第7話:三人寄ればのなんとやら
ゆらゆらと揺れる奴に向けて、俺はその手に持ったバールで剣術を放つ。
が、斬りつけたところで、揺れていた奴は霞のように霧散して消えてしまう。
「クソッ……! 今の俺じゃ、幻覚と本物の見分けがつかねぇっ……!」
常時なら多少研ぎ澄ませれば、気配でなんとなしにわからなくもないが、こうも体がガスに蝕まれていると、研ぎ澄ませることも難しい。
一先ず、目についたやつからたたっ斬っているが、どれもこれも幻影で意味をなさない。
それどころか、意識はどんどんガスに飲み込まれていくだけだ。
(どうする……先手を取られた以上、攻勢に出るのも難しい……!)
襲いかかってくる幻影を切りつけながら、辺りを見渡したところ、視界の中に工事現場が映った。
なかなか高いビルを建設中のようで、かなり上へと伸びていた。
(こいつの能力で生み出されたガスは重く、下に溜まる性質を持つ……取り敢えず上に行けば、間違いねぇか……!)
俺は閉ざされていた工事現場を蹴り破ると、中へと侵入する。
工事現場一階部分は既にガスで充満しており、危険地帯と化していた。
一般人は避難しているようで、誰もいないのが救いか。
「そんなところ行っちゃって〜……ど〜にかなるとでも〜?」
「少なくとも、お前のガスが届かないところに行くさ……!」
「ふ〜ん……上手くいくといいねぇ〜」
とても気になる物言いだが、今は気にしている場合ではない。
何が待っていようとも、一先ずはこのガスを切り抜けることが最優先だ。
組み立て途中の建物を登って、階段を駆け上がっていく。
道中、幻影は次から次へと生み出されては襲いかかってくるが、その一つ一つを俺は潰していく。
ある程度登ると、周囲からはガスが消え失せ、ガラスの嵌められていない窓枠からは、綺麗な夜景が見える場所に到達した。
ガスがないおかげで呼吸もしやすく、少しだけだが意識も楽になってきた。
(急いで登ってきたからな……ゆっくり動くG.オーシャンからも距離が取れたはず……)
俺はため息と共に深呼吸をする。
……また逃げてしまったが、まぁ今回は戦略的撤退というやつだ。
と言うか、そもそも狂愛を向けてくるやつと、正面きって戦いたくない。
だが、奴をどうにかせねば街がとんでもないことになるからな、どうにかしなくちゃいけないのだが……。
階段側の壁にもたれかかって座る。
(どうやって倒したもんか……)
前回倒したとき、奴が利用したガスは意識の混濁のみ。
だからこそ、俺は自傷で覚醒状態を維持し、なんとか奴を討ち果たすことができた。
だが今回、奴は幻覚を見せるガスまで利用してきた。
アレをどうにかしない限り、俺の勝ち目は薄いだろう。
「……ま、取り敢えず、ここならガスは溜まらねぇ。あいつが来るのを待つとするかね」
バールを手に立ち上がると、ぐるりと周囲を見渡す。
放置された電球がついているおかげで、視界ははっきりとしている。
(だが妙だな……なんで足音がしない……? それどころか気配まで……)
──ふと、匂いがした。
ガスの匂いではない。
甘ったるい匂いではなく、戦場にいるかのような……火薬の匂いだ。
それも、非常に強い火薬の匂い。
「A.ウェポンか!? ……いや、違う。この感じ……まさか!?」
嫌な気配を頭上に感じ、俺は思わずその手に持ったバールを構え、視線を上に向けた瞬間だった。
俺の眼前には、一つの銃口が突きつけられていた。
「てめッ……!?」
俺は即座に体をズラして、そこから放たれた銃弾を避け、体を捻って上に向かってバールを振り抜く。
俺の頭上で銃口を向けた影は、空中で柔軟な動きをもって斬撃を避けると、そのまま地面に着地……したかと思ったが、まるで影に沈むかのようにその姿を消した。
「R!! お前Rだな!?」
地面に沈んだ奴に俺は納得を重ねる。
Gが一人で襲いに来た理由。
Aがこの南国にいる理由。
それらはRの存在によって解決する。
当然、それには理由がある。
あるのだが……。
(Rだけじゃない……? 奴の沈むような能力はないはず。Uか? ……いや、違う。これは……!)
「まさか、Wか!?」
「せ〜かい〜」
背後からG.オーシャンの声が聞こえた時には、もう遅かった。
奴は俺の体にその腕を絡め、脇の下から俺の腕を上げて拘束を仕掛ける。
俺は完全に拘束される前に、振り払ってから振り返り、奴から距離を取ろうとする。
が、ガスマスクを取っていた奴は、振り払われた手で、ホテルで着けた俺の仮面を剥ぎ取り、俺の頬に手を当てると、その口を、俺の口へと重ねる。
「んっ……!?」
「『
「て、めぇッ……!」
「初めて素顔見ちゃった〜」
ぐらりと、大きく意識が揺らぐ。
ガスを口の中に直接流し込まれてしまったせいで、視界が揺らいでしまう。
(まさか、そう来る、とは……!)
