席替えなんて無かった

「──起立、礼」


 クラスで決められた号令係の声に続いて、他のクラスメイトも頭を下げる。


 木曜日7限目。

 LHRロングホームルームの時間、クラスメイト達がもうすぐやって来る放課後に向けてリラックスしている時間帯に、俺の意識は別の事に集中していた。


「......ねぇ雪見ゆきみさん。手、間違えてない?」


「えぇー? 間違えてないよ」


「じゃあ授業中に俺達の手がつながってるこの状況は正常なんだ」


「うんうん。正常だよー」


 にこにことそう話す雪見さんに内心焦りながら周囲を見渡す。


 今朝に変な場面をクラスメイトのカップルに見られたばかりだと言うのに、一番後ろ窓際の席でこんなことをしていたら今朝の効果があったかは分からない言い訳の数々が完全に無駄になってしまう。


「でもカイロくん。仕方ないでしょ? さっきの休み時間先生が換気って言って窓開けちゃったんだし」

 

 周りをきょろきょろしている俺の考えを読み取ったのか、ぎゅっと俺の手を握ってくる理由を説明してくる雪見さん。


 確かに先程まで教室内を満たしていた暖かい空気は寒い外に逃げ、代わりに外から供給された新鮮で冷たい空気によって雪見さんの手は冷たくなっていた。

 

 あと、俺の名前は灰路はいろだ。


「それに、こういう事したらドキドキして体温上がりそうだし」


「別に俺の体温が上がったところでそんなに......」


 今繋がってる俺の左手から伝わる体温だけでは限界があるという事を話そうとすると、俺の言葉を遮るようにクラスメイトが歓声を上げた。


 俺も雪見さんを肩をビクッと震わせ、周りに視線を送ると、丁度先生が教壇の上でクジ引きの用意をしているところだった。


 どうやら席替えをするというサプライズを先生は用意していたらしく、先程の歓声はクラスメイトがそれに反応した結果だったらしい。


「えぇーカイロくんと離れちゃうのかー......」


「まぁ、仕方ないんじゃないか」


 正直、暖を取る要因だと理解していても俺と離れる事に悲しそうな表情を浮かべる彼女を見て内心ウキウキだったのだが、出来るだけその気持ちを表に出さない様に平静を装って当たり障りのない事を言う。


「む。灰路くんは私と離れても寂しくないんだ?」


「いや、別にそういう訳じゃ」


 手を繋ぎながらムッとした表情を浮かべる雪見さん。いや、正直俺だって雪見さんと離れたくないし、もっと手だって繋いでいたい。


 でも、それを本人に伝えるのは簡単じゃない。


「いいよ。もう怒ったし、ひっさつわざ使う事にする」


 俺が何て伝えようか迷っていると、さらにムッとしたような表情になった雪見さんは、左手をピシッと挙手して立ち上がった。


 ──俺と手を繋いだまま。


「──じゃあ、目が悪くて前に行きたい人は居ないかな?」


「先生」


「あら? 雪見さん目悪かったかしら」


「私、灰路くんの隣が良いです」


「ん? え......っとそうね......え?」


 おかしなことを言っていないという真面目な表情をしている雪見さんと、しっかり繋がっている俺と雪見さんの手の間で視線を行き来させる先生は明らかに困惑の表情を浮かべている。


 その視線を向けるのはもちろんクラスメイトも同じで、雪見さんから繋がった手に流れた視線は自然と俺に流れて来る。


「えっ......と、あまり授業に関係ない意見は......みんな誰々と隣になりたいっていうのは思っているだろうし......」


「私、灰路くんが隣に居ないと生きていけません」


 その言葉に俺は思わず漏れそうになる声を抑え、俺はどうするべきか頭を働かせる。


 急に叫んだりすれば視線が俺に集まって、雪見さんはなんとかなるか? いやそんなん意味ないし......


 頬に熱が溜まり、沸騰しそうな頭を働かせていると、前の席に座る友人に肩を叩かれる。


 詳しく言えば、今朝教室に入って来たカップルの男の方。


 何かを促すようなその目線に、俺は思わず立ち上がっていて。


「俺も! 雪見さんの隣が良いです!」






「俺、明日からどうしよう」


「どうしようって、いつも通り学校来て、いつも通り私をあっためてくれたらいいんだよ」


 結局、ニヤニヤと温かい目線を送って来たクラスメイト達が認めてくれたので、俺達は今の席に固定されることとなった。


 俺たち以外に誰も居ない教室で、机に突っ伏す俺と目が合うように屈んだ雪見さんが「明日からも一緒だねぇ」とニヤニヤしながら言ってくる。


「ま、ちょっと目立つだけだよ。いじめられるなんてことは無いんじゃない?」


「そりゃないだろうけどさ......」


 雪見さんは気づいているのか知らないが、完全にクラスメイトの目はカップルを見る目だった。


 今更付き合っていないなんて言える訳も無いし、付き合っても居ないのにあんなやり取りをしたと知られてもそれはそれで恥ずかしい。


「雪見さんはこれで良かったの? 多分、変な噂されるよ?」


「私は別に気にしないもーん。でも残念だったね。その噂のせいでカイロくんに話しかけてくれる女の子はもっと減っちゃったね」


 他人事のように......実際他人事なのだろうが、楽しそうに笑う雪見さんは怒る気も湧かないくらい可愛かった。


「それに、もし俺が何もしなかったら空気地獄だったじゃん」


「するよ。カイロくんは熱い男だもん」


 ......む。ちょっと上手いこと言われた。まぁ俺は熱血ということでは無いので間違っているのだが。帰宅部だし。


 そんな事を考えていると、雪見さんは俺の鞄の中に入っていたマフラーを奪い、楽しそうにはにかんだ。


「ま、明日も存分に私を温めてくれたまえよ?」






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