第3話:混沌は海上より来たる
七志 冬弥、28歳。
遂に南国のリゾートにて幸せを掴む。
こっちに来てから半日ほど経ったが、こっちは最高だ。
夕焼けは綺麗だし、街並みは豪華絢爛。
食って遊んで、好き放題に過ごしている。
ヒーロー時代が嘘みたいだ。
「最高だぜ……」
俺は至極満悦な状態で、ホテルのバルコニーから夕焼けを見つつ、その手に持ったワインを一気に喉に通す。
甘めな味わいが何とも言い難い。
「向こうはどうなってっかなぁ……俺のことなんて忘れて、ケロッとやってるかもなぁ」
それなら一番と考えて、新たなワインをグラスに注ぐ。
(俺の知名度なんて、所詮そんなもんだしな)
これは別のヒーローから聞いた話だが、ヒーローでノーネーム、と聞いたとき、その姿が頭に思い浮かぶ人は少ないらしい。
なんとなくそんなヒーローいたなぁ、程度の認識でアングラ、即ちアンダーグラウンドな知名度らしい。
俺の活動は基本的に目立つことはなかったし、仕方なくはあるのだが少々寂しく感じてしまう。
(他のヒーローからは話しかけられること多かったし、それなりに知名度あるとは思ってたんだけどなぁ)
ま、仕方ないかと、手に持ったグラスに入ったワインを一気飲み。
もう既にそれなりの量を飲んでいて酔いは回ってきているが、意識ははっきりとしている。
長年の仕事で身についたもの、早々に取れることは無さそうだ。
「はぁ……ん?」
ふと、つけっぱのテレビの方に視線を向ける。
するとテレビには今いる街中で暴れるヴィランについての報道と、指定地域での外出を控えるように、と流れていた。
問題はそこに映っているヴィランの顔だ。
「……おい。おいおいおい。酔いつぶれるにはまだ早いだろ。俺は夢でも観てんのか?」
そこに映っていたのは、周囲に爆発を撒き散らしながら高笑いする男の姿。
そしてそれの対処の困るヒーローたち。
あの能力、あの高笑い……嫌でも思い出す。
「『A.ウェポン』、いつの間に脱獄しやがった……!?」
『A.ウェポン』、特級指定ヴィランの一人だ。
ヴィランにはいわゆるランクというものがあり、そのランクに収まらない規格外のことを特級指定と言うのだが、奴はその特級指定ヴィランの一人である。
奴はM.T……ミュータントであり、保有する能力は『武装変換』。
触れたものを自身が許容する武器へと変換する能力である。
これがまた厄介極まっており、奴が武器と認識すれば何でも変換可能になる。
例えば砂を火薬にしたり、鉄くずを戦闘機にしたりと。
日達国の牢獄にいたはずのやつがここにいるのは、脱獄してから生み出した戦闘機で飛んできたからだろう。
普通のヒーローが対処できるような相手ではない。
当然、それは俺もだ。
奴を撃退するのはかなり手こずるだろう。
……とは言ったが。
「……つってもなぁ。俺もう関係ないしなぁ」
俺はもうヒーローを辞めた身。
一般人が関わるべき案件ではない。
故に俺はこの件を無視して、引き続きワインを飲もうとした……のだが。
「…………」
テレビから視線が外れない。
そして色んなことが頭の中を駆け巡る。
「くくくくっ。やはりお前さんは根っからのヒーローじゃな」
近くで寝椅子に腰を掛けながら、ワインを飲む博士がそう言った。
奴を止めねばならない、と俺の体が疼く。
長い時間をかけてこびりついたものは、そう簡単に取らないらしい。
「……はぁああああああ。もうこれ呪いだよな」
「職業病みたいなもんじゃろ」
俺は部屋の中に戻って自身の荷物を漁り出す。
鞄を開き、そこら辺に荷物を放り投げ、使えそうなものがないかだけ見ていく。
つっても、使えるものはほとんど置いてきたこともあって、ろくなものがなかった。
「げっ、仮面置いてきた。武器も木刀しかねぇ」
「格好は」
「しゃーねぇからアロハシャツで行く。なんかガジェットは」
「持ってくるわけないじゃろ。アホか」
「生身な上に現場まで歩きかよ。死ぬぞ、俺」
死なん死なんと適当にあしらう博士に悪態をつきながらも、部屋に飾ってあったなんかよくわからん木彫りの仮面を手に取る。
「……めんどうなことにならなきゃいいが」
俺はそれだけ呟くと、完全不審者スタイルで現場に向かって走り出す……はずだった。
バルコニー、遠くの方から風を切る音が聞こえるまでは。
「……ん?」
俺はドアに掛けた手を離し、振り返ってバルコニーの遠くの方を見た。
何か……小さな影が一つ、とてつもないスピードを伴ってこっちに向かってきている。
その行先は間違いなく、俺のいる部屋だった。
最初はA.ウェポンかと思ったが、どうにも様子がおかしい。
低速する様子はなく、とてつもない速度で真っ直ぐ突っ込んでくる。
