冷たくても大丈夫
席替えの事件が起き、ベッドで散々悶えた夜を越えた翌朝。
結局、去ってほしくなかった月は沈んだし、来てほしくなかった太陽は昇った。
今朝の天気予報では、金曜の夜にはもう雪が降りだすらしい。
それも納得の気温。少し手足が冷えている事を自覚しながら、誰も居ない昇降口を抜け、静かな廊下を歩いて教室に向かう。
「あ......おはよーカイロくん」
「......
昨日の教室を混沌に導いてくれた思い人が、今日も防寒具に包まれて震えている。
くそっ。可愛い。
多分、昨日あんなめちゃくちゃにされたのに一切怒りの感情が湧いてこない時点で、俺は
「さぁさぁ、そんな所に突っ立ってないでこっちにおいで?」
「......はいはい」
昨日から変わらない席、窓際一番後ろに座る雪見さんの隣の席に座る。
「......そいっ! ......あれ?」
俺が座り、机のフックにリュックをかけたのを確認した雪見さんは、隙ありといった様子で俺の左手に掴みかかってくる。
......が。
「カイロくん、調子悪い? おてて冷たいけど」
「......雪見さん、そのマフラーって誰の?」
雪見さんが大切そうに顔を埋めていた青のマフラーを指差しながら尋ねる。
「ん? カイロくんのだけど」
「じゃあその手袋は?」
「これもカイロくんのだけど」
「防寒具ナシは、俺も流石に寒い」
昨日の放課後「2重にしたらいいんだ!」と閃いたらしい雪見さんにそのまま俺の防寒具を全部奪われた。
......まぁ、真実は雪見さんに貸してとお願いされて俺が差し出したんだけど。
普通に可愛くて断れなかった。
「だから、残念だけど今日のカイロは諦めてくれ」
「......」
正面に目線をやりながらそう言ったのだが、雪見さんの反応は無い。
......怒ったのか?
もしかしたら雪見さんにとって朝のこの時間は大切なものだったのかもしれない。
少し不安になりながら横目で様子を窺う。
「うへへ」
俺の方を見つめ、そんな声を漏らしながら何かを企んだような表情を浮かべる雪見さん。
「私、灰路くんをカイロくんにする方法知ってるけどね」
そんな事を言いながら、ニヤっとした笑みを浮かべる雪見さん。
一体どうやって俺をカイロくんするというんだ。
......カイロくんにするって冷静に考えたらなんだ?
どうしよう。これでなんかヤバイ隠語だったら。
絶対に違うふざけたことを考えていると、椅子から立ち上がった雪見さんがゆっくりとこちらに近寄って来る。
そして──
「おじゃましますよー......?」
「ちょっ......!」
俺の膝の上に乗る......というより跨って来た雪見さん。
向き合う形になるように跨ってきたせいで、雪見さんのニヤニヤした笑みを浮かべている顔が俺の目の前にある。
「ほら、もうあったかくなってきた」
俺の頬に冷たい手を添えながらそう言う雪見さん。そのせいで正面から向けられる雪見さんの視線から逃げられない。
「な、なんでこんな事......」
「好きだから............」
──────
────
──
「......なぁんて言ったらもっと温かくなるかなぁって! 思って!」
「そ、そっか」
危ない。
心臓が止まりかけた。
「......」
「......」
そんな近い距離で止まってしまった俺達の会話。
聞こえるのは俺の心臓の音と、互いの息遣い。
「......こうすれば、もっとあったかくなるよね......?」
綺麗な瞳で俺を見つめた後、ゆっくりと首の後ろに手を回し、体をくっつけてくる雪見さん。
心臓が刻んでいるであろう胸の震えは、もうどちらのモノなのか分からないぐらいで。
耳から、鼻から、全身から雪見さんを感じてもうどうでもよくなった俺は、気づけば抱きしめ返していた。
抱きしめて良いのか不安だったが、それの答えというように耳元から聞こえてきたのはクスッと笑う様な、幸せそうな息遣い。
「......熱いね」
「......うん」
「このままだと、低温やけどしちゃいそう」
「......ごめん」
「......別に良いよ?
意識が溶けそうな、そんな時。
「あっ......と、灰路、俺達もうちょっと外に出ておこうか?」
昨日見たような光景がまた目に飛び込んできて。
「......何もなかったって事に......してくれないか?」
冷え性の雪見さんが暖を取るために俺の手を握ってくる 膳所々 @nandeyanenn
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