おっさんの恋物語
村岡真介
おっさんの恋物語
おっさんの一目惚れ
幸三(こうぞう)は焦っていた。50歳をこえてからめっきり性欲が衰えてきたのだ。
50歳という人生の節目を境に欲望そのものが湧いてこないようになった。41歳の時に前の妻と別れ、シングルになってからはその寂しさを埋めようと仕事に没入し、なるべくそんなことは考えないようにしてきた。
しかし50歳あたりから自分の人生を死ぬときから逆算するようになったのだ。俺はあと何年でこの世を去るのだろうかと。幸三はいまの貯金を考える。およそ一千万円ぐらい。金を持っていたってあの世にまで金を持って行けはしない。ならいっそやりたいことをやりつくして死のう。
考えたのは起業であったり株式投資であったり平平凡凡なものだ。
そしてそれは極論に走る。
(やっぱり女だ)
権力欲も、金銭欲も、結局いい女を抱きたい。これに行きつく。簡単なことじゃないか。日本には合法的な売春窟がある。そう、ソープランドだ。一千万円を女につぎ込もう。幸三は新たな目標を見つけて嬉しくなる。
(一切の余計なものを捨て去り、ソープで金を使いきり、やり残したことがないと心の底から後悔がないところまでいって人生を手放そう)
その日から幸三の心は晴れやかになった。鬱屈していた暗闇からいきなり外の世界に飛び出した感じであった。同僚にもジュースを配ったり幸三の行動は一変した。
そんな折、出勤途中で街頭のティッシュ配りに出くわす。ちょうど職場の棚の上のティッシュが切れていた頃だなと思いだし、一束のティッシュをもらった。
ティッシュの上には「夢屋」なる広告が。よく読むと新しくできたソープランドのちらしらしかった。
幸三はしばし逡巡し足をとめた。
(これは何かの天啓か?)
仕事中もその「夢屋」のことで頭はいっぱいである。仕事にならない。
思い切って未練を断ち切るためにもここで遊んでいけばいいかと思う。幸三はその日仕事が終わったその足で夢屋に向かう。
最寄り駅から二駅でソープ街がある。電車を降り、一目散に夢屋に走る。まだ息がはぁはぁいっている。
(誰にも見られてないよな)
受付で嬢を選ぶ。黒髪の清楚な感じの美人、「みち」を選んで金を支払い休憩所に通される。すでに先客がふたり。どこか落ち着きがないふうで、みんな待機だ。幸三もテーブルに無造作に置かれている雑誌を見ながら時間を潰す。
従業員が呼びに来た。幸三は内心ドキドキしながらも落ち着いた常連をよそおいながら席を立った。
階段の上にセーラー服のコスプレを着た、美しい嬢が待っていた。
「みちで~す!」
そう言うと幸三の手を取りにこりとし、部屋にいざなう。
幸三は一発で一目惚れをしてしまった。くるんとした両目、魅力的な小さな唇。幸三のもろタイプだ。こんなかわいい嬢が待っていようとは!
