シン・巌流島の決斗

戯男

慶長十七年四月十三日


「先生。宮本武蔵先生」

「うむ。なんだ」

「あのう……そろそろ約束の時刻ですが」

「そうか。よし。では、ちょっとそのへんから櫂を持ってこい」

「櫂?何をなさるので……」

「決まっておろう。木剣を作るのだ。向こうの得物は物干し竿。なら、こちらもそれに敵うだけの長物を用意せねばならん」

「い、今から作るんですか?」

「無論だ」

「しかし申しました通り、もう時刻が……」

「ははは。それも策略のうちよ」

「どういうことで?」

「いいか。あえて遅れて待たせることで、向こうはジリジリしてくる。まだかまだかと思ううち、だんだん気が急いて視野狭窄に陥る。頭に血が上って普段通りのパフォーマンスが発揮できなくなったところを……と、まあそういう算段よ。はっは」

「……よくわかりませんが、それも戦術、ということでしょうか」

「左様。今から木剣を削り上げて、飯を食って、さらにもう一眠りするとしよう。ふふふ……そうしてこっちが準備万端整えている一方、向こうはどんどん精神を磨り減らすという寸法だ」

「なるほど……なんかちょっと汚いやり方の気もしますけど」

「ばか。決闘に綺麗も汚いもあるか。勝った方が強いのだ。わかったらさっさと櫂を持ってこい。ふははは!小次郎、破れたり!」




 一刻後――。




「あ、そこ焦げてるよ。カルビ。あと悪いけどタレとってくんね?ありがと……うん?あれ武蔵じゃね?ほら、あれ。やっぱそうだ。おーい!」

「ふははは。待たせたな小次郎!」

「マジだよホント。何?もしかして寝てた?」

「……いや、そっちこそ何してんの?」

「え?バーベキューだけど」

「なんでバーベキューしてんだよ」

「だって、あんまり遅いからさあ。こっちも待ちくたびれちゃって。で、せっかくビーチにいるんだし、まあ肉でも焼いて待ってよっかって話になって。ほらお前も食ってけよ。おーい。新しい紙皿と割り箸出したげてー」

「ふ、ふざけるな!」

「あれ、もう飯食ってきちゃった感じ?」

「それはそうだけど……そういうことじゃない!」

「もしかして絶対タン塩から行くタイプの人?」

「違う!俺らは決闘しに来たんだろう!何で肉なんか焼いてんだ!」

「えー?お前がそれ言っちゃう?遅れたくせに」

「そ、それは……」

「じゃあ何?ただボーッと待っとけっての?やだよそんなの。暇じゃん」

「も、もういい!早く始めるぞ!」

「わかったって。でもちょっとだけ待って。一旦網の上綺麗にしちゃうから」

「ふざけるな!早く刀を持て!」

「いいじゃんお前も散々遅れたんだから。待ち合わせ何時だったか言ってみ?今さら五分十分遅れたって同じだって。そうカリカリしなさんな。ほら、カリカリに焦げた肉あげるから。つって。ははは……」




 こうして目論見が外れてテンパった武蔵は、楽しいバーベキューで身も心もリラックスしていた佐々木小次郎に一撃でやられた。

 以来、その島はバーベキュー島と呼ばれるようになり、今も週末は多くの家族連れなどでにぎわうという。とっぴんぱらりのぷう。

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シン・巌流島の決斗 戯男 @tawareo

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