第2話:混沌の始まり

 さて、改めて自己紹介をするとしよう。

 俺の名前は『七志 冬弥』。

 ヒーロー名コードネームは『ノーネーム』。


 ……中二病とか言うなよ、『J.S協会』が勝手に付けた名前だからな。


 まぁ、来歴を話すとだ。

 20年前、つまり8歳の時にこの体に成り代わって転生。

 家族を皆殺しにされた『七志 冬弥』に代わって、『俺』が復讐を果たすため、10歳の頃から刀一本でヴィラン殺しを始める。


 あのときは転生直後ということもあり、体の意思と混同してだいぶ荒んでいた時期だ。

 ヴィラン絶対殺すマンだったし。


 それも、2年後に強制的にやめさせられることになる。

『J.S協会』……つまり、ヒーローたちの手によって。


 一週間にも及ぶ戦闘と逃走劇の末、なんやかんやあって捕まった俺は、『J.S協会』からある打診を受ける。


 それはヴィラン殺しを辞め、ヒーローになることを条件に、俺が追っているヴィランの行方を追うための手伝いと、活動のバックアップというものだった。


 元々一人、協力者は居たものの、ヒーローに追われること、そして活動に限界を感じ始めていた俺は、その打診を受け入れヒーローになったのだ。


 そっから16年、巨大な事件や世界崩壊の危機が何個かあったりしたが、なんやかんやで追ってたヴィランを捕まえ、ヒーロー活動をやる意味もなくなった俺は引退を決めたのだった。


 で、サイバルに辞めるって言ってから数日経った今、何をしてるか、って話だが。


 自家用ジェット機で空の上にいる。



「あー……快適だ……」



 白シャツの上にアロハシャツを羽織り、少し大きめのグレーの短パンを履いている俺は、ジェット機の中で優雅に過ごしていた。


 ちなみに武器はない。

 ヒーロー以外は持っていてはダメだからだ。

 まぁ……代わりの木刀ならあるが。


 なんせ、近くに武器がないとソワソワするからな、長年の習慣ってやつだ、仕方ない。


 で、目的地だが。

 日本によく似た国から離れ、南国の大リゾート『ハロワナ』ってとこに向かっている。

 引退する、と決め込んでからなんでこうなってるか、についてだが。


 すごい大雑把に話すと、ヒーロー辞めるを『J.S協会』に伝えたところ、それは辞めるのを止めてくれとか言い出したため、会員カードとか色々ぶん投げて、その日のうちにジェットで飛んだわけだ。



