第4話:誤り続ける男
「落ち着いて話し合おう。な?」
あれから数分後。
めちゃくちゃになった部屋の中、俺はなんとかサイバルをソファに座らせ、対面していた。
何があってあんなことになったのか、どうして飛んできたのか。
全てがわけわからん状態にあったためだ。
(とりあえず話を聞かねぇと……)
要するに事態を把握するためにも、こうして対面して話をすることにしたのだった。
本当は今すぐにでも逃げ出したいけど。
「部屋が風圧でめちゃくちゃじゃな……」
ちなみに博士はめちゃくちゃになった部屋を片付けている。
機械一つ使わず片付けする姿を見るのは初めてだ。
俺はそんな博士に視線を向けてると、ボソッとサイバルが呟く。
「……んで」
「え?」
「……なんで、何も言わずに、一人で行ったの」
いつものような元気の良さは何処へやら。
酷く暗く沈んだサイバルの姿がそこにあった。
そして同時に。
俺はなんとなく把握してしまった。
問題は俺だと言うことに。
流石に今の言葉言われて察しないほど、俺も鈍野郎じゃない。
とはいえ。
そこまですることのほどか、と考えてしまった。
たった4年、4年共に活動してきただけだ。
言わば大学生活と同じ時間だぞ。
(その短い期間でここまでになるものか?)
などなどの疑問は湧き出たものの、一先ず弁解タイムに移ることにする。
もはやA.ウェポンは蚊帳の外だ。
「あー……ほら、言わなくて、わかるだろ?」
「わかんないよッ!!」
悲痛な叫びが部屋に響き渡る。
俺は思わず黙ってしまった。
横目で博士に視線を向けると首を横に振っている。
なんもわからんが、俺は選択肢を間違えてしまったらしい。
「いつもそうっ……一人で勝手に行って、勝手に戦ってっ……わ、私は、私はっ……いつも、置いてけぼりっ……!」
そう言って顔を下に向けると同時に、大粒の涙が溢れていた。
やべーぞ、泣き出した。
流石にどうにかしたいんだが……俺はこの手の対処法が全くわからない。
冗談とか言える雰囲気でもないし……どうすればいいんだろうか。
と、悩んでいたところに、サイバルは顔を上げる。
そこには嫌な笑みがあった。
「だからね」
……だから?
「私、トーヤのこと、全部知っておこうと思って」
「……ちょ、ちょっと待て」
こいつ今、なんつった?
俺のこと名前で呼んだよな。
俺は今の今まで誰にも──博士を除いてだが──自分の事を教えたことはない。
何一つとしてだ。
名前はおろか出自だって離したことはない。
だと言うのに、こいつ今、俺のこと……。
「今俺のこと、なんつった?」
「トーヤ」
「俺、お前に名前教えたっけ?」
「ううん」
「じゃ、じゃあ、どこで、それを?」
「本部……知ってるでしょ。私の能力……」
そう言うと彼女はゆらりと立ち上がる。
パッとテレビがついて、電気がパチパチとその明かりを揺らがせる。
サイバルが落ち着いて沈静化したはずのドローンが一斉に浮き上がる。
どころか、外から更に数台の小さな機銃付きドローンが飛んできた。
「『ハイジャック』……! バカな! お前の能力はそこまでの規模のものじゃ……第一、本部のセキュリティを突破したっていうのか!?」
サイバル。
彼女の保有する能力は『ハイジャック』と言う。
名前の通り、自身周囲にある機械類をハイジャックしてしまうとんでもない能力だ。
だが、それだけには留まらない。
それがインターネットや情報機器の類であるならば、そこに侵入して情報を抜き取ったりすることができるのだ。
まぁ、セキュリティに阻まれたりもするが。
だから彼女の今の練度では、J.S協会本部のセキュリティを突破することは不可能……の、はずなのに。
俺の情報を掴んでいる以上、突破したのだろう。
セキュリティを。
「全部、突破したよ」
そう言って笑みを浮かべる少女、サイバル。
俺は少しの思考のあと、俺は一度深呼吸してから、吐いた息を吸い込んで飲み込む。
そして徐ろに立ち上がると……走り出した。
一心不乱に廊下へと向かって、俺は走り出した。
逃げ出した、のほうが正しいかもしれない。
「なっ……わしを置いていくなぁあああああッ!!!!」
「逃げるなァアッ!!!」
博士の悲痛な叫びとが響き、その後にサイバルは怒声と共に急いで部屋から出てくる。
その背後にはいくつものドローンが宙に浮いて、今にもこっちに飛んできそうになっていた。
俺は廊下の角を曲がるところで一旦足を止め、サイバルの方を見て声を上げる。
「いいかサイバル、よく聞け! 俺はA.ウェポンとやり合いに行く。話し合いはその後だ!!」
要するに、俺が取った行動とは、一旦の現実逃避であった。
だが、このままでは間違いなく追いついてくるだろう。
……あまり使いたくなかったが、逃げるためにはしょうがない。
今回はアレを使わせてもらおう。
「いつもいつも私は置いてけぼり!? ふざけないでよ! 私だって……ッ!?」
と言って、走り出そうとしたとき、なにかに足を取られて前に転ぶ。
俺はその隙に走ってエレベーターに向かって連打する。
そして、廊下の隅にあった非常口を出ると、折り返しの階段が少し下の階まで続いていた。