部屋に入ると幸三はたまらなくなり服を着たままの未知を抱きしめる。後ろから胸をまさぐり揉みしだく。
いい香りがする。現実なのか夢なのかもう自分では判断できない。まさに「夢屋」だ。
真っ白な彫像のような美しい体で誘うみち。歳は20歳ぐらいか。服を脱がせていると幸三はたまらず未知をベッドに押し倒した。そして彼女を愛撫する。シャワー室に行きお互いに洗いっこをし男女の交わりを始めると、信じられないほど幸三の◯部が固くなっていく。50代になってから初めてのことだ。3分もしないうちに幸三は〇ててしまった。
あまりの快感にしばし呆然とベッドに横たわる幸三。
「内藤さん……」
幸三は驚いた。ホームページ上でも予約でも本名は晒してないはずだ。なぜソープ嬢が知っているのか。にわかに困惑する。
みちが幸三の腕に抱かれながらにこやかに口を開く。
「私の名前は『未知』本名よ。あなたは、ここに来るようになっていたの。その横にある水晶で、私はあなたのことを一挙手一投足をつぶさに見てたわ。そうパロちゃんこと内藤幸三さん。あなたは導かれて来たのよ」
にわかには信じがたい話に幸三は困惑した。
「パロちゃん」とはその店のホームページ上での幸三のハンドルネームである。
(ん?なんだ、どうゆうことだ、なにかのマジックか?はたまたこの子は本物の魔女だというんではないだろうな)
ごちゃごちゃの頭のなかで閃いたのは、その能力を使えば、宝くじや競馬で一気に億万長者になれるのではないかという愚劣な妄想だった。
「じゃあ、聞くけどさ、その力は未来を見通せるんだろう?だったらこんな場末の風俗店なんかにいなくて宝くじでドーンと一発当てればいいじゃない。パラドックスだよ、矛盾矛盾。その力が嘘である決定的な証拠じゃないか」
「宝くじで一等賞を取ったってなにも変えるつもりもないわ。わたしはこの仕事が好きなの。毎日毎晩殿方に気持ちいいことしてもらえる。これ以上の仕事があって?それにセックスが終わるといろんな私の知らない世界の話を聞くこともできるし。どう?この仕事を前向きでとらえるか後ろ向きでとらえるかで、意味合いが違ってくるのよ」
愚劣な発想をあきらめきれない幸三。
「いまの境遇に満足していると」
「そうね。充実しているわ」
と、心底幸せそうな顔をしてこちらをじっと見る未知。
「き、君はいま彼氏はいないのかい」
「いないわ。シングルよ。どうして?」
幸三は自分でも大胆に思える言葉を発してしまう。
「もしよければ未知ちゃん、俺とつきあってくれないかなと思ってさ。もちろん外で。これはご法度なのかい」
「恋愛は自由よ。あなたは導かれているって言ったでしょ、もちろんOKよ」
「うひゃー、マジか!可愛いよ未知ちゃん!」
またもや未知に覆いかぶさりキスの嵐。
されるがままの未知。幸三は思う。俺がなぜ導かれたのかと。なにかのお告げでも受け取ったから?それとも純粋に俺に惚れたのか?いやいやまさかそんなことはあるまい。未知のいきなりの発言に困惑しながらまたもや未知と結ばれる。
激しい情動が幸三に湧き上がってくる。そして二度目のフィニッシュへ到達する。
息が切れ用意しておいたペットボトルの水をごくごく飲む。未知もそれを幸三からひったくるように奪うと、最後まで飲み切ってしまった。
「いかんいかん。子の世代だな。そんなこと考えちゃいかん!未知ちゃんさっきの言葉忘れてくれ」
未知が不思議そうに幸三を見ている。
「歳の話?三十歳差のカップルなんていまやどこにでもいるじゃない。世間体を気にし過ぎよ。ふたりがお互いを恋人同士と認めていればそれでいいじゃないの。もしかして私がソープ嬢だから嫌になったの?だったら落ち込むなー私」
幸三はあわてて前言を否定する。
「いやいやいや、ち、違う!未知ちゃんがあまりにも可愛かったんで混乱しているんだ。やっぱりしっかりはっきり言おう」
幸三は素っ裸でベッドの上に正座をし、あらためて告白する。
「俺は未知ちゃんに惚れたんだ。本気でつきあってください!」
幸三は手を伸ばし握手を求める。その手を柔らかく握り返す未知。これでカップル成立だ。幸三は胸の中で小躍りして喜ぶ。
未知が自分のスマホをいじり始める。そして自分のラインIDを出す。
ヤバい。幸三はラインをあたったことがない。
「メールアドレスいいかな。俺はそれしかできないんだ。もちろんこのメアドで悪いことなど一切しないから」
「いいわよ」
あっさり引き受ける未知。自分の方から幸三のメアドを見ながらメールを打つ。
すぐに幸三のスマホが反応する。幸三はそこに「ありがとう」と打ち、返信してさっそく登録する。
夢屋をあとにした。夜風が心地よい。セックスから始まった恋もそれはそれでいいじゃないか。気分よくおでん屋に入り日本酒でひとり乾杯をする幸三であった。
