アングラ系ヒーローは逃げられない
蜜柑の皮
第一章:南国リゾート逃亡生活
第1話:俺、ヒーロー辞めるわ
この世界には昔から一つ、たった一つだけ至極単純な仕組みが存在していた。
『
一昔前のアメコミのように、とても簡単なものだ。
初めはすごく単純なものだった。
ミュータント……通称『M.T』と呼ばれる、突然変異の超能力を持つ人間。
それが現れたことによるものだった。
ミュータントはまるで伝播するかのように、適性のある人間に根付いてはその数を増やしていった。
そうして最初に、その超能力を使って犯罪するものと、それを止めるものが現れることになる。
これが『ヒーロー』と『ヴィラン』である。
その後はなんやかんやでミュータントに対する法律が整備されていったりして。
世界各国が協力して生み出された組織、『
……名前がダサいのは誰もが思っているから、ツッコまないで欲しい。
そして『ヴィラン』についてだが。
先ほど言った法律に対して反抗したり、普通に犯罪を犯したりするミュータント。
これら全般を指すものとして扱われるようになる。
つまりミュータント以外も『ヴィラン』として扱われるようになったのだ。
で、あの手この手で大犯罪を行うヴィランの相手を、普通の人間ができるはずものないので、それを対処するのがヒーロー。
ヒーローVSヴィランという、昔ながらの漫画のような世界観が出来上がったわけだ。
それが俺のいる、この世界である。
で、俺は何者か、という話だが。
俺の名前は『
この漫画のような世界に生を受けた一人の男だ。
生を受けた、と言っても少し特殊な事情でこの世に俺は存在している。
俺は転生者だ。
どう言う経緯で転生してきたのか、転生した後に託されたものとか。
そもそも転生者であることとか。
これらは誰にも言ったことはないのだけれども。
それでも俺は転生者として、託されたものを背負いこの世界で生きてきた。
異能力を持たないヒーローの一人として。
ほらよくいるだろ、なんか妙に強い人間枠。
あれみたいなものだ。
まぁ、そんな復讐に走ったヒーロー生活も、数日前に終わりを告げたのだが。
目標を達成したんだ。
この体が求める『復讐』と言う名の目標を。
=====
よく晴れた昼下がり。
黒いコートを翻し、腰に刀を、顔に仮面を。
明らかに不審者な見た目の俺が、ビルの廊下を全速力で駆け抜ける。
前の方で崩れ落ちる天井を避けて、突然破裂する壁を凌ぎ、ただひたすらに前を走る三つの影を追っていた。
今、俺はヒーローとして活動をしている。
今回の任務の内容は三人組の強盗をとっ捕まえること。
強盗をつっても金や宝石を盗んだわけじゃない。
奴らが盗んだのは情報だ。
俺たちヒーローに関する情報を盗み出したのだ。
どんな情報であれ、ヒーローの情報は大事なものだ。
情報漏洩の場合によっては、かつて捕まえたヴィランとかに報復とかされかねない。
だからこそ止める必要がある、というか、止めないとヤバい。
「兄者ァ! あのヒーローまだ追ってくる!!」
「クソ! なんなんだあいつ! しつこいな!!」
「ど、ど、どうすんのさぁ!」
「案ずるな! 我らがボンバーブラザーズ! こんなところで捕まる器ではないわァッ!!」
そう言うと先頭を走る男が突然足を止め、こちらに振り返り右手を振り上げる。
俺は少し嫌な予感がして速度を緩めた瞬間、奴はその腕を振り下げ地面に接着させた。
それと同時に、轟音が鳴り響き地面が爆発する。
『ボンバーブラザーズ』、名前の通り爆発系の力を持つ
(また厄介な奴らが現れたもんだな……最近はヴィランの数も減ったもんだと思ってたが)
俺は足を止め、砂煙の中で目を凝らす。
その中で大きめの瓦礫が、俺の顔面めがけ飛んできて、ぶつかる寸前に素手で受け止め掴む。
能力というのは基本的に突発的に発動できるものではない。
