第8話: ティファレト=ロザリア
「私の名前は、ティファレト=ロザリア、夢は、王国魔術師です。」
王国魔術師———それはアスタルムに暮らす者なら、知らぬ者はおらず、魔法を使えるものなら一度は憧れる職業である。魔術師の頂点に立つと言われる者しかなれず、王国魔術師になれたものは、その難しさに見合った栄誉が保証されているという。
確かにコーラクス魔法学園でも、王国魔術師を多数輩出している。しかし、それはあくまでも、魔法が使える場合の話だ。フィールズクラスの彼女が王国魔術師になるのは、正直言って……。
その宣言はあまりに荒唐無稽だったが、ティファレトの表情は真剣そのものだった。
「先生は先ほど夢をかなえる手伝いをするとおっしゃりました。では、私の夢をかなえるために、魔法も教えていただけるんでしょうか?」
俺の方をじっと見て、彼女は返事を待つ。適当な返事は許さないという、強い意志を感じ、俺もなんと返そうか考える。
もちろん、王国魔術師になりたいという彼女の夢を俺個人としては応援してやりたい。だが俺は教師、俺の言葉には生徒たちを動かしてしまう力がある、いい方向にも、悪い方向にも。うかつに応援するなどと言うのは、無責任だ。
少し考えた後に、ティファレトの方を見て、ゆっくり息を吸う。
「先生は、このクラスで魔法を教えることはできません。」
「やっぱり、うちがフィールズだからですか。」
「半分正解です。もし私がここで君のために魔法を教えたとしたら、君は満足かもしれない。しかし、他のクラスメイトはどうでしょう。他クラスの生徒からは、フィールズなのに魔法を使っていると言われ、要らぬ反感情を買ってしまうかもしれない。その責任が君に取れますか?」
かなりキツイ言葉を使ったが、つい正直に答えてしまう。変に彼女に希望を持たせる方が今後、周りとの違いに悩まされ、辛い思いをするだけだ。ちょうど、前世の俺がそうだったように。叶わない夢を追う程辛いことは無い。ティファレトは黙りこくって