おっさんの初デート
日曜日、幸三は上下一張羅のスーツを着て、愛車の軽自動車に乗り待ち合わせの場所に到着した。
未知が振り向く。太陽に照らされても彼女は相変わらず美しい。シックな秋物のコーデ。薄化粧に妙になまめかしい赤い口紅。
「ハーイ。未知ちゃん。とりあえず車に乗ってよ」
未知がスラリとした足を助手席に入れる。横に座ってにっこりと微笑む。そのキュートな笑顔に思わず破顔する幸三。
「まずはこの通りからいきましょ」
ウインドウショッピングに付き合わされる。幸三は鼻の下を伸ばして言われるがままだ。
ある有名ブランド店に入っていく未知。続いて入る幸三。未知は慎重にバッグを品定めしている。
「似合うのどっちだと思う?」
くるりと幸三を見て無邪気に聞いてくる。
「あー、まあこっちのやつかな」
「いま安そうな方を見て決めたでしょ」
「ギク」
「心配しなくていいわよ、私が払うから。こう見えてもお店でいちばんの売れっ子よ。お金なら心配無用よ!」
「は~」
幸三はその言葉を聞いて腰砕けになる。
「やっぱりこっちにしましょ!」
未知が会計を済ませ戻ってきた。
「おまたせー!」
荷物を持つのは幸三の務めだ。そんなもん軽い軽い。
あと三店舗ほどまわりショッピングは終わった。
最近流行の映画を見て、昼食は一人2000円ほどのイタリア料理のランチを食べ、今日のデートは終わりになった。
と思いきや未知が言う。
「ねえ、海が見たい」
車を駐車場から出し未知を拾い、九十九里浜へ向かう。
とにかくこの子といると楽しい。時に笑い、時に悲しんでみたり驚いてみたり、表情がくるくる変わる。これが幸せってやつかーとじんわり思う幸三。
浜についた。未知は靴を脱ぎ、波とたわむれる。幸三は彼女を追いかけ、未知が逃げる。捕まえると砂浜へ行き、乾いた所に座り込んだ。
「楽しいー」
そう言ってごろんと横になる。
幸三は覆いかぶさり未知と熱いキスをする。
しばらく空を見ながらお互いのこれまでの人生の遍歴を語り合う。
未知は高校を出てすぐにソープランドに就職したそうだ。貧乏な家に生まれ金のことでいざこざが絶えない家族へ見切りをつけ「自分は金持ちになってやる!」と思い、なんの罪悪感の壁もなくすぐに夢屋に入ったらしい。そんなけなげな事情とは知らずに、未知を自分の欲望を満たす存在と認識していた自分の業の深さに反省する。この子とは真剣につきあおうとえりを正す幸三。
未知といると自分の年齢を忘れていることに気づく。三十歳の歳の差なんて全く感じない。未知に若さを引き出してもらっている気がする。
帰り道幸三が未知に聞く。
「ところであっちの方はどうなの」
「あっちってどっちよ」
幸三は鼻をかきながら今日のデートのクライマックスを控えめに言う。
「そりゃあ、セッ〇スのことだよ。やっぱりお金とるの」
「私たちもう恋人でしょ。そんなことするわけないじゃない!」
「はー、よかった」
未知が大笑いをし始める。幸三もつられて笑う。
途端に幸三の欲望がムクムクと湧き出してくる。帰り道は首都高を飛ばしに飛ばす。
とあるラブホテルに到着した。未知とのこれからの情事にはやる幸三。
部屋へ入ると長いキス。幸三は未知の吐息に盛り上がる。
服を脱がせると、形のいい胸があらわに。極楽にいる気分で幸三はその胸を愛撫する。
そろってシャワールームへ。お互いに洗いっこする、楽しいひと時。
そして……(これより先はご想像にお任せします。この小説は官能小説ではなく、あくまでSFなので)
ことを3回も終えたあと、この前未知が言っていたことにふれる。
「未知ちゃんさー、本当に未来予知なんかできるの?」
未知は幸三の目を真っ直ぐに見つめる。
「簡単よ」
「やっぱりあれなわけ?あの水晶を覗いて未来を見るの?」
一呼吸おいて未知が答える。
「そう。例えば競馬の当たり馬券を念じると、答えの数字が水晶に浮かびあがるの」
「何占いっていうんだい」
「名前なんかないわ。私が編み出した方法だから」
その日はそのまま別れた。
会社でも幸三の頭の中は未知のことでいっぱいで仕事が前に進まない。ため息ばかりをついていると上司が近づいてきて顔をななめにし、叱責する。
「なんだか仕事が手につかないようだねー内藤君。そんなことだと人事査定にひびくよ。もっと社会人として自覚をもたなきゃ」
万年ヒラ社員の幸三は頭を下げるばかり。しかし未知の予知能力が本物なら、すぐにでもこんな会社は辞めてやる!そしてまた阿呆のような表情になり、にやつくだけとなる。
「上司に怒られちゃったよ」と、メールを打つ。
「今度の日曜日にまた会いましょ。その時に私の予知能力を見せてあげるわ。そしたらもうそんな会社なんか行かなくてすむと分かるから」
「ほんとにー?」
「ええ本当よ。自信があるわ」
幸三は感動した。天使すぎる!
