最終話 残ったもの
雪里のことを聞いた夕夏は、酷く悲しんだが、事の顛末を聞いた後は妙に落ち着いた態度だった。壊れたカメラを手渡すと、感じていた気配が無いと語った。事件については、黙秘するわけにもいかないので、俺は事情を警察に解りやすく(勿論、呪いの話などはなしだ。)伝え、長きに渡った殺人事件の解決を担った者として、特に刑罰が下る事はなかった。
「霊感があるって信じてくれてて良かった。お父さんみたいに、妄想癖みたいに見てくる人もいるから。」
今回の解決は、彼女の力もあってのことだった。常人では理解できない感覚が、常軌を逸した事件へと一歩近づけさせたのだから。
「霊が居るって知っちまったらなあ。彼女はどうだった?良い友人には成れたか?」
あだ名で呼び合っていたくらいだ。俺よりも悲しい思いをしているに違いない。
「まあ、成れたと思う。生きてたら、私よりも年上なのよね?不思議そのものよ。」
そうか、確かに。あの姿は死んだ時点での彼女であるから、今ここにいるならばもっと年を重ねているのだろう。
「終わってしまうと、途端に日々に戻される。今まで何をしていたのかと、ふと我に返ってしまうほどだ。お前は、何か変わったか?これを機に何かをしてみようかなんて。」
俺たちは十分に動かされた。その過程に、人生観が変わるという話があったとしても何らおかしくはない。想像もできない非日常に放り込まれ、それを終わらせてしまったのだから。
「私、つかれてるみたい。取り合えずは、なんとかしようと思うけど、いつも通りの日常で良いわ。」
彼女は俺と大差なかった。俺も事件を解決できたからと言って、天狗になるような気持ちは無かった。
「お互い、仕事がある中で動いていたしな。ゆっくりしてくれ。」
俺も戻らなくてはいけない。退屈で、刺激のない、安心の日々へ。
「あ、えっと、違うくて。霊に憑かれてるの。あの子みたいに会話はできないけどね。ずっとなんか居るのよ。死人が出てるとこ回ったからか、吸い寄せられるようにねえ。」
妙に冷静な態度で彼女はヘラヘラと笑った。呪いを解いたからと言って、この世の不可思議な事象を相殺できたわけではないらしい。彼女にとっては見える、居ることが普通で、奇怪なことに首を突っ込んだため、その王道に立ってしまったみたいだ。
「何笑ってるんだ?大丈夫な奴なのか?俺にとっては霊子のイメージが強すぎるから怖くなくなったが、そういうもんなのか?」
カメラを拾ってしまった日の事を思い出した。それこそ、呪いのなんたらを手にしてしまい、取り返しのつかない結果になったと肝を冷やしたものだ。
「いや、あの子は特別過ぎただけだと。普通はこんな風に。って、見えてないのか。なーんにも言わず何かを訴えるもんよ。まあ、大したことじゃない。ただ、そんな日常ではまず考えないことが、そこにあるって言うのは理解してて。あんな怪しいカメラ、なんで拾ったのよ。」
初めてカメラを見せた時と同じ目で、霊子と同じ注意を促されてしまった。本当に、俺はなぜ拾ってしまったのか。
「わからん。俺も吸い寄せられたんだと思う。じゃなきゃ拾ってないし。お前が大したことじゃないって言うなら、信じるよ。ああ、奢る件、忘れてないからな?悲しいとか理由で断んなよ?」
さて、そろそろだ。今こそ日常に戻り、過去何年も続いた悲しみの連鎖を心の内に仕舞う。今日からは、犯人がどんな傷をこの世に残していったかが露わになることだろう。それこそが、本当の意味で未知を知るという事だ。
一年後、完全に普通へと戻った俺は、あの曰く付きの場所を歩いていた。連続殺人事件の解決は一時期話題となり、テレビなどでも続いてきた恐怖が幕を閉じたことが放映され、世間にとっては謎が多すぎるミステリーとして勝手気ままな噂が立ち込めた。今では、一種のオタクくらいしかこの事件を根掘り葉掘り調べてはおらず、一般人にとっては、ああ、そんな都市伝説もあったね。くらいの話に成っている。
「この場所ももう曰くつきではないのか。」
この場所にも変化が訪れた。殺人事件の噂が消えたためか、土地の価値が生まれ、新たな住宅街へと成り代わるために再び工事現場となっている。あのマンション、及び俺が拾いものをした場所も立て続けに改築が進められていた。既に、あの日の記憶は薄れるくらいだ。
「ああ!そのカメラ!それを見せてくれませんか?」
俺は、もうこのカメラを手放そうと思っていた。元の場所に戻すことを検討し、やって来た訳だが、こうして通行人もいるし、ごみをごみの中に埋めるような悪行は出来そうにもなかった。その場所を悩みながらうろついていた人間が、俺に声を掛けた。平凡な男だ。
「良いですが、何か?」
駆け寄られて驚いたが、特に警戒心も抱かずに手渡した。泥棒だとしても、なんら問題はないし。
「壊れてる…けど、間違いない。写真を見ましたか?どれも酷い状態で…いや、ね?あまりに不気味だったもんで、ずっと前に捨てたんすよ。映ったと思ったら直ぐに駄目になるしで。でもでも、なんか最近まで、都市伝説流行ってたでしょ?あれ見て、もしかして!っと思ってここに来たわけです。怪しい質屋も、是非とも買い取らせてくれって涎だらだらで。自分にはそんな価値があるかもわかんないんすけど。この状態だったら、確認しようがないですね。」
興奮した様子で男はカメラを眺めまわした。前の持ち主か。驚いたものだ。俺はてっきり憤怒を露わにされるのかと黙っていたが、どうやらそうでもなく、この男も単に好奇心に動かされているだけのようだった。
「ええ、あれらはもう、酷いもんで。あの壊れてしまったのですが、宜しいのですか?僕もかなり使い込んだんですが、どうにもね…不良品のようで。」
何となく、このカメラが流れに流れて俺に辿り着いたのだろうと思った。それこそ何かの因果があって、偶然誰かの手に渡り、好奇心を突いたのだと。
「そうですよね?あれは酷い。全然良いですよ?僕も呪われてる!なんて戯言を元に受け取ったものなんで。呪いなんて、馬鹿馬鹿しいと思いませんか?」
やはり、霊子はあのタイミングでたまたまカメラに憑いてしまった霊なのだろう。男は俺にカメラを返し、わざとらしく笑った。
「いや、呪われてますよ?このカメラ。こんなもんは、むやみやたらに手にしない方がよろしいかと思います。奇妙なことに巻き込まれたくなければね。」
俺も冗談っぽく、そう言い、カメラを仕舞った。別の所に捨てることにしよう。俺の経験したことは、夢であったと割り切る方が楽観的に居られるだろう。
「はあ、何か苦労されたんですね?呪い…か。あるのかも。」
知らず知らずのうちに不幸感が流れ出ていたのか、男は冗談と捌かず、真面目な顔で
首を傾げた。
「まあね、霊もいますし。」
そう言って俺はさよならを告げた。この人に、この地に。もう来ることはないかもしれない。もう奇妙なことに出会うことも無いかもしれない。このカメラを持ち続けることは、新たな災難に巡り合うことになるような気がしてならなかった。それを望まぬなら、本当に捨ててしまったほうが良い。日常的に欲する非日常的な刺激とは、案外厄介で後ろめたいものだ。今度は、やめておこう。
マッドネスシャッター aki @Aki-boring
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