揺らいだ意識の中、抵抗しようとする間もなく、G.オーシャンは俺の腕に鎖をかける。
しかし、拘束されたぐらいで諦めるほど俺も甘くはない。
今にも倒れそうな中、バールを逆手に持ち替えて、背後にいるGに向けて攻撃をしようとした。
だが、どこからともなく飛んできた銃弾によって、手に持っていたバールが弾かれる。
「チッ……やっぱお前か。『
銃弾が飛んできた方を見ると、地面に空いた丸い穴から顔を覗かせる少女が一人。
赤い外套に身を包んで、その手には銃を握っていた。
「…………」
「……相変わらず無口だな」
「あの子はお喋り苦手だからね〜」
「……ん」
ん、とだけ言うと、空いた穴から這い出てきた。
彼女は服についた汚れを払いながら、手に持っていた武器を放り投げる。
「もう一人はどこ行った?」
「もう一人〜?」
「とぼけなくてもいいだろ。『W』だよ」
「彼も忙しいから〜」
忙しい、ねぇ。
しかしまずいな。
拘束されてしまったし、Rがいるとわかった以上、下手に動けば死にかねん。
……いや、まぁ、手はなくもないが、あまり使いたくはない。
一週間ぐらいタコ臭くなるし。
それに色々要求されかねん。
まぁ、何もできないってわけではない。
少なくともお話はできる。
俺は座り込んでから、Rの方を見て口を開く。
「R.バスター、お前の手引きか。Aが来たのも」
コクリと頷くが、袖の下から新たな銃口をチラつかせた。
今までそこにはなかったはずの銃口は、確かに存在していた。
それが彼女の能力なのだから、俺はそれに対してどうすることもできない。
「動けば撃つって〜」
撃つだけで殺しはしない……と見ていいだろうか。
……なら目的は俺を捕らえること、と見ていいだろう。
Gが俺を捕らえたい理由はやんわりと分かるが、Rは何故俺を捕らえたいのだろうか。
「言われなくても動くつもりなんざないさ……だがR。お前、今までどこにいた」
R.バスター。
俺たちヒーローから逃げ切った数少ないヴィランの一人だ。
逃走手段も、どこにいたのかも、何一つとしてわからない。
「答えるつもりは?」
G.オーシャンに視線を向けるが、彼女は首を横に振る。
教える気はないらしい。
まぁ、当然と言えば当然なのだが。
俺は逃げ道を模索しながら、視線だけを周囲に動かしていると、RはGに何かを耳打ちする。
「思ったより〜、簡単に捕まって拍子抜けしてるって〜」
「言っとくがな、俺は一般人だぞ。能力者三人も相手にするのは骨が折れるって」
特にG.オーシャンのあれ。
まさか直接キスして口の中に流し込んでくるとは。
いくらなんでもそこまでするとは思わなかった。
「言いたいことはそれだけか?」
「…………ん」
コクリと頷くR。
ならば、と俺は言葉を続ける。
「もう一つだけ聞かせろ。Aが来たのはお前の手引きって話だが、どうやって俺の場所を知った」
「……教ぇ……」
「え?」
「…………」
どこまで喋るのが苦手なんだ、こいつは。
仕方なく俺はGに視線を向けると、GはRに耳を傾ける。
まるで翻訳係だ。
「あの人に教えてもらったんだって〜」
「……そういうことかよ」
非常にめんどくさい話になってきた。
正直言って関わりたくはないが……まぁ、多分俺はこの話の中心近くにいる。
関わらざるを得ないだろう。
なんであるにせよ、この状況を切り抜けれなければならない。
Gからガスは漏れているものの、充満はしないようで猶予だけはある。
一気に流し込まれたせいで揺らいだ意識も、ある程度よくなってきたし。
と、ずっと動かしていた視線の中、外の景色に一人ドローンの姿が見えた。
(ドローン……こんなところに……いや、もしかして……!?)
俺の予想通りならば、この状況逃れる可能性が見えてきた。
(一か八か……やってみるか!)
「さて……いつまでもお前らのお世話になるのも、よくないからな」
「逃げるつもり〜?」
「逃げるって……帰宅だよ、帰宅」
「同じことだよねぇ〜?」
「……それは、どうだろ、なッ!」
拘束されている以上、手が動かせない俺は、座った姿勢からしゃがんだ姿勢へと移行する。
それと同時にRの持っていた銃弾から、俺の足に目掛けて銃弾が放たれた。
俺はその銃弾を地面を蹴って、すんでのところで避けると、近くに落ちていた仮面を蹴り飛ばす。
強烈な回転をしながらRの方に向かって飛んでいく仮面。
それが視界の邪魔になったのか狙いが定まらず、一瞬硬直した後に銃を手放し、どこからともなく出現したマチェットで、仮面をたたっ斬る。
接近戦ができず動けないGを尻目に、俺はガラスの張られていない窓から飛び出した。
ビルからの飛び降りだった。
それは、一縷の望みに賭けて。
この状況から、脱することを祈っての行動だった。
アングラ系ヒーローは逃げられない 蜜柑の皮 @mikanroa
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