しかし未知がなぜこんなおっさんを導いたのか、意味が分からない。もしかしていわゆる結婚詐欺か。いやいやそれはないなと否定した。ショッピングからも分かる通り未知は自分で稼げる。それも幸三の何倍も。詐欺に手を染める意味がない。やっぱり僭越ながら本当に俺に惚れたのか……これも怪しいが、どう考えてもその解に行きつく。そう考えると途端に心が踊りだし、表情がゆるんでしまう。
それからはもう夢の中をふわふわと歩いている気分だった。もしかしたらこの奴隷のような労働ともおさらばできるかもしれない。大金をつかんでやりたい放題になるかもしれないと思うと、地に足がつかないのもむべなるかな。
時折はっとする。未知ちゃんなんて夢の中の住人じゃないか、と。しかしメールを送れば返事が返ってくる。未知ちゃんは実際に存在する。……という夢を見ているかもしれない。
なんだか真実というものは実にあやふやで、確定できるものはこの世に存在しないのではないかと場末の哲学者のようなことをそのガタがきている脳みそで考えうなってしまう。
全ては次の日曜日に決着がつく。
はたして運命の女神はどうこの俺を翻弄するのだろう。幸三は気が気でなくなり、やはり仕事が手につかなくなるのであった。
おっさんの歓喜
運命の日曜日がきた。朝8時。未知がいる。やはり夢ではなかった。
幸三が車を横づけするときらびやかな笑顔で助手席に乗り込んでくる。幸せがのどから飛び出してきそうだ。
未知は何やら中に大事そうな物を入れているかのようにリュックを後部座席に据える。
「何か大事なもの?」
と幸三がきくと未知は
「おしえな~い」
といたずらっ子のように冗談をとばす。
それすら可愛い未知。幸三は未知の脇をくすぐる。
「きゃははは!言うわよ!やめてー!」
未知はすぐにギブアップをした。
「水晶よ。水晶の玉が入っているの。私の占いにとって大事なものよ」
「そうだった、そうだった。未知ちゃんの占いにかかせないアイテムだったよな」
「うん。それよりもね、今日は幸ちゃんのカジュアルな服を私の見立てで買わない?」
幸三は二つ返事でOKをする。
百貨店の男性服売り場でカジュアルな洋服を未知が真剣に選んでいる。もう冬もまじかだ。厚手のニットのセーターと上にはいかつい若者が着るような皮のジャンパーで攻める。下はもちろんジーンズにスニーカー。お値段なんと10万オーバー。幸三が震えあがると未知がカードを出す。
「えっ、払ってくれるの?」
「当たり前じゃない。私が誘ったんだから」
天使だ。天使がいる。いやもう女神さまだ。
そこで店員にはさみを借り、すべての値札を取って更衣室に入り幸三が出てきた。服を変えただけなのに10歳は若返ったようだ。
「かっこいいー!」
未知が手放しで幸三をほめる。
「えへへ。どう、似合う?」
「最高よ。50代には見えないわ」
「いくつに見える?」
「49歳」
「ガックシってこらー!」
荷物を置き、未知を追う。捕まえてキスをする。人目なんか気にしない。恋人同士なのだから。
一通り買い物を終え、近くの喫茶店に入る。恋人が目の前にいる。それも超絶かわいい女の子が。それがこれほどの優越感をもたらすとは。経験したことのない満足感で幸三の胸ははちきれんばかりだ。
未知がパフェを注文する。続いて幸三も同じものをたのむ。
「おいしいねー」
お互い顔を合わせニコニコしている。
「さて、本題にいきましょうか」
未知は水晶を取り出す。
「き、喫茶店でやるのかい」
「ここしかないでしょう。時間も10時に迫っているし」
「それもそうだな」
未知は水晶を前に何かに念を送っている。ぶつぶつと呪文のようなものをつぶやきながら。
「きえい!」
気迫を加えると未知がトランス状態になる。
しばらく首をゆらりゆらりと振る未知。なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がする幸三。
「あ~見える~第一レース~1着7、2着11~」