「しかしまぁ、長かったな。俺の16年は」

「なーに言っとんじゃ、18年じゃろう」

「そうか。アンタと会ってからだから、そうなるな。博士」



 と言って隣の席に座る、まだまだ現役と言わんばかりの元気を見せる白髪の男に話しかける。


 この人は博士……と、俺が呼んでいる人。

 ヒーローをやる前から俺に協力してくれている爺さんだ。


 かなりテンション高めのアクティブジジイだが、博士という名の通り頭がめちゃくちゃ良い。

『J.S協会』とかでも使われていないようなガジェットを開発しては、俺に渡してくれては様々な場面で大活躍した。


 まぁ、俺が使うのはデモンストレーションみたいなもので、しっかりとガジェットで金稼ぎしてたんだが。



「つーわけで博士、今日で俺たちの協力関係も終わりだ」

「奴を捕まえた時点で終わっとるじゃろうが」

「ありゃ、そういう契約だったか?」

「元々目的が一致した結果じゃったからな。ぐははははっ、奴め、今頃牢獄で嘆いておるじゃろなぁ」

「どうだか。アレが嘆くような奴かよ」



 奴……俺の家族が皆殺しにされる原因を作ったヴィラン。

 世のためにももう二度と地下深くの牢獄にいて欲しい、マジで。



「ところで」



 と、博士が何かを思い出したかのように俺の方を見る。

 笑みもないところを見るに、少し心配しているような感じだ。



「お前さん大丈夫なのか。あの嬢ちゃん置いてって」

「嬢ちゃん? ……あ、サイバル? 大丈夫だろ、あいつだってもうガキじゃ……いや、あいつ16歳か。いやいやでもな、もう一人前のヒーローだ。なんの問題もねぇよ」

「だといいんじゃが」



 確かに引退するって言った時の目、ちょっと怖かったけどさ。

 あいつだってヒーローの一人だ。

 俺一人いなくても大丈夫だろう。



「そもそもあいつの能力でも、このジェットを追うことはできねぇ。そうなるように設計したのはアンタだろ?」

「ま、そうじゃが。うむ……まぁ、何かしらが来てもいいようにしとくんじゃな」



 怖い物言いするな、と思いながら窓の外を見る。

 下の方にはもう既に目的地が見えていた。


 これからの生活に胸を踊らせ、手に持ってた缶ビールを一気飲みする。


 ……そのとき、テレビでは一つのニュースがやっていた。

 突然世界中のGPSが狂い出し、あらぬ方向に指し示しだす。と言うニュースが。


 地上を観ていた俺は、そのことを知る由もなかったのだった。






 =====






 七志が空高く飛び立ってから次の日。


『J.S協会』日達国ひだちこく支部。


 日本によく似た国、日達国。

 ここにある『J.S協会』の支部は今、かつてないほど混沌としていた。

 それこそ本部から協会長がやってくるまでに。



「今はどういう状況なんだ?」



 白一色に染め上げられた廊下を、スーツを着た初老の男が速歩きで歩く。

 その後ろを新し目のスーツを着た、20代前半の女性が小走りで追いながら状況を説明する。



「きょ、協会長。それが、複数人のヒーローが行方不明で、一人は完全に引きこもっている状態のようです。そして複数名のヴィランが同時に脱獄を……」



 思っていた以上に最悪の状況に、協会長と呼ばれた初老の男は頭を抱えそうになる。

 が、目頭だけを押さえて深く息を吸い、一つ聞く。


「引きこもり、っていうのはヴィランによる精神攻撃の類を受けてか?」

「それがそのぅ……」



 歯切れの悪い物言いに疑問を抱きつつも、司令室のドアが開くと中は阿鼻叫喚の地獄と化していた。



「北海道周辺で特級指定ヴィランの出現を確認! 脱獄囚です!」

「おい! GPSは今もどうなっている!?」

「ダメです! 全てがあらぬ方向を指し示していてまともに動きません!」

「特級指定ヴィラン『ジャンヌ・ダルク』が南国に向けて海上を進行中! ハロワナへのヒーロー出動要請を!」

「『A.ウェポン』も脱獄したんだぞ!? 奴を追うのが先だ!」

「ですが奴らの目的は……!」



 ため息の一つでも吐きたくなるような光景に、それを誤魔化すように勢いよく息を吸う。



「全職員に告ぐッ!!!」



 協会長の声が部屋中に響き渡る。

 あまりにも大きな声に一瞬で静まり返り、近くを立っていた女性はクラリと少し揺れた。



「……まずは状況を説明しろ。一つずつ、だ」



 そうして告げられたことは全てが全て酷いものだった。

 まず日本から複数名のヒーローの失踪。

 それはもとより聞いていた話ではあったが、名のあるヒーローも数名消えているということは、ここでの初聞きだった。


 そして2つ目、ヴィランの大量脱獄である。

 元より有力かつ強大なミュータントのヴィランたちが、一斉に脱獄をし、世界中に散らばりだしたというのだ。

 全員が全員、同じ目的かつある人物を求めて。



「それでGPSは」

「ダメですね。衛星そのものがやられてます」

「……それができるのは」

「そうです……サイバルの能力かと思われます」



 酷すぎる現状に、協会長の頭を遂に頭痛が襲う。

 だがここで放棄するわけには行かないと、頭を振って指示を出す。


 まずは日本に残存するヒーロー全員に、脱獄したヴィランの対処に当たらせること。

 ただし特級ヴィランは別として、外国へ向けた救助命令の発令。


 協会長の命令により、さっきまでとは明らかに協会が回り始めていた。



「何故こんなことに……」

「そ、そのことなんですけど、協会長」

「む?」



 近くに立つスーツの女性がとても言い難そうにしながらも声を上げる。



「引きこもっているヒーローってのが、サイバルなんです」

「なんだと? どうしてそんなこと、に……あっ」



 そこで彼はあることに気づいた。

 今起きてい状況、その全てに対して関係のある一人の人物に。



「……『ノーネーム』。彼か」

「っ! そ、そうです……彼が引退するって話が監獄のヴィランにも伝わったらしくて……」

「ヒーローの失踪もそれが原因か……」



『ノーネーム』。

 約16年に渡って、ヒーロー活動を続けてきたベテランのヒーロー。

 彼は数多の事件に関わり、数多の人間を救い出した。

 故に、そんな彼を精神的支柱とする者達がいる。


 そして彼に対して執着を抱くヴィランたちもいる。

 良くも悪くも、彼は活躍をし続けたのだ。


 それこそ強烈に。



「辞めないように説得はしたんだが、やはりこうなってしまったか……」

「彼が突然消えた、っていうのもデカいと思います……職員の何人かも、仕事に支障が出るまでではないものの、落ち込んでいる姿が見て取れますし……」

「世間に発表するのも一苦労だな、これは……」



 様々なバッシングを受ける可能性に更に頭を抱えながらも、協会長は次の指示を出そうとした……その時だった。


 突然、自動ドアのはずの指令室のドアが勢いよく開く。

 それこそ壊れるような勢いで。


 その音に協会長を含めドア近くに立っていた人たちは、ドアの方を見るとそこにサイバルが立っていた。


 しばらく寝ていないかのような酷い隈のできた目に、一切の手入れをしていないかのような髪。

 そして鼻から垂れる一筋の血。


 誰かが声をかけようとする前に、ブツブツと呟きながら前に向かって歩き出す。


 それと同時に画面に映っていたいくつものGPSがある場所に向かって動き出した。


 画面近くに近づいた時、その時には全てのGPSが南国である『ハロワナ』のホテルを指し示していることに、協会長は気づきサイバルに視線向ける。



「……見つけた」



 そう言ったのを衰え始めた耳で確かに聞き取る。

 と、同時にどこからともなく飛んできたエアボード。

 それをサイバルは片手で掴み飛んで乗ると、何処かへと向かって飛んで行ってしまった。


 呆然とする司令室内。

 呆気に取られていた協会長はハッとすると、司令室にいた職員たちに指示を出す。

 GPSが指し示した場所を今すぐ調べるようにと。


 そのホテルが『ノーネーム』こと『七志 冬弥』が泊まるホテルであることを、今はサイバルを除いて誰一人知らなかった。

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