その姿は過去に一度だけ見たことがあった。
「な、なんだあれ!? 装甲を纏って……いや、待て。あれは見たことあるぞ……ま、まさかッ!?」
強風を受けてか、それとも能力の解除によるものか。
纏っていた装甲が剥げ、中にいた半泣きの少女は姿を現す。
約4年間、相棒として共に戦い続けたサイバルが、えげつないスピードで叫びながら部屋に突っ込もうとしていた。
「いたああああああああああっっ!!!!!」
「ちょっ、おまっ……待て待て待て待てッ!!? 速度緩めろバカ野郎ッ!!?」
俺は木刀を放りだし、バルコニーに身を乗り出して叫ぶも、サイバルは一切速度を緩めることなく……と言うか、なんなら加速を始めてしまった。
乗っているエアボードは爆発寸前だ。
間違いなくこのまま行けばお陀仏どころ話ではない。
意味不明である。
「何考えてんだ、あいつ……!? 博士!」
「なんもない……から作ったわい! ほれ、これを使え!」
そう言って投げ渡されたのはテレビリモコン。
変な機械に繋がれ、ガムテープでぐるぐる巻きにされたテレビのリモコンだった。
「……どう使うんだよ!?」
「ボタン押せば勝手に起動する! 空気固形、膨張、粘着式じゃあ!」
何言ってるのか全くわからないまま、俺は渡されたテレビのリモコンを見る。
押せそうなボタンは真ん中で赤く塗りたくられた決定ボタンだけ。
(よくわからんが、これか……!?)
俺は部屋の中心に立って、赤い決定ボタンを強く押し込む。
その瞬間、俺を中心に空気が膜を作って俺を包み込んだ。
と同時に、サイバルの乗っていたボードが爆発し、勢いよくこっちに向かって飛んでくる。
「ぐえっ」
次の瞬間、サイバルは変な声を出しながら空気の膜へと突っ込んでいた。
空気の膜は実体を伴ったかのようにサイバルを受け止めると、押し潰され歪んだ後にサイバルをくっつけたまま、ボヨンボヨンと揺れて元の形に戻る。
そして役割を終えた空気の膜はパッと一瞬にして消え、サイバルが床に大の字になって落ちた。
顔面から。
そこから無言な時間が訪れるも、俺はゆっくりとうつ伏せになったままのサイバルへと近づく。
「……お、おい、大丈夫か?」
サイバルは言葉を発する前にまず、勢いよく顔を上げると俺に向かって飛びついた。
あまりの勢いの良さに俺はリモコンを手放し、押されて後ろに倒れる。
そしてその上に馬乗りになる形で、バイザーを脱ぎ捨てたサイバルは俺を見ていた。
目の下は隈で真っ黒で、髪も風を受けて酷い有様だった。
しかしその有り様が気にならないほど、俺は彼女の目線に恐怖していた。
じっと目を細め、薄っすらとした笑みに、俺は初めてサイバルに恐怖している。
……こう言うのが一番だろう。
まるで、『腹を空かせた猛獣』の目、だと。
色々と言いたいことがあったのだが、その目線に俺の頭は一気に空っぽに。
そこで絞り出した言葉はたった一つだけだった。
「よ、よぉ、サイバル。どうしてここに?」
「……探したから」
今までにないくらい低い声に、思わず後退りしたくなったが、馬乗りになっているせいで身動きが取れない。
と言うか彼女の能力で、どこからともなく飛んできたドローンが俺の周りを取り囲む。
流石に博士もこの状況では動くこともできないようだった。
「さ、探したって、どうやって?」
「……GPS」
「GPS?」
「む……あのGPSの件。嬢ちゃんの仕業か!?」
「え? な、なんの話だ?」
「ニュースくらい、ちゃんと見るんじゃな」
と言って、博士の足元に飛んでいっていたリモコンを、博士が手にとってガムテープを剥がすとテレビのチャンネルを変えた。
そこでは突如GPSが狂い出したこと、それらはある一箇所を指した後、元の位置を示すようになったこと。
そしてその指した位置と言うのが、俺のいるホテルの場所だった。
俺は恐る恐るテレビを指差しながら聞いた。
「……あれ、お前がやったのか?」
コクリと頷くサイバル。
俺は感心と恐怖が入り混じった謎の感情に襲われる。
少し前までの彼女じゃ、あそこまで大掛かりなことはできなかったはずだ。
それを今じゃ世界中のGPSを動かせるまでに。
……そして、一体彼女の何があそこまでさせたのだろうか、と言う恐怖心が沸き立つ。
色々あり過ぎて頭が纏まらない。
A.ウェポンのこともあるし、サイバルのこともどうにかせねばならないだろう。
そもそも格好もヤバいし。
だから、だから……うん、とりあえずだな。
「とりあえず、退かない?」
「嫌」
即決で断られてしまったのだった。
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