素早くメモを取る幸三。競馬新聞を見れば6番人気と10番人気の馬の組み合わせではないか。
「いやー、これはさすがに来ないだろう」
素に戻った未知が結果をたずねる。
「どうだった」
「7-11だってさ。これはないだろうよ」
「バカねえ。だから当たれば万馬券なんじゃないの!」
幸三は難しい顔をしている。
「とにかくその馬に一万円でも賭けてみたら。それとも私の占いが信じられないの!?」
煮え切らない態度におこる未知。
「いやー、そういうわけじゃないが……ふう。分かったよ賭けるよ」
そこから歩いて馬券の販売所にいくと7-11の勝負レースに一万円賭ける。
ふたりドキドキしながら第一レースをモニターで見つめる幸三と未知。
ゲートが開き、レースが始まる。
緊迫したレース展開。先頭を走っていた第一人気の馬が失速。もみあいになり、どの馬が一着なのか分からない。手に汗握る瞬間。勝負は写真判定へ。
次の瞬間。
「1着7番ホシノソワカ、2着11番サキガケヤロウ。万馬券となりました」
みなため息をついている中、歓喜の声をあげる幸三と未知。
「マジか!本当に当たったよ万馬券!未知ちゃんのおかげだよ!」
「これで少しは信じてくれた?私の予知能力を」
「当たり前だよ!すごいな未知ちゃん」
馬券をお金に変えると133万円!
未知が言う。
「このレースだけしか予知してないの。これで帰りましょ」
「あ、そうなの。もう少しやりたかったけどしゃーないな。うまいものでも食って帰ろう」
新橋の飲み屋でふたりだけの祝杯をあげる。
「カンパーイ!」
幸三は日本酒を一気に飲み干し、ふたりは焼き鳥をつまむ。
「おいしいー!なにこれ?」
「それは皮だよ。プリプリして美味いだろう」
「うん!」
しばらくもぐもぐ食べていると未知が言う。
「あまりに当てすぎてもいけないから、今度はその100万円で万馬券を当てて1億円にしましょう。これを十回繰り返すの。10億円になったらそこで終わりましょ」
ふと幸三は考える。それが終わったらもう未知と会えなくなるのか。
「そこで終わりって、もう恋人同士も終わりってことなのかい」
「そうじゃないわよー。うふふ、おかしな幸ちゃん」
「だよね、だよね。ふたりはずっと一緒だよねー!」
信じられないほどのかわいい笑顔で幸三を見つめる未知。安心する幸三。
次の日曜日、いつものように未知と待ち合わせ。喫茶店に入りパフェを二人分たのむと未知が予言する。
「今日は第五レースが万馬券になるわ」
すぐさま水晶を出し、トランス状態になった未知がうめくように言う。
「1着2番~2着8番~」
幸三がメモを取る。
パフェを食べおわると今日は第五レースなので余裕で馬券売り場に到着だ。
未知の予言通りに2-8の馬券を100万円分買う。
「1着2番ナゲキノキッス、2着8番ハクバノマオウ、万馬券となりました」
抑揚のないアナウンサーの声。ふたりは大はしゃぎ。
一億六千万円にもなって戻ってきた!幸三は極度の興奮状態で、二つ用意してきた大きめのリュックに投げ入れていく。
「取ったぜー未知ちゃん!本当に女神様だ」
その夜、ホテルでふたりは激しく燃えたのは言うまでもない。
「ついに俺も億万長者か……」
「これをあと九回よ。毎日大当たりしても怪しまれるだけだから週一にしましょ。私は仕事に戻るから」
「仕事ってソープ嬢に?やめてくれよ未知ちゃん。俺だけの恋人でいてくれよ」
「そんなに私のこと好き?」
上目づかいでたずねる未知。
「愛してるんだ。未知。本気だ。結婚しよう!」
「そ、そんな……こんな風俗嬢の私なのに」
幸三は未知をぐっと抱きしめる。
幸三の荒い息遣い。二人の心拍数が上がっていく。
「1着7番カケアシヒカル、2着3番トナカイテイオウ」
ふたりは連勝街道まっしぐら。レースに参加しない日は沖縄でバカンスだ。
「よし!また一億突破だ!」
7億、8億……9億。ボルテージが最高潮に上がる上がる。次の勝負で予定の10億突破だ!
