第40話

「それにしても、ササラちゃん全然酔っ払わないね。楽しみにしてたんだけど」

 赤ワインを片手に、後藤が残念そうに言った。

「だって、こんな高そうなお店で、酔っ払うほど飲めない……」

「何だ、遠慮してたのか。俺んちで飲み直す?」

 なんちゃって、という声が聞こえてきそうなおちゃらけた調子で後藤が言うのを、

「うん」

と、咲来が応じたから、彼は動揺して赤ワインをこぼした。白いセーターに赤い染みが広がっていく。

「ちょ、セーターが、洗わないと」

 咲来が慌てて立ち上がると、後藤も立ち上がった。

「うん。俺んち行こう」


 外に出ると、冷たい風が吹き付けて、咲来は後藤の腕に抱きついた。

「ねえ、ササラちゃん。すっごいベタなこと言ってもいい?」

 歩き出しながら後藤が言う。

「何ですか?」

 丁寧語が抜けない咲来に、後藤は甘い声で囁きかけた。


「今夜は、帰したくない」



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金木犀の記憶【完結】 @Marikos

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