第5話:さらなる混沌が手招く

 サイバル。

 ヒーローになった私に与えられた『名前』。


 生まれついて機械を操れた……いや、そのときはただ暴走させるだけだった私は、周りに迷惑をかけながら生きてきた。

 制御すらできなかったときは、ただそこにいるだけで煙たがられ、病気になっても病院にすらいけない。


 私は、生まれた意味を考えた。


 なんで生きてるんだろうって、なんでこんな力があるんだろうって。


 でも、それに対して答えを示してくれたヒーローがいた。

 名前は聞けなかったけど、答えのおかげで目標ができた。


 この能力を制御しきり、ヒーローになるって。


 私が彼と出会ったのは……4年前の話だ。

 数多の努力の末、ヒーローになった私に当てられた指南役、それが彼、ノーネームだった。


 指南役として私のところに来た時の彼は、酷く不満そうだった事を覚えている。

 それに対して私もムッとして、大きく反抗した。


 そこから暫くは私が生意気言っては言い争って、お互い相容れないヒーロー生活が続いた。


 私の中で彼の認識が変わったのは、あの日、あのとき、あの事件。

 ヒーロー社会が根底から覆り、数多のヴィランがはびこってしまったあの数日間。


 私はたった一人でこの状況を打開しようと、勝手に動き回った挙句、特級指定ヴィランに囲まれるような状況に陥ってしまった。


 とっとと救援要請すればよかったのに、一人でなんとかなるなんて思ってた私は、あっという間に追い詰められてしまう。

 死を覚悟したとき、彼はやってきた。


 ボロボロの姿になりながらも、刀一本で。

 私はその背中に『憧れ』を抱いた……抱いてしまった、というべきかもしれない。


 そこから彼は姿になりながらも、数多のヴィランを打ちのめし、私を連れて帰還したのだ。


 その時、私は思い出した。

 4年前なんかじゃなくて、もっと昔に出会っていたことに。


 だからその時はまだ、彼は憧れるべきヒーローで。

 改めて尊敬できる先輩で。


 それは、そのときは……私がこんな、黒く濁った感情を抱くようになるとは、思っていなかったときの話だ。






 ======






「待ッ……!」



 逃げ出したノーネームこと、トーヤ。

 彼を追いかけようと私は走り出そうとした。


 が、それを遮ったのは、眼前に立つヴィラン、A.ウェポンだった。


 奴は手に持った槍斧を振るって、走り出そうとした私の前に出す。



「退いてよ……邪魔ッ!」



 近くで浮遊するドローンたちを一斉に動かして、奴に向けて襲わせる。

 それのほぼ同時に、背負った青白く輝く直刀を抜いて、奴の視界斜め下に向けて走りだす。


 構えていたやつは、手に持った槍斧でドローンを薙ぎ払うと、斜め下に向けて槍斧を振るう。


 切っ先が私に向かって飛んでくるところに、私は直刀でなんとか弾いて下がると同時に、奴の頭上に向けて追撃のドローン。

 真下に落ちてくるドローンを一瞥もすることなく片手で掴んだ。


 が、その瞬間ドローンは非常に小規模な爆発を起こす。

 小規模とはいえ、普通の人間が受ければ十分ダメージになる威力だ。


 A.ウェポンは仰け反るも、踏ん張って倒れるのを止める。

 そして片手に持っていた槍斧を地面に突き刺すと、うっとおしそうに手で煙を払いのけた。


 気づけば、掴んだ方の手には栓の抜かれた手榴弾が握られている。

 私の差し向けたドローンが『武装変換』されたようだ。



「なっ……!?」

「悪くねェ。が、俺の能力をお忘れかァ?」

「ぐッ……!」



 距離を取ろうと後ろに飛び下がろうとするが、その前に奴が急接近をして私の片腕を掴む。

 そして手榴弾を持った手を後ろに引き、まるで殴るかのように私の顔面に向けて近づけた。


 ドゴッ、と言う非常に重々しい音が、私の頬で響く。

 手榴弾を持ったはずの手には、メリケンサックがはめられていた。


(能力の発動が早い……!)


 あまりにも練り上げられた能力。

 練度は高く次から次へと、まるでマジックのように生み出していく。



「うぐぅッ……!?」

「女子供だろうが関係ねェ。戦えるやつァ、みんな同じだ」

「賛成……したくないな!」



 力が抜けて倒れそうになるところを踏み止まると、私はすかさず掴まれた腕の方で、奴の肩に掴みかかる。

 そして片手に持った刀で突きを繰り出すが、いとも容易く避けられる。


 が、そのまま真っ直ぐ走って、奴の拘束から抜け出ると、私は手を動かして能力を使用する。


(あまりやりたくなかったけど、仕方ない……!)


