リリパット・バンガード

燈夜(燈耶)

リリパット・バンガード

俺はそれが気になった。

それ。

週に二度のゴミ出しの日。

街角にゴミ袋が積んである。


が、問題はソコジャナイ。


うん、ゴミの山の上に生足が足裏を天に向けてゴミ闇に突き立っている。

何度見ても同じだ。

そんな珍妙な光景が俺の前にある。


俺は辺りを見回し、俺以外に人気のない事を確認すると、その小さな足をゴミの山から引きぬいた。


うん、精巧な20センチ程の丈のアニメチックな女の子の人形だった。

グリーンとカーキの戦闘服めいたものを着せられている。

肌は謎素材。ずいぶんと本物の人間の皮に似ている。


まあ、汚れていたが。

俺は人形の目を見る。


──連れて行って。


空耳が聞こえた。

なんだか、ズバリこの場から連れて帰ってくれと言わんばかりに。


俺は幻聴だと思い、昨日の夜、FPSで遊び過ぎたと反省する。

で、もう一度人形を見て。


──私はあなたのために尽くします。


と、またも幻聴が。

ああ、睡眠時間このところ削っていたからな。

と、自分を納得させると、人形をコンビニ袋に包んでバッグに入れる。


そう、少しゴミの匂いがしたのだ。


洗って着替えか塗装でもしてやるか、と至極単純に思うのだ。


しかし、都市伝説にもある。


──そう。

人形を一体手にすると、さらに数体、数十体と増えるという話を思い出したのだ。


うん、それこそ気のせいだ。

俺はそう断じると、人形についていたゴミを乱暴にぬぐいカバンに入れる。

と、いけない、こんな時間だ。


驚いた俺は、ともかく学校への道を急いだ。


ゴミを拾って遅刻。

うん、実にバカバカしい。






ある日のことだ。


俺は自室の掃除をしていた。

たまにやらないと、ゴミゴミするのだ。


そして、見たくも触りたくもないものを簡易手袋、つまりビニル袋越しにそれを触る。


粘着マットの中心に害虫誘引剤を仕掛けたGの家。

そう、ホイホイマットである。


恐る恐るそれを手に取る。


見たくはないが。


見たくはないが。


見たくはないが。


俺は、興味本位でその中を覗き見る。

それこそおっかなびっくりと。


だが、違和感。

変なのだ。


姿がない。

黒いアレが見えない。


ここにも、あそこにも、そっちにも、どこにも。


俺は大きく息を吐いた。


不思議なこともあるもんだ。

一匹も罠にかかっていないとは。


まあ、初めての経験である。

もちろん、わんさかGが取れても、嬉しくはない。


俺は、新しい粘着マットを取り出すと、有効期限の切れた空っぽのマットを捨てることにした。






その晩のことである。

それは涼しい夜だった。

カーテンの隙間から見える北極星は煌々と見事に輝き。

北斗七星と、ついになっているカシオペア座が見える。

外からは壁越しに奇怪な鳥の鳴き声が響き。

先ほどまで音楽を奏でていた虫たちは一斉に沈黙する。


で、だ。

ベッドの上の俺は眠い眼を擦り。

丑三つ時だと確認し。


まだ早いや、と二度寝を決めこみ、再びまどろみに落ちる。





──カサカサ。


「どぅりゃあああああああああああああああ!!」


──ズパパパパパパパパパパパパパ!


──ボゴッ! ズボッ! ヌボボボボッ!


「頭を潰したのにシブトイですわね」


──カサカサカサ……。






俺は変な夢でも見ているのだろうか。


夢うつつである。

俺の目に、小さな羽の生えた、迷彩服を着た女の子が見える。

彼女は自身の身長よりも長大なアサルトライフルを持っていて。

その銃口の先から、止めどなく弾丸が発射され、薬莢が床に転がり落ちている。


俺はその顔に見覚えがあった。

確か、脚の奇麗な……人ではない。


──人形である。







「これだから痛覚無しの虫けらは!」


──ズパパパパパパパパパッ!


「反射神経だけが発達した、生体ロボットめ! この生きた化石がッ!」


叫びとともに、黒い細長いものがはじけ飛んでいく。


──ズダダダダダダダダッ!


「脚を全て飛ばしてしまえば、頭の無いGなんて!」


と言いつつも、彼女は容赦ない。

走り回っていたGは止まり、小豆のような豆を分離し動かなくなる。


「卵ですって?」


人形はアサルトライフルに、背中に背負った一本のこれまた長い銃身を取り付け。


寝ぼけた俺の耳に、幻聴が聞こえた。


うん、これは多分幻聴だ。


だって。


「ふはははは! 汚物は消毒だぁ! 卵? 繁殖など! ふざけてるの!? 体と同じく消し炭にしてあげるわ!」


と、言うな否や。


──ぶぉおおおおおおおおおおッ!


棒の先から炎が迸り、粉砕されたGの体と、卵をあっという間に焼いてゆく。

人形の背中には、油槽らしきもの。


フレイムランチャーの燃料だろうか。


しかし、炎?


炎……?


ボケた俺の頭に、とある困惑と違和感を覚え。


がばっと俺は上半身を起こして覚醒する。


「火事に!?」


ってわけである。

俺の首は、左右、前後ろとフリフリと。

だが、どこにも炎など見当たらない。


そんなとき、こんな幻聴が聞こえた。


「やべッ!」


と。

女の子の声である。

俺は声の方を向く。

すると、迷彩服の人形が立っていた。

下半身はスカートである。

俺が黒のハイソックスを履かせた脚。

見事なラインの脚が見える。


そして、俺と人形は目が合った。


「は?」


俺はついボケた声を出す。


「えへっ。気づかれちゃった。でもね、よい子はまだ寝ている時間。ね?」


と、ウインク。

可愛く人形から星が跳ぶ。


「は?」


と俺は二度目のボケ。


瞬間、人形の瞳は光を失い、頭から後ろに......背中からパタンと、床に転がる。

アサルトライフルやフレイムランチャー、油入れのバックパックなどどこにも見当たらない。

無論、Gの死骸もだ。


──どういうことだ?


わからない。ワカラナイ。


「……夢か?」


俺は虚空に聞いた。


だが、返ってくるのは沈黙。


「だよな、そうなんだよ。人形が動くわけないだろ」


そうなのだ。

ありえない。



ああ、この前俺が得意な手芸を披露して、この人形のためにハイソックスなどを作ったから。


そうさ、俺はこの人形に変に気が、心が入ってるんだよ。

思い入れが強いんだ。

なにせ、出会いが出会いだけに。


言い換えれば、人形に魂を込めるほど、ゴミ捨て場で拾ったこの人形を俺が気に入っていたってことだ。


うん、うんうん。

そう結論づけると俺は、時計を見、まだ五時なのを確認し、そのままベッドに倒れこむ。


そして目覚ましを六時半にセット。


ああ、そうさ。


三度寝だよ。


──迷彩服、シティカモのバージョンもいるよなあ。いや、北方迷彩がかっこいいかなあ。


などと、妄想を抱きながら、俺はまどろみに沈んだのである。

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