リリパット・バンガード
燈夜(燈耶)
リリパット・バンガード
俺はそれが気になった。
それ。
週に二度のゴミ出しの日。
街角にゴミ袋が積んである。
が、問題はソコジャナイ。
うん、ゴミの山の上に生足が足裏を天に向けてゴミ闇に突き立っている。
何度見ても同じだ。
そんな珍妙な光景が俺の前にある。
俺は辺りを見回し、俺以外に人気のない事を確認すると、その小さな足をゴミの山から引きぬいた。
うん、精巧な20センチ程の丈のアニメチックな女の子の人形だった。
グリーンとカーキの戦闘服めいたものを着せられている。
肌は謎素材。ずいぶんと本物の人間の皮に似ている。
まあ、汚れていたが。
俺は人形の目を見る。
──連れて行って。
空耳が聞こえた。
なんだか、ズバリこの場から連れて帰ってくれと言わんばかりに。
俺は幻聴だと思い、昨日の夜、FPSで遊び過ぎたと反省する。
で、もう一度人形を見て。
──私はあなたのために尽くします。
と、またも幻聴が。
ああ、睡眠時間このところ削っていたからな。
と、自分を納得させると、人形をコンビニ袋に包んでバッグに入れる。
そう、少しゴミの匂いがしたのだ。
洗って着替えか塗装でもしてやるか、と至極単純に思うのだ。
しかし、都市伝説にもある。
──そう。
人形を一体手にすると、さらに数体、数十体と増えるという話を思い出したのだ。
うん、それこそ気のせいだ。
俺はそう断じると、人形についていたゴミを乱暴にぬぐいカバンに入れる。
と、いけない、こんな時間だ。
驚いた俺は、ともかく学校への道を急いだ。
ゴミを拾って遅刻。
うん、実にバカバカしい。
◇
ある日のことだ。
俺は自室の掃除をしていた。
たまにやらないと、ゴミゴミするのだ。
そして、見たくも触りたくもないものを簡易手袋、つまりビニル袋越しにそれを触る。
粘着マットの中心に害虫誘引剤を仕掛けたGの家。
そう、ホイホイマットである。
恐る恐るそれを手に取る。
見たくはないが。
見たくはないが。
見たくはないが。
俺は、興味本位でその中を覗き見る。
それこそおっかなびっくりと。
だが、違和感。
変なのだ。
姿がない。
黒いアレが見えない。
ここにも、あそこにも、そっちにも、どこにも。
俺は大きく息を吐いた。
不思議なこともあるもんだ。
一匹も罠にかかっていないとは。
まあ、初めての経験である。
もちろん、わんさかGが取れても、嬉しくはない。
俺は、新しい粘着マットを取り出すと、有効期限の切れた空っぽのマットを捨てることにした。
◇
その晩のことである。
それは涼しい夜だった。
カーテンの隙間から見える北極星は煌々と見事に輝き。
北斗七星と、ついになっているカシオペア座が見える。
外からは壁越しに奇怪な鳥の鳴き声が響き。
先ほどまで音楽を奏でていた虫たちは一斉に沈黙する。
で、だ。
ベッドの上の俺は眠い眼を擦り。
丑三つ時だと確認し。
まだ早いや、と二度寝を決めこみ、再びまどろみに落ちる。
◇
──カサカサ。
「どぅりゃあああああああああああああああ!!」
──ズパパパパパパパパパパパパパ!
──ボゴッ! ズボッ! ヌボボボボッ!
「頭を潰したのにシブトイですわね」
──カサカサカサ……。
◇
俺は変な夢でも見ているのだろうか。
夢うつつである。
俺の目に、小さな羽の生えた、迷彩服を着た女の子が見える。
彼女は自身の身長よりも長大なアサルトライフルを持っていて。
その銃口の先から、止めどなく弾丸が発射され、薬莢が床に転がり落ちている。
俺はその顔に見覚えがあった。
確か、脚の奇麗な……人ではない。
──人形である。
◇
「これだから痛覚無しの虫けらは!」
──ズパパパパパパパパパッ!
「反射神経だけが発達した、生体ロボットめ! この生きた化石がッ!」
叫びとともに、黒い細長いものがはじけ飛んでいく。
──ズダダダダダダダダッ!
「脚を全て飛ばしてしまえば、頭の無いGなんて!」
と言いつつも、彼女は容赦ない。
走り回っていたGは止まり、小豆のような豆を分離し動かなくなる。
「卵ですって?」
人形はアサルトライフルに、背中に背負った一本のこれまた長い銃身を取り付け。
寝ぼけた俺の耳に、幻聴が聞こえた。
うん、これは多分幻聴だ。
だって。
「ふはははは! 汚物は消毒だぁ! 卵? 繁殖など! ふざけてるの!? 体と同じく消し炭にしてあげるわ!」
と、言うな否や。
──ぶぉおおおおおおおおおおッ!
棒の先から炎が迸り、粉砕されたGの体と、卵をあっという間に焼いてゆく。
人形の背中には、油槽らしきもの。
フレイムランチャーの燃料だろうか。
しかし、炎?
炎……?
ボケた俺の頭に、とある困惑と違和感を覚え。
がばっと俺は上半身を起こして覚醒する。
「火事に!?」
ってわけである。
俺の首は、左右、前後ろとフリフリと。
だが、どこにも炎など見当たらない。
そんなとき、こんな幻聴が聞こえた。
「やべッ!」
と。
女の子の声である。
俺は声の方を向く。
すると、迷彩服の人形が立っていた。
下半身はスカートである。
俺が黒のハイソックスを履かせた脚。
見事なラインの脚が見える。
そして、俺と人形は目が合った。
「は?」
俺はついボケた声を出す。
「えへっ。気づかれちゃった。でもね、よい子はまだ寝ている時間。ね?」
と、ウインク。
可愛く人形から星が跳ぶ。
「は?」
と俺は二度目のボケ。
瞬間、人形の瞳は光を失い、頭から後ろに......背中からパタンと、床に転がる。
アサルトライフルやフレイムランチャー、油入れのバックパックなどどこにも見当たらない。
無論、Gの死骸もだ。
──どういうことだ?
わからない。ワカラナイ。
「……夢か?」
俺は虚空に聞いた。
だが、返ってくるのは沈黙。
「だよな、そうなんだよ。人形が動くわけないだろ」
そうなのだ。
ありえない。
ああ、この前俺が得意な手芸を披露して、この人形のためにハイソックスなどを作ったから。
そうさ、俺はこの人形に変に気が、心が入ってるんだよ。
思い入れが強いんだ。
なにせ、出会いが出会いだけに。
言い換えれば、人形に魂を込めるほど、ゴミ捨て場で拾ったこの人形を俺が気に入っていたってことだ。
うん、うんうん。
そう結論づけると俺は、時計を見、まだ五時なのを確認し、そのままベッドに倒れこむ。
そして目覚ましを六時半にセット。
ああ、そうさ。
三度寝だよ。
──迷彩服、シティカモのバージョンもいるよなあ。いや、北方迷彩がかっこいいかなあ。
などと、妄想を抱きながら、俺はまどろみに沈んだのである。
リリパット・バンガード 燈夜(燈耶) @Toya_4649
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