デカいホテルということもあり、階段がいくつかに別れているようだ。
そもそもホテルの規模的に何か起きても広がる前に対処できてしまうのだろう。
もうちょっと降りやすくしてほしいものだ。
「サイバル……どうなってんだよ、あいつ……」
俺は急いで階段の外側を飛び伝って降り、下方の階へ。
その後は追ってくる様子もなく、俺はロビーへと普通の階段を使って降りていった。
ロビーに着くとかなりの人が目に入る。
どうやらA.ウェポンによる被害で逃げてきた人たちもいるようだ。
置かれているテレビにはニュースが流れ続けている。
被害場所各地に向けた避難誘導も同時だ。
「……あ、やべっ。木刀置いてきた……しょうがねぇか。アレはあんま使いたくないんだけど……」
俺には能力はない。
だが今まで使えるものは全部使ってきた。
外部から取り入れられるものは取り入れてきた。
俺に力はない。
でも、契りはある。
「まぁ、向こう行ってからだな、なにかも」
ホテルの外に出ると、普段は大量の車が行き交っている道路に人っ子一人いなかった。
気配すらしないところを見るに、みんな色んなところへ避難しているようだ。
「やつは確かヴァーモンド地区に……──」
「あァ……久々に嗅いだぜェ、この匂い……」
頭上から聞き覚えのある声に、俺の体が張り詰める。
振り返るとさっきまで誰もいなかったはずの街灯の上に、オレンジ色のつなぎを着たボロボロの男が一人、そこに立っていた。
「『ノーネーム』、テメェに染み付いた血の匂いだァ」
「よぉ、ムショから出てきてまで俺に挨拶かよ、『
そこにいたのは紛れもなく、俺が追い詰めようとしていた人物、A.ウェポンそのものだった。
「殊勝な心がけじゃねぇか」
「テメェに会いたかったからなァ。会えて嬉しいぜェ」
と言うと街頭から飛び降りて着地する。
ふらふらと揺れながら立ち上がると、その両手をポケットに入れてニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「ったく。今日だけで訪問客は二人目だ」
「そりゃそうだろうよ。みんなテメェに会いたがってるからなァ」
「なんだと?」
「聞いたぜ、引退するンだってなァ。俺に挨拶一つなしで引退たァ、寂しくて寂しくてよォ」
「……まさかお前、俺に会うためだけに脱獄したのか!?」
「まさか。そんだけじゃあねぇよ」
と言うと後ろを一瞥もすることなく、手を後ろに有った街灯に当てる。
その瞬間、街灯が縮小と凝縮を繰り返し、その形を全く別のものへと変貌させて行く。
大きな
「行くぜ、リベンジマッチと洒落込もうじゃねぇかァッ!!」
歪んだ笑みを見せて、A.ウェポンは走り出す。
……が、そこに割って入る影が一つ。
横からA.ウェポンに向けて飛び蹴りをかまし、奴の姿勢を大きく歪めて蹴り飛ばした。
奴は近くに有った石像の台座に顔面から突っ込む。
「話、終わってないよね?」
と言って、ゆらりと俺の方に向き直り指を差したのは、さっきまで部屋にいたはずのサイバルだった。
ドローンが階段状に連なっているところから見て、部屋から直接外に出てきたらしい。
「ちょ……は、話は後って言っただろ!?」
「納得できないからやだ」
「やだじゃないが!? 今いるんだぞ!? そこに! A.ウェポンが!! てか蹴っ飛ばした!!」
こいつ、ここまで強引な性格ではなかった。
俺が一体何をしたっていうんだ。
何をしたらこんなことになるんだ。
何も思い当たらないことで、混乱は大きくなっていく。
兎にも角にも、サイバルをどうにかした上で、A.ウェポンをブチのめさないといけない。
(……無理じゃない?)
「──つッ……! いてェなァ……!」
サイバルの対処に手間取っていると、台座から顔を引き抜いたA.ウェポンが俺たちを見ていた。
俺たちもそっちへと視線を向ける。
「よォ、サイバルちゃん。随分とご執心みたいだなァ」
「久しぶりだね、A.ウェポン! ……できれば邪魔しないで欲しいんだけど」
「そいつァ、無理な相談って奴だ。第一独り占めってわけにはいかねェのは、テメェもわかってんだろ?」
え、え、え。
なんの話してるんだ、こいつら。
(俺の話……だよな? 俺が自意識過剰でなければ、間違いなく俺の話だよな)
で、俺の話がなんで独り占めになるんだろうか。
俺は蚊帳の外になりそうなところを、なんとか耳を傾けて二人の会話を聞く。
「
「ちょっといい? ……それ俺の話?」
「当然」「当たり前だろォ」
二人同時に同じ返答が返ってきたことな、俺は狼狽えながら後退りする。
……ヒーローとして有るまじき行為なのは分かっている。
分かっているが、そもそも俺はヒーローを辞めた。
辞めたから、俺はこの行動が許される。
許されるはずなんだ。
そういうことで、と。
一呼吸置いてから、構えた状態で言い合いを続ける二人をよそに。
俺は、走り出す。
そう。
俺はもう一度、この場から逃げ出すことを選んだのだった。
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