と魔族間の関係を保つという重要な立場の国だ。


 そんな国の国王は建国当初から変わっていない。


 そりゃそうだ。建国者である私の両親に寿命の概念があるか微妙なのだから。


 だって龍は長命種、吸血鬼は不老不死というイメージが前世で培われてるんだし。






「姫様、おはようございます。」


「おはよう。ソフィ。」


 ソフィに思考を遮られた。


 彼女は私の専属メイドで、身の回りのことや、護衛をしてくれている。ちなみに、すごく強いらしい。




 私は大きな鏡の前に立たされ、寝間着を脱がされる。これも最初は嫌がったものだ。着替えを手伝ってもらうのが許されるのなんて幼児までだよねーって。…まあ、幼児なんだけど。


 それにしても私ってかわいいな。超かわいいな。


 純白の髪に白い瞳、白い肌に幼いながらも整っている顔立ち。絶対将来美人になる。




 そんなことを考えているうちに、私はドレスに着替え終えていた。


 ドレスとは言っても、動きやすさ重視の質素なものだ。


 なぜ動きやすさ重視なのか。それはもちろん、これからの予定のためである。










 突然だが、七歳の私の一日を紹介しよう。


 朝 ソフィと礼儀作法の勉強をする。


 昼 お父様と近接戦闘の訓練をする。


 夜 お母様と勉学に励んだり、魔法戦闘の訓練をする。


 以上。






 …つらい!しんどい!姫辞めたい!


 だけど私は王族。しかもかなり重要な国なのだから、私の行動でこの国に傷を付けるわけにはいかない。しっかりしなくちゃ。


 …でもやっぱり普通の学生だった私が背負うには重すぎるでしょうが。


 ああ、日本でのあの暮らしが、まさか王族よりもある意味では贅沢だったなんて。




「…さま。姫様。聴いていましたか?」


「え、ええ。もちろん聞いていましたよ」


「…嘘ですね。」


「ばれた!?」


 ソフィは私が生まれた日からずっと私と一緒にいる。だから、私の嘘など簡単に見抜けるのだろう。


「はあ…じゃあもう一回言いますよ。明日は、スルンツェ様とローアル様が世界会議に出席するために城を立つ日です。今日中にお別れはお伝えするべきでしょう。一週間はお帰りにならないようですし。」


「わかったわ。ソフィ、いつもありがとうね」


「まったく、姫様はいつも」


「じゃあさっそく朝の作法勉強を始めましょうか!」


「ちょ、姫様!」


 そんなやりとりを繰り広げながら、今日も一日が始まる!

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