冷え性の雪見さんが暖を取るために俺の手を握ってくる
膳所々
ハイロ君、カイロくんになる
だんだんと今年も終わりに近づき、隣の県では雪が降り始めた頃。
俺、
「ちょっと暑いな」
誰も居ない自転車庫で、小さくそう呟く。
俺は小さい頃から他の人より体温が高いらしく、今日も一応母さんから渡された防寒具を体中に纏わせていたものの、通学のために軽く自転車を漕いでいただけで完全に体が温まってしまった。
誰も居ない昇降口で防寒具を外した後、静かな廊下を歩いて自分の教室を目指す。
「あ......おはよーカイロくん」
「おはよう。今日も早いね
教室に入ると窓際後方、一番後ろの席に座ったクラスメイト、雪見
「まぁまぁ、挨拶もほどほどに早く座りなさいな」
「ハイハイ」
俺と雪見さん以外誰も居ない教室の中を歩き、雪見さんの席の隣にある俺の席に座る。
「じゃ、今日もお願いしますよー?」
俺が席に座ると、にへっと笑った雪見さんが防寒具を外し、その中に包まれていた雪のように白い手をこちらに差し出してくる。
「......やっぱり今日も?」
「そりゃあそうでしょー?」
ここで
「ふあぁ......あったかいなぁやっぱり」
伸びてきた俺の手を冷たい両手で握った雪見さんは、幸せそうな表情を浮かべ、同じく幸せそうな声を上げる。
「同じ人間なのになんでこんなにカイロくんは温かいんだろうねー」
「......逆に雪見さんが冷たすぎるんじゃないかな」
幸せそうな雪見さんを見ていると余計に体温が上がりそうなので、窓の外に視線を流しながらそう答える。
「仕方ないでしょー? 冷え性にこの時期は辛いんだよー」
今も俺の手に伝わる雪見さんの
「あ、ねぇもういっこおてて借りて良い?」
手が柔らかいだとか、手を握るために距離感近くなったからいい匂いがするだとか、俺のそんな心情を知らない雪見さんは遠慮なくそんな事を聞いてくる。
「......どうぞ」
そろそろ早い人は登校してくる時間帯だ。俺は廊下の方に意識を割きながら、心の中の動揺を悟られない様に祈りながら空いている右手を差し出した。
「ありがと」
口許に笑みを携えながら俺の右手を受け取った雪見さんは、俺の手のひらをじっと見つめ、ゆっくりと俺の手を持ち上げて首元へと誘導してくる。
「......っ! な、何してんの!?」
「あれ、イヤだった?」
持ち上げられた俺の手は、ゆっくりと雪見さんの顔に近付き、首に巻き付けられた暖かそうなマフラーの中に入れられそうになった。
俺は慌てて右手を引っ込め、うるさいぐらいに鳴っている心臓の音を自覚しながら雪見さんを見つめる。
「嫌とかじゃなくて......!」
雪見さんがマフラーに手を入れるスペースを作るためクイッと引っ張る仕草、そしてその空いたスペースに俺の右手が入り込みそうになった時、俺は何か開けてはいけない扉をノックした気分になった。
「んー。つまりあっためてくれないってこと?」
もう一度クイッとマフラーを引っ張ってスペースを作りながら、俺をからかう様な、それでいて甘えるような目線を向けて来る。
正直言って、俺は雪見さんが好きだ。彼女どころか女子とのかかわりも少ない俺がこんなことをされて好きにならないはずがない。
そしてその気持ちは多分、雪見さんにも伝わっている。
それを理解しながらそう聞いてくる雪見さんの誘いを、俺は断れるわけもなく。
「おいで?」
そう言った雪見さんは、マフラーを引っ張っている手とは反対側の手で俺の右手をマフラーの中へと誘導してくる。
「やっぱり。すごいあったかい」
先程の煽るような目からほわわと
俺は幸せそうで溶けてしまいそうなその雪見さんの頬に、思わず無意識的に手を伸ばしてしまう。
「......へ?」
俺の左手が頬に添えられた雪見さんは目を丸くして、素っ頓狂な声を漏らした。
「あ、あの、灰路くん? その、手が、暴走してます......よ?」
普段は聞かないような雪見さんの明らかに動揺した声で俺が正気に戻った頃には、既に雪見さんの白い頬は見たことないくらいに紅潮していた。
「......っ! ごめ──」
「......ヤじゃない」
急いで元に戻そうとした俺の左手は、雪見さんの声に止められて。
「イヤじゃないから......」
そう言って俺の左手にほっぺをスリスリしてくる雪見さん。
「ちょ......ほっぺたふにふにするなぁ......」
「......ごめん、可愛くて」
「かわ......灰路くん、お口も暴走してるし......」
お互い視線を外すこともなく。
ただ奇妙な時間が流れていて、しかしそれは急に終わりを告げる。
「えっと......灰路、これ俺達入ってもいいかな?」
気づいた時には一緒に登校してきたであろうクラスのカップルが教室のドアを開けていて、気まずそうにこちらの様子を窺っていた。
「......どうぞ」
俺と雪見さんは2人とも何も無かったように離れ、そして何も聞かれない様に机に突っ伏すのだった。
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