極夜の歌姫
はくちゃま
第1話
「太陽が死んだ日のことを覚えているな!貴様ら!」
教官は受講生全員の胸ぐらを掴むかのような勢いで、また唾液を
「だから貴様らは落ちこぼれだというのだ。この職業訓練コースで学べる座学は貴様らのような社会のお荷物がお勉強できる人生最後の補講なのだ。スクール時代に勉強もろくにせず追いつく努力もせず、親御さんの辛抱は耐え難いものだったろう。貴様らの
アリアテは隣で突っ伏して居眠りするタシオのイスを軽く蹴り飛ばした。教官の素晴らしいお説法を聞けと言いたいわけではなく、アリアテはそのうち堪忍袋の尾が切れた教官がタシオをぶん殴りにきて、タシオがまた顔にあざを作ることに合理性を見出せなかったためだった。アリアテが椅子を3回蹴った時、タシオは小さく"気にするな"と言わんばかりに手のひらをこちらにヒラりと見せた。アリアテはくすりと笑い、それから窓の外にある太陽に見放された青空を眺め始めた。
放課後アリアテは職業訓練校の玄関に建っている、誰かの
「どうしたタシオ」アリアテは尋ねた。
「生徒が怪我をしたときに手当をしてくれる看護学生がいるだろ?その人が僕の顔と名前を覚えててくれたんだ」
タシオとアリアテは放課の作業場に向い歩き始めた。
「まさかそのために教官に殴られたのか?怪我するために?」アリアテは目をまんまるにした。
「そうさ。それとあの人、教官はそんなに暴力振るいなのかと聞いてきて笑ったよ。彼女僕のことを優等生かなんかだと思い込んでるのかな、完全にあいつが暴漢扱いさ」
「合理的だな」アリアテは笑った。それから少し考えてタシオに尋ねた。
「なぁ、タシオ。私たちはあと少しであの場所を卒業する。あそこを出たら国家が成績データを元に私たちを適した職に割り振る」
「そんなん知ってるさ。でも僕たちはどうせ落ちこぼれさ、ロクな職にはありつけない。いい就職口はアカデミーの奴らが選んじまう。そもそも僕たちは選択権がない」
「タシオ、そうしたらお前はどうするんだ」
「どうって?」
「その手当してくれる看護学生とは会えなくなるだろうな。
「そんなこと分かってるさ」
「じゃあいまからでも思いを伝えろタシオ。明日にでもあの人が死ぬってのもあり得るじゃないか」
タシオは
「アリアテ、そんなん分かってるがけど無理だ!さっきも言ったろう。伝えたところで僕の運命は国家の指先一本で決められちまう。伝えたところで彼女とは一緒になんかなれやしないんだ。逃げ出したら二度と僕は社会に戻れやしない。国家の蚊帳の外でハイエナの残した死肉の欠片を
タシオはこれまでの後悔を奥歯で噛み潰すように、そうして
「なあタシオ」アリアテは
「いまからでも逃げろ、彼女の手を懸命に引っ張って、そうしてバリケードをよじ登ってここから出ていっちまえばいい。そうすればそんな悩みなんか吹き飛ぶ」
「それはそうさアリアテ、僕がそれができたらどんなに幸せなことか!でも彼女はどうなるんだ!僕の身勝手で彼女がアカデミーで必死に勉強して看護師になるという夢を、その20数年を否定しろって言うのか!」
「タシオ…」
うずくまるタシオ。アリアテはタシオの前であぐらをかく。
「タシオ、遅すぎなんてことはないんだ。かと言って早すぎることなんてないんだ。問題はタイミングなんかじゃないんだ。一番ダメなのはやらずに後悔することなんだ」
それを聞いたタシオは深く頷いた。理解を示しているようであった。アリアテは待つことにした。私が今タシオをに何かを言ったところでそれは強制にしかならないんだ。
「もう後悔するのは嫌だ…」タシオは心の中でこれまで後悔を指で折って数えていた。ああどうしよう足の指をあわせても収まりきらないぞ。
「お前は何を怖がっているんだタシオ」
タシオは唾を飲み込んでから恐る恐る口を開いた。
「思い出してしまったんだ。後悔を。いつもご飯を食べている時や寝る前に本を読んでいる時や授業を受けている時なんかは全く怖くないんだ。でも思い出してしまったら、その時たまらなく怖くなってしまうんだ」
「それだ!それなんだタシオ!」アリアテはタシオの肩を揺さぶった。
「どうして思い出さないか分かるか?自分じゃ思い出せないように出来てるんだそういうカラクリなんだよ!思い出してしまったら今のタシオみたいに精神を害してしまうからなんだ!それは自傷行為なんだから体がそれを好んでするわけがない!いいかお前は悪くない。人間だれしもがもっている当然のことなんだ!心が壊れてしまわぬように!」
タシオは沈黙していた。だが確実にアリアテの話を聞いていた。その時のタシオの心の中はアリアテも、タシオでさえも分からない。
「自分じゃどうやっても気がつけない。だから周りが言ってやらなきゃだめなんだ。タシオ、俺は意地悪でこんなこと言ったりしてない。なんでこんなこと言ってるか分かるか?お前に分かって欲しいからなんだ」
タシオは沈黙していた。しかしさっきと違うことは、ゆっくりとではあるが頷いたことだった。これはタシオが少しづつではあるが自分の足で踏み出そうとしているサインであるのをアリアテは理解していた。
「私はただ、お前に幸せになって欲しいだけなんだよタシオ」
二人の沈黙があたりの小鳥の
「ありがとうアリアテ」先に
「でもまだ僕怖いよ」最初に思いついたのが"怖い"であっただけだ。その感情は非常に空虚なものだ。
「それは後悔に対してではない。何をしたら良いかわからないという錯乱が引き起こす未知への恐怖だ。人間の感情なんて有り合わせで作ったドロドロしたスープみたいなもんさ」
「どういうこと?」
「お前は確実に前に進んでいるってことだ」
アリアテがいうと運命は二人を軸としてゆっくりと時計の短針のように動き始めた。長針に追いつかれても攫われてしまわぬように力強く自分で時を刻み始めたのだ。
「一緒にぶん殴られにいこう!タシオ!」
アリアテがあまりにも素っ
「教官にかい?」
「嫌か?」
「いや、あいつにもう一方の頬を差し出すのがしゃくにさわるだけだ」
二人は踵を返して校舎の方へゆっくりと歩き始めた。本来行くはずだった
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