 周囲に放置された車が突然点灯する。

 一つだけではない、いくつもの車が一斉に点灯する。



「交通事故、って経験したことある?」

「テメェ……」

「悪いけどさ、私もなりふり構ってられないんだよね」



 周囲にある、ありとあらゆる車が様々な動きを見せながらも、それらは頭を目の前にいる男……A.ウェポンへと向ける。



「……いいぜェ。あいつとやり合う前の準備運動だ。まずはテメェからぶっ殺してやるッ!」



 奴は地面に突き刺さる槍斧を抜いて、直剣へと形を変えさせると、私に向かって走り出した。


 私はすかさず、周囲にある車を奴に向けて発進させ、そして奴に向かって走り出す。


 車が前と後ろ、同時に迫って奴を挟もうとするが、その前に奴は高く飛び上がって車の天井に登る。


 私も突っ込んできた車を足場にして登ると、奴に向かってその手の直刀を振り下ろした。


 が、いとも容易く受け止められた私は、攻撃を止めることなく反回転して下方向から奴の剣を弾き上げる。


 そこからは次々と突っ込んでくる車を伝って、移動して、私と奴の刀と剣が交差を続ける。

 弾き合い、掠れ合い、刻み合う。


 まさしく死闘というべき戦いだった。


(ぐッ……流石に私一人じゃ、分が悪い……!)


 しかし奴は戦いに特化したヴィラン。

 元々現場活動向けの私の能力では、戦闘に限界があった。


 奴が車の一台に触れる。

 するとその車はたちまち姿を変えて戦車へと変化した。


 その砲塔は私に向けられており、生み出された砲塔が私のお腹に突っ込んでくる。


(動かさずとも、攻撃を……!)


 だが私もそう容易く終わるわけには行かない。


 戦車の砲塔を回転させ、奴は下がるしかなくなり、無理矢理距離を取らせる。



「はぁ、はぁ……」



 息を切らしながらも、私は立ち上がる。

 ここで負けるわけには行かない。


 私は、彼を追わなくてはならない。



「……思ったよりやるじゃねェか。前戦ったときよりも、更に強くなってやがる。ガキの成長は早いなァ」

「私だって適当に生きてるわけじゃないからね」



 とは言ったものの、これ以上戦い続けるのは、私には厳しかった。

 どうしようかと悩んでいると、突然A.ウェポンは武器を下ろして辺りを見渡す。


 油断している、かと思ったが、どうにも様子がおかしい。



「……クソ。一体何人来てやがるんだァ」

「なに、言って……」

「目を凝らしてみろよォ」



 そう言われて目を凝らしてみると、何か薄紫色の煙が辺り充満していることに気づいた。



「な、なに、これ……!?」

「『G』だ、Gの野郎の来やがったみてェだなァ」

「G……ま、まさか……」



 と言って聞こうとする前に、奴が私に向かったガスマスクを投げ渡す。



「死にたくなけりゃあ付けてろ」

「……」



 なんのつもりだと思いながら、ガスマスクを回して何かしら仕掛けられたないかを見る。



「なんも仕掛けてねェよ。こればかりは厄介な奴だからなァ」



 流石にこの煙を吸うわけにはいかなかった私は、渡されたガスマスクを装着しながら言う。



「そりゃあGなら厄介だろうけど……」

「言っとくけどな。俺ァ兄妹きょうだいたちから嫌われてんだ。袂を分かってるからなァ、間違いなく敵対する」

「だから協力しましょ、って?」

「……俺も本意じゃねェ。が、兄妹たちがいるってわかった以上、俺一人じゃどうしようもねェ。当然、あいつもな」



 と言って、苦虫を噛み潰したよう顔をする。


 ……彼の兄妹、と言っても血の繋がりはない。

 ボスの下に集められた人たちを、彼らは兄妹と呼んでいるだけだ。


 ただその兄妹は26人いる。

 26人の兄妹は皆、とてつもない強さを誇り、特級指定ヴィランとして暴れまわった奴らだ。

 まぁ……そのほとんどは牢獄に入っていたのだが。



「全員脱獄したの? ……まさか……!?」

「いや、脱獄してねェ。仮にしてたらあいつが黙ってねェ」

「それも、そっか……」



 アレ……と言うのは、彼らのボス。

 あまりにも凶悪で、数多の事件に関わっては表、裏問わず、社会そのものを騒がし続けたヴィラン。


 ……そして、トーヤが全てを賭けて追い求めたヴィランでもある。



「正直、このまま殺し合い続けても構わねェが……余計な邪魔が入るのは面倒だ。ガスマスクつけたままってのも面倒だしな」



 本当はトーヤを追いたい。

 だがこの煙をこのまま放置するのは非常にまずい。


 昔、同じ事が起きたとき。

 街一つほとんど壊滅状態に追い詰められたことがあるからだ。


 ヴィランと協力するのもよろしくないのだが、この状況下で一人で動くのも危険なのは事実。

 信用できないが、頼るしかない。


 まぁ……正直言うと、A.ウェポンは他のヴィランより信頼できる方だ。



「これが終わるまで、だ」

「わかった。それが終わったら私は問答無用で捕まえるからね」

「……出来たらな」



 ここにヒーローとヴィランによる、あまりよろしくない協力関係が成立したのだった。

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