第6話:Gの接近と囁き
走り出してから約5分ぐらい経ったか。
もう既に2人の姿は見えなく、俺は遠くへと離れていた。
「はぁ……なんで俺がこんな目に……」
道に設置されているベンチに腰掛けて項垂れる。
思わず逃げてきてしまったが、間違いなく逃げるべきではなかった。
ヴィランを前にしてヒーローが逃げるとは……いや、俺もヒーローじゃないわ。
(ヒーロー精神染み付いてんなぁ……)
はぁ、と一つため息ついて、二人の対処をどうしようかと悩み始めた。
二人は追いかけてこないところを見るに、戦闘を始めてしまったのだろう。
しかも俺を賭けてだ。
俺が女だったら「私のために争わないで!」とでも言っているところだが、あいにく俺は男である。
その手のセリフは似合わない。
(言ったと仮定してみろ、寒気しかしねぇ……)
「はぁ……」
ヒーロー活動を辞めるため、今までの人生から逃避するため。
誰にも何も知らせずに、南国の地へやってきたというのに、なんでこんな目に遭ってるんだ、俺は……。
そもそも、A.ウェポンはどうやって俺の場所を知った。
サイバルはわかる、GPS衛星を用いてって話だったし。
だがA.ウェポンはどうだ。
奴らの兄妹……Xの力を使えばわかる可能性はあるだろう。
だが、袂を分かっている奴らが会話をする機会なんてないはず。
だとしたら、誰だ?
「うーん……考えても無駄か」
まぁ、考えたところで意味もないことだ。
それよりもA.ウェポンと、サイバルのことをどうにかしなければ。
あのまま放置するのは非常によくない。
(仕方ねぇ……戻るか)
よっこらせ、と言って立ち上がる。
が、そこで俺は周囲に蔓延る妙な匂いに気づいた。
なんだか妙に甘ったるい、とても嫌な匂いだ。
嗅いでいたらおかしくなりそうな……そんな感じだ。
「……こ、この匂い!?」
俺はこの匂いを嗅いだことがあるのを思い出して、思わず左手で口と鼻を覆った。
だが時既に遅し、体に僅かながらも力が入らない。
(ぐっ……まだ体に充満していないだけ……!)
毒が体を回るように、ガスも体を回る。
故に完全に力が入らなくなるのも時間の問題だ。
周囲に目を凝らしてみると、薄紫色の煙が周囲に充満していた。
こんな芸当ができるのは一人だけ。
「まさかG──!」
「シュコォ〜……そ~言うの、よくないなぁ〜」
「ッ……!?」
真後ろから声が思わず前へと飛び退け、後ろへと視線を向ける。
するとそこには気怠げな、紫の髪を持った少女が一人、オレンジ色のツナギを着て、口にガスマスクを装着して立っていた。
ガスマスクは仄かながらも、薄紫色の煙が漏れている。
「……お前も来てたのか。『
「はぁい。元気にしてた〜?」
「そりゃもう。お前がいないおかげで健康的だったよ」
「そ~言われると、悲しいな〜……」
G.オーシャン。
特級指定ヴィランの一人にして、A.ウェポンの妹の一人。
血の繋がりはないが、そう言う組織だから『妹の一人』だ。
保有する能力は『ガス生成』。
口からガスを生み出しては周囲に放出する能力。
だが、ガスには様々な特色を付与することができる。
例えば『毒』だったり。
前衛には向かないが、後衛として入られると非常に厄介な相手だ。
なんせ前戦った時は揺らぐ意識の中で、自身の腕にナイフを突き刺し、痛みで意識を保つことで、ようやく奴を気絶までに持ち込むことができたからな。
(あの時はマジで死ぬかと思った……)
倒れれば後は奴の思うがまま。
だからその前にケリを付けなければならない。
そういうやつだ。
「どうしてここにいる……お前、監獄内にいるはずだろ」
「脱獄したからねぇ〜。みんな」
「みんな……? まさか、全員出てきたっていうのか!?」
「あの人以外はね〜。あ、あと何人か出てたかなぁ〜」
あの人以外、と言うことは。
奴は出てきていないのか……それなら一安心、と言いたいところだが、それ以外は出てきた、ということなんだよなぁ。
それに何人か、って言っているところを見るに、余計なのも数人ほど脱獄しているらしい。
非常に面倒だ。
「なんで、出てきた……」
ガスが体を回り始める。
あまり悠長に話をしていたくないが、打開策がないのだから仕方あるまい。
(武器でもあればいいのだが……)
「なんで? ……わかりきったこと聞くね〜。勝ち逃げは許さない、って話〜」
「……ま、まさか、俺か? 俺が原因か!?」
「まる〜」
まる、じゃねぇよと言いたいが、余計な言葉で息を吸うわけには行かない。
て、いうか、どいつもこいつも、俺ばっかだな。
