第2話

タシオは心の奥底で発芽はつがする、恥じらいや恐れを吹き飛ばすかのような明るい笑顔を装った。アリアテはそんな様子を察知して肩を組んでやった。2人の遠景に職業訓練校が見え始めた。職業訓練校の裏手にアカデミーがある。アリアテは思ったことを言った。


「こうしてみるとタシオ、太陽が居なくなった日を思い出すな」


タシオはどこか上の空で、これにもワンテンポ遅れて相槌を打った。


 大丈夫、やらないで後悔するなんて分かりきってるじゃないか。やった後に後悔するかなんて、やる前に何を考えているんだ。やらない事には未来は分からない。後悔は負債だ。しかも後から精算せいさんができる物じゃない。

今まででそれはよくわかってる。簡単だ。後悔が嫌なら、後悔しない選択をすればいいじゃないか。だがどうしてこんなに難しいかは分かってる。恐れているのは僕自身だ。最後は自分との戦いなんだ、そうだろアリアテ。


 「そうだねアリアテ、ほんの幼い時さ。僕らはまだスクールに通っていた時期だ」


 「私とタシオはその頃からよく授業を抜けてひまわり畑に囲まれた原っぱに寝転んでいた」



 2人は同じ記憶を共有していた。太陽が中天に昇ったちょうどその時、太陽が歪み出した。水風船の中の水が内側から破裂させようと暴れ回るようであった。    

 太陽は音もなく爆散し、まるで咲いた花火が夜空に溶けていくように消え入ってしまった。

 暗闇は訪れず空は明るいままだった。されど不思議なことに、その日を境にこの国には夜が訪れないのだ。

 

 まず力を持ったのは神学であった。これらは自然科学の登場で日の目を見なかったが、日の目がなくなったことで勢いを増した。これを終末へのカウントダウンだとしたが、真に厄介だったのは新興宗教が各地で乱立したことであった。かれらは終末思想を謳い文句に社会不安を煽り、不安定な時期に乗じて、国政に不満を抱いていた多くの国民を教団に取り込んで行った。

 所かしこでデモや集会、クーデターを画策する教団も現れ、これに元々いた過激派の政治団体が結託、国家警備隊との衝突が連日報道されていた。母数が多いため鎮圧は容易ではなかった。教育機関も次第に機能しなくなり、アカデミーの学生らも政治団体や宗教団体に傾倒し始める者も増え始め、アカデミーを戦場に激しい攻防戦が繰り広げられ状況は泥沼化。この戦闘で1人の兵士が民間人を誤射し殺してしまった。これをしてしまったがためにデモ隊を初めとした反乱因子たちの活動はさらに燃え広がった。二人のスクールも戦場となってしまっていた。

 こんな状況もあってか地方の銀行では取り付け騒ぎが起こり、国家の介入虚しく体力のない地方の銀行は次々に破綻していき経済は緊張低迷、国家転覆を目論む団体の幹部が銀行の破壊を指示。残った銀行も次々に襲撃され彼らの目論見どうり金融は崩壊。経済が破綻してからこの国の全てが瓦解がかいし始めた。政治家はこんな状況でも保身に走る連中が多く対策は後手後手に回った。この頃には餓死者が多くいた。国外逃亡を計る政治家もおり、政治全体に対する国民の信用は地に落ちたため自警団が増えた。

 法律は意味を失い農村の田畑や都市へ食料を運ぶ荷車も襲撃を受け、農村から都市への食料の供給がストップ。国家は国民を見捨て身内が助かることを優先し食料を独占。国民はさらに怒り狂った。

 国の科学者たちはようやく口を開き「原因は不明だが、太陽が無くなったことと夜が訪れなくなったこと以外にかわったことなどない」と公に説明し混乱を収めようとしたが時すでに遅し。学者宅に過激な国民が押し入り一家が滅多打ちにされ惨殺してしまう事件も多発した。学問とペンなど狂気とゲバ棒の前では無力であった。白昼の一日中、必ずどこかで子供の泣き声がした。