何かしらの動作を必要とする場合が多い。
今の場合だと『触れる』だったり。
だが、ここまでの砂煙で視界が悪くなる、それなりの規模の爆発。
何かしらの『きっかけ』が必要なはずだ。
「チッ……こうも視界が悪いと、なんも見えねぇな……」
俺は呟きながらも目を凝らしてみる。
砂煙が酷くて、やはり何も見えはしない。
ならばと、俺は耳を澄ませて周りの音を聞く。
瓦礫の跳ねる音、下の方で避難する人々の声……奴らの音は聞こえない。
「そこか!」
手に持った瓦礫を俺は適当な方向に向けて投げる。
だが空振り、誰かに当たったような気配もなく、コツンと壁に当たった音だけが虚しく響く。
「ふんっ、バカめ! そんなところに我々は……ぐはッ!!?」
「素人が。喚き散らしてんじゃねぇよ」
奴が騒ぎ始めた時にすかさず、声のした方向に向けて次の瓦礫を投げる。
いいとこに当たったらしく、ドサッと倒れる音がした。
動きのぎこちなさから犯罪慣れしてないとは思ってたが、わざわざ自身場所を教えてくれるとは。
倒れた男を懐から取り出した縄で縛り上げ、周囲に視線向ける。
(後は二人だが……)
周囲に耳を傾けると、二つの悲痛な声が聞こえてくる。
「あ、兄者! ちくしょう!!」
「ど、ど、どうすんだよぉ、兄貴ィ!」
「ぐっ……我々の仕事を遂行するのだ!!」
その二つの声が耳に届くと同時に、二つの気配が遠ざかっていくのを感じた。
逃げに徹した……無常と言うべきか、やられたと言うべきか。
どちらにしろ、この砂埃に眼前の大穴。
なんの能力も持たない俺が追うには少々辛い。
どうしたものか……。
『ねぇ! どこいるのさ!』
と、そんな時に耳につけたマイク付きイヤホンから声が聞こえた。
少々騒がし目の少女の声だが、今の俺にとってはありがたい声だった。
「お前今どこだ?」
『え? ……えっと、サンデッドビルの近くだけど』
サンデッドビル……てことは、伝令を聞いて飛んできたのか。
ちょうどの俺のいる場所だ。
「なら今爆発が起きた階に来てくれ。今すぐだ」
『え、え、え?』
「急いでくれ。頼む」
向こうで何か喚いていたが、それを聞き取る前に通話を切る。
彼女の愚痴は些か長い。
聞いていたらきっと二人を逃してしまうだろう。
(さて……この砂煙、どうしたものか)
壁は半壊しているものの、風が吹いていないせいで、相変わらず視界不良だ。
風でも吹けば……と思っていたところに、突然半壊した壁から強い風が吹き荒れる。
自然のものではない。
人によって巻き起こされた風だった。
「ちょっと! 急に通話切らないでよ!」
そう言って半壊した壁の外から姿を表したのは、灰色の髪を持つサイバーテックな服装で身を包む少女だった。
彼女は宙に浮いたスケートボードのようなもの……エアボードってやつに乗っており、顔にはバイザーゴーグルなようなものを付けている。
名前……と言うか
ヒーローになって4年目のまだまだヒヨッコだ。
俺の相棒……と言うか、サイドキック的存在だ。
……まぁ、協会が勝手に決めたことだが。
「サイバル。お前にしては遅いじゃないか」
「いつだってトップギアだと思わないでよね。それで? 何すりゃいいのさ」
「やることは単純だ。奴らはUSBを持っているから、それを探ればいい」
「ありゃ。今日は簡単な仕事だね」
エアボードから飛び降りると、俺の隣に着地する。
そして顔につけたゴーグルの横部分に触れながら、周囲を睨み付ける。
こいつは俺と違ってミュータントだ。
つまり能力を保有している。
まぁ、この能力ってのが、現代社会に於いてとてつもなく強力なものなのだが。
「おっけー。見つけたよ二個下の階。爆発で三つ下まで掘ってるけど、ブラフだね」
「USBは?」
「破壊済み」
と得意げに言って笑みとピースを見せる。
そう言うことならば、後は捕まえるだけだ。