「じゃあ、俺に勝ちたいって話か?」
「それだけじゃ、ないけどね〜」
と言うとベンチを乗り越えて、ゆらゆらと歩いてくる。
思わず後退りするが、体が重くて思うように動けない。
自然とふらふらとした足取りになってしまう。
「私のよ〜きゅうは〜、おとなしくしてほしいなぁ〜」
「無理。つったら……?」
「……それなら仕方ないよねぇ〜。シュコォ〜……」
力強いため息と共に、そのガスマスク殻煙が漏れ出る。
薄紫色ではなく、赤紫色の濁りきった煙。
俺はふらふらと後退りして、後ろにいた何かにぶつかる。
「ふぅ〜……後ろは見ないと、危ないよぉ〜?」
「な、にぃッ……!?」
さっきまで目の前にいたはずのG.オーシャンは、気づけば俺の背後に立っていた。
俺は後ろにいた彼女に、ぶつかっていたのだ。
思わず振り返るが後ろにいた彼女が……なんというべきか、二人いる。
分身してしまったのだ。
こんな能力、彼女は持っていない……と、言うことは、ガスによるもの。
「幻覚、か……!?」
「さっすが〜。でも、それがわかったところで、じゃない〜?」
彼女の言う通りだ。
これが幻覚だとわかったとしても、暴く術がなければ対処のしようがない。
博士がいれば、どうとでもなったのだろうが……。
まぁ、いない人のこと言ったところでしょうがない。
俺一人でどうにかせねば。
そのためにも。
「……はぁ。まずは、このくだらねぇガスを、なんとか……しねぇとな……」
俺はふらふらと後ろに下がって、背後にあった建物にもたれかかる。
そして壁に立てかけてあった長めのバールを手に取ると、鞘に納めた刀を構えるように姿勢を変える。
「……悪いが、お前の遊びに付き合ってる暇はねぇんだ」
「っ! それは……!」
「
俺は居合からの抜刀で、弧を描くような斬撃を、宙に向けて打ち放つ。
仄かに生まれた風の流れが、徐々に大きな渦となり、俺を中心として煙を巻き上げていく。
『狐月流』、それは俺がある人から刀を習い、その際に教わった剣術。
それは見えるものだけではなく、そこに『ある』ものを切り刻むと、教えられた剣術だ。
……よくわからないがな。
まぁ、ともかく。
ミュータントではない俺が持つ数、少ない戦う術ってやつだ。
「やっとお前の姿がよく見えるようになったよ、G.オーシャン」
狭い範囲ではあるが、周囲から煙がなくなったことで少しだけ周りが見やすくなった。
相変わらず体調は落ちていく一方だが、これでしばらくは悪化することも無くなるだろう。
こうなれば、後はこいつをどうにか捕まえてしまえば、後は二人の対処だけだ。
……しかし、どうにも妙だな。
(なんでこいつ一人だけなんだ……)
こいつは本来、誰かと組むことで本領を発揮するタイプ。
つまり戦うことが目的であるならば、こいつが一人で来る理由はないはずなのだ。
もしかして俺は何かを見落としている……? と、考えたところで、奴の俺を見る濁った目が、爛々と輝いていることに気づいた。
まるで、楽しいものでもみたような子供の目のように。
「ッ……! えへ、えへっ、へへへっ……!」
「!?」
突然笑い始めたことに、俺は狼狽えながらも、手に持ったバールからいつでも剣術が放てるように構える。
が、奴が言い放った言葉は、俺の予想を遥かに越え行く、恐ろしいものだった。
「好き、好き好き好き好き好き……そ〜いうとこ、だ〜い好き!」
「…………ん?」
「私を捕まえたときもそうだったよね〜……絶望的な状況でも、どんな壁に阻まれても、どうあっても! 立ち向かってくる!! ……そ〜いうとこが、好き、だよ?」
…………うん、理解できねぇ。
なんで今日はこう……俺を追ってくる変なやつしかいないんだ。
と言うか好き、って。
こいつ今、好きって言ったよな。
一応……聞いとくか。
「あー……それってさ、Like的な意味で?」
「Love的な意味〜」
「即答かよ!?」
徐々に煙が迫ってくる中、俺は後退りしながらもバールを構える。
逃げたい……逃げたいが、既に一度逃げてきてしまっている。
これ以上、逃げてしまっては良くない結果になるだろう。
なんなら、この流れでまた別のやつが来かねない。
と、言うわけで。
「……申し訳ねぇが、そのLoveに応えることはできねぇんだわ」
「いいよ〜? 別に。私は、私なりの方法で、答えてもらうだけだから〜!」
薄紫と赤紫の煙が充満する中、俺は奴を捕まえるべく走り出すのだった。
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