第39話

デザートまで全部食べ終えて、残ったワインを傾けながら、咲来は不意に疑問を抱いた。

「そういえば、丁寧語って続けるんですか?」

 咲来の後輩になることを間接的に伝えるのが目的だったのだとしたら、その必要が無くなった以上、丁寧語をやめてもいいのではないかと思った。

「全然突っこんでくれないから、どうしようかと思ってたよ」

 ワインをテーブルに置いて、後藤は独り言のように呟いた。

「いいんですか、やめても。会社に入ったら後輩ですよ、俺」

「い、いいですよ。大学では先輩なわけですし。そもそも、付き合ってるんだから……」

「それだったら、ササラちゃんも丁寧語やめてね」

 急にタメ口になった彼に、咲来は何だかドギマギした。

「それとこれとは話が違ーー」

「違わないよ。もうホント、ずっともどかしかった。付き合ってんのに距離がある感じがして」

「それは、後藤さんがーー」

「そうだ、その後藤さん呼びも禁止だから。なんて呼ぶ?ていうか、俺の下の名前知ってる?」

 ぐいぐいと距離を詰めてくる後藤に、咲来は逃げ場もなく俯いた。

「し、知ってますよ。と、智也さんでしょ」

「うん。それで?」

「だから、と、智也さん」

 咲来の精一杯の呼び方に、

「まあ、今はそれでいいことにするよ」

と、後藤は妥協した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る