「流石だな。よし……なら俺は降りて追う。お前は外から追え」
「りょーかい!」
サイバルは走ってボードに乗ると外をすごい勢いで飛んでゆく。
俺は走りながらそれを横目で見て、下の階に向かって飛び降りた。
二個下の階へ着地すると、誰もいない廊下の真ん中で二人の男が大騒ぎしていた。
手のひらから煙が出ているところを見るに、USBが突然爆発してびっくりした、ってところだろうか。
「もう逃げるのやめたらどうだ!」
俺が声を上げると、二人は俺に気づいたようで大慌てで走り出そうとした。
が、二人の行先の窓からサイバルが割って飛んで入ってくる。
床に着地した彼女は手に青白く光り輝く刀を手にしていた。
刃は研がれておらず、どちらかという鈍器っぽいが。
「おおっと! ここは通行止めだよ!」
サイバルが二人に刀を向けると、二人は明らかに動揺した様子で後退りをする。
「ち、ち、ちくしょうが!! こ、こんなところで、捕まってたまるかァ!」
「で、でも兄貴ィ! サイバルだよ! 今一番名を上げてるヒーローじゃん!」
「うるせぇ! いくら名を上げてても、こんなガキにやられるかよぉッ!!」
と言って、サイバルに向かって走り出す……愚かにも、ってつけた方がいいよな。
素人のヴィランと数年の経験を積んだヒーローとじゃ、実力差は歴然としたものだった。
先頭を走っていた真ん中の兄の手を軽く避け、顔面にその手に持った刀を叩きつけ、そのまま吹っ飛ばし気絶させる。
「く、クソ……こ、こん、こんなことが……!」
一番下らしい男はサイバルを前にして、完全に動揺しながら後退りする。
パチパチと音がするところを見るに、動揺して能力の制御がブレてきているのかもしれない。
「大人しく捕まってほしいな。下手に殴り合いしたくないし」
ゆっくり構えるサイバル。
奴を挟んで反対側で俺も静かに構える。
このまま何事もなく投降してくれればいいんだが。
(奴の反応的に……そうはいかなそうだな)
「くそっ、クソッ、クソぉおおおおおッ!!!!」
突然男が叫びだすと、振り返って俺に向かって走り出した。
やつの左腕が光り輝きながらパチパチと音を立てる。
(仄かに香る火薬の匂い……この感じだと、自爆特攻するつもりか!?)
「まずい!」
「それはヤベェだろ……! サイバル、水道管!」
「!」
(あれじゃ気絶させても、そのまま爆発する! しょうがねぇ……後で誰かにくっつけてもらえ!!)
俺は走り出すと刀を抜いて、左腕を振りかぶる奴の懐に潜り込み、刀を振り上げ奴の左腕を切り飛ばす。
すかさずサイバルの手によって、壁に埋まった破壊された水道管に向けて左腕を蹴り飛ばす。
水道管から溢れ出る水に触れた瞬間、ジュッ、と言う音がして左腕は鎮火したのだった。
奴は痛みに耐えきれず、そのまま後ろに倒れ気絶する。
「うう、痛そう……」
「……くっつくだろ。そういう能力の奴もいるんだから」
「それもそっか」
そう言いながら倒れている二人を、サイバルは縛りあげる。
と、同時に下の階と上の階から警察が流れ出てきた。
「急げ!」
「次男確保!」
「三男確保!」
後の処理は警察がしてくれるだろう。
兎にも角にも、これで俺たちの仕事は終わった。
俺は刀を納めながら軽く伸びをする。
(……この仕事もこれで最後か)
そう考えるとなんだか懐かしい気分になった。
初めて仕事をしたときとか、色々思い出して。
「なんか名残惜しくなるな」
「なんで?」
「……俺、ヒーローやめるわ」
「………………は?」
なんか思ってた反応と違うことで、妙に嫌な予感がした俺はサイバルの方を見る。
彼女の顔は、今までに見たことがないくらい、引きつった笑みを見せていた。
その目は。
明らかに笑っていなかった。
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