 国家はこの状況を打開するために国全体を再建していくことを諦め、国の政治の中心地から半径25キロに範囲に5m程の塀を建設しその区画を囲んだ。そこ居住していた国民だけが難を逃れた。逆をいうとそこにいた人間しか国民とは認めなかった。いよいよケリをつけたい国家はこの政策に反対し妨害する民間人やデモ隊、賄賂わいろを受け取り秘密裏に塀内へ反乱因子を侵入させたと判明した政府の重役人でさえも、お構い無しに射殺した。現在外部の人間が築き上がった塀に近づこうとすると容赦なく取り付けられた自動火器で殺される。そうして鳥かごの巣の中で平穏を享受きょうじゅしているのが、半径25キロの内にいたアリアテとタシオのような運良く生き残った連中なのだ。あれから15年、今や動乱を経験した国民たちは、外にでようとする者はおろか、塀に近寄る者もいない。

 この半径25キロの区画だけが彼らの社会なのだった。

 

 子供であったアリアテとタシオは国がすさんでいく事などお構い無しに毎日ひまわり畑の真ん中の原っぱで寝転がり空を見ていた。ひまわりは太陽を探し、1本1本が違った方向を見ている。不揃いなひまわり畑の向こうでは常に怒号が鳴り響いた。彼らは目的を見失い暴力を美化し続けることに夢中で、本当に美しいひまわりは目に入らなかったようだ。あのひまわり畑の中だけは安全だった。2人はどこからとも無く照射される気持ち良い陽の光を全身に浴び、夢を語り合っていたのだった。


 アリアテは短くも濃密な子供時代を振り返り、タシオに語りかけた。


「タシオ、太陽は愚かな人間を見限ったんではなかろうか。今は本当は夜なのさ、太陽は僕らに意地悪をしているんだ。でも隠れているだけさ、きっといつかこの国にも夜明けが来る。だってそうだろう、明けない夜はないのだから」


 アリアテはどこかでタシオとの別れが近いことを理解していた。タシオが選びとる未来に私はいない、あぁタシオ、長い付き合いだった。お前は誰のためでも無い、それは社会のためでも無い、お前の人生を生きろ。


「そうだろうね、みんな病んでいる。僕も病んでしまっている。社会も病んでいる。みんな心の中の太陽を見失ってしまったんだ。あのひまわり達と同じだ」


 タシオも同じくどこかでアリアテとの別れが近いことを理解していた。アリアテ、君はすごい奴だ。賢く、勇敢だ。誰よりも可能性を秘めている。君はこんな狭い世界で収まる人間じゃない。どうか君は僕のためではない、君の人生を生きて欲しい。


 出会いに別れは付き物である。それは二人も例外ではない。人間はいつか隣合う人と離れ無くてはならない。タシオもアリアテにくっついてばかりでは、いつもアリアテを当てにして自分でものを考えることをせず。逆にアリアテはいつまでもタシオが心配で心配で目を離すことが出来ない。

 人間が別れを切り出すときは決まって相手のためか自分のためか又はその両方である。タシオはアリアテに時間を使わせてることへの申し訳なさがあった。アリアテはタシオに甘すぎる自分をいましめなくてはならない気がしていた。そしてタシオが自分でものを考えられないのは自分のせいであるとも感じでいた。

 二人は一緒でいたいのだ。だがお互いの人生のために離れなくてはならないのだ。二人がそうなることもすべては抗えぬ結末なのだ。二人は別れても一生、親友であることに変わりは無い。決断した別れは、きっと自分の人生を生きることに繋がる。

 アリアテもタシオも最後は自ら未来を選択した。彼らを見ているとよく分かる。どんな状況でも人生を切り開いていく決断をしていくのは、常に自分でなくてはならないのだ。


「僕はねアリアテ、この国の夜明けを見てみたいんだ」


「ああ、病んだ社会を明るく照らす、素晴らしい夜明けに違いがない」


 2人は肩を組みながら幼い頃を思い出し、寂しさと清々しさを心に秘めながら、忘れていた夢を語り合ったのだった。

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極夜の歌姫 はくちゃま @Hakuchama

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