しかしおかしなことが毎週ある。未知が幸三になにも言わずに一日消えるのだ。
未知がホテルに帰ってくると、思い切ってそのことにふれてみる。
「未知ちゃん。いつもレース前に消えるよね。どこに行ってるの」
「そ、それは……予知が当たるようにきわめて徳のある神社にお礼参りに行っているのよ」
その言葉に不自然なものを感じた幸三。しかしそれ以上詮索しなかった。
日曜日、馬券売り場のまえ。いつものように近くの喫茶店でパフェを注文する。
「1着1番カゼキリコゾウ、2着11番ミライノワカバ……」
「よっしゃー!いったぞ!万馬券だ!10億円突破だー!!!」
未知が笑顔で手を叩く。ふたりは抱きしめ合う。
「沖縄に行こうか」
「うん!」
そこへ見知らぬ若い男がなんと空中から現われる。
「さてと、10億突破おめでとうございます、内藤さん……」
おっさんの憂鬱
幸三は仰天する。
「誰だお前は。俺の名前を知ってるなんて」
その男がゆっくりと地面に着地する。
「ありがとう、ご先祖様。俺は内藤ひろり。実はこの時代から100年後には所得格差が限界までに達していて、ごく一部のスーパーパワーを持った富裕層と最底辺を這いずり回るその他大勢の貧困層にきれいに分かれているんだよ」
幸三が複雑な表情で聞く。
「ご先祖様?」
「そうご先祖様だ。内藤幸三から見れば俺は子孫になる」
「それが何の関係があるんだ。目の前から消えろ!ははーん。たかりかお前」
ひろりと名乗った男は両手を広げて言う。
「たかりなもんか。10億突破のお祝いにやってきただけさ。ちゃんと話を聞いてよ、ご先祖様」
「なんの話だよ」
ひろりはあらためて説明をする。
「所得格差が広まった世界では、富める者はさらに富み、貧困にあえぐ者はさらに教育格差で貧しくなっていく。俺は内藤家の血を引くものとしてこの社会構造が許せなかった。もちろん俺ら内藤家の親戚は全員貧困層さ」
「それと俺の10億円と何の関係があるんだ!」
「大ありなんだよ。貧困層の内藤家は地べたを這いずり回るような仕事をしてるんだ。荷物運び、清掃の仕事、ホテルの夜間警備員……まともな仕事をしているやつはいない。過去の結果は未来に投影される。そこでお金を出し合いご先祖様に超高精密に作られている「キュートHL3r」という値段のはるアンドロイドをレンタルして、それにこれまたスーパー高価な腕時計型のタイムマシンをレンタルし過去のあんたに取りいったというわけさ。占い師のふりをしてね。キュートはレース前にタイムマシンで未来に飛び、レースを見て万馬券の出るレースを見極め、それを戻ってから予言してたんだよ」
幸三が未知の方を向く。
「なんだってー!未知はロボットなのか!」
未知は下を見つめている。
「水晶関係ないのか」
「ごめんなさい!だますつもりじゃなかったの。でもそうやって信ぴょう性を持たせないとかえって怪しまれると思って……」
ひろりが割って入る。
「そしてご先祖様に競馬で途方もない額の勝負を続けさせ、10億になった時点で俺はアンドロイドとタイムマシンを回収しに来たってわけ。これで未来の俺ら内藤家全員が、俺が帰ったらみんな富裕層になっているはずだ」
幸三は狼狽する。
「なんだと―!じゃあ未知はどうなるんだ!まさか用なしになってスクラップにでもされるのか?」
「そんな残酷なことはないよご先祖様。回収されたアンドロイドは記憶回路のチップを取り出し、デジタル洗浄され、また違うユーザーにレンタルされるんだと思うけど。それがどうかしたの」
ブチ切れた幸三が大声でひろりの胸倉をつかむ。
「どうもこうもあるかー!き、記憶を洗浄!?俺との記憶をなくすのか!馬鹿を言うな。未知は俺の女だぞ。そんな突拍子もないこと信じると思うか!バカにするんじゃないぞ。未知は渡さん!絶対にな。そもそも現在の俺が富裕層になったら未来に帰ればお前たちも富裕層なんだろう?未知を買い取ればいいだけの話じゃないか!」
ひろりが強い口調で説得する。
「ご先祖様にはキュートとは絶対に別れてもらわなければならないんだよ。考えてもごらんよ。ご先祖様がキュートと結婚でもしたら大変なことになる。キュートは子供が産めない。俺らの存在がないことになるんだ。タイムパラドックスの一種だけれど、俺が存在しているのがその証拠だよ。ご先祖様は必ずキュートと別れ、別の女と結婚する。賭けてもいいよ。まあ、俺の勝利は明らかだけどね」
「うるさい、うるさい、うるさーい!未知は渡さんぞ!来い未知!」
幸三は未知の手をつかむと、ひろりの前から立ち去った。
沖縄行きの飛行機に乗り込みふたりの逃走が始まった。
しかし未知に異変が。
「お時間が迫っております、内藤様。お時間が迫っております、内藤様……」
「うるさいんだよ!」
殴ろうとしたその視線の先には悲しそうな目で幸三を見つめる未知の姿が。
振り上げたその拳は幸三の胸を締め付け、幸三は涙とともに拳を下ろす。
「行かないでくれよ未知……」
未知の目にも涙が。
空港に着いた。その時ひろりが目の前に。
「逃亡したって無駄だよ。キュートにはGPS機能を埋めこんである。どこに逃げようと必ず見つけ出すことができる」
号泣する幸三と未知。
「無念だ……負けを認めよう。ただし今日一日だけ待ってくれ。
「まあ、ぎりぎり今日一日はいいでしょう」
ひろりは未知の背中をいじると制限時間をつげるアナウンスが聞こえなくなった。
ホテルの予約を取る幸三。部屋のキーを渡され一泊する。
ダブルベッドの部屋で激しく未知を求める幸三。
「愛している。未知。愛している」
「私も愛してるよ幸ちゃん」
その言葉しか出なかった。
別れの時が来た。ひろりが腕時計の調整をし、未来へ向かう。
「楽しかったわ!幸ちゃん!」
すうっと消え去るひろりと未知。
虚しさだけを残し二人はかき消えてしまった。
幸三は涙ながらに叫ぶ。
「未知ー!」
味気ない毎日を送る日々。億万長者になっても孤独じゃ意味がない。そんな幸三を見かねて友人からの紹介で彼女ができる。新しい女の子にもあまり心を開かない幸三。
そして結婚。第一子が産まれる。男の子だった。
そんな日々を送る幸三の前にまたもや未知からメールが!
「ご主人様は私とタイムマシンを買い取ってくれたの。会える許可が出るのは週一だけどね。記憶の洗浄もしなかったわ。不倫になるけどまた恋人同士になろうよ」
感涙する幸三。
未知が待ち合わせ場所で待っていた。
涙ながらに抱きしめ、永遠の愛を誓いあうふたり。
はかないおっさんの恋物語はジ・エンドのその先へ。
完
おっさんの恋物語 村岡真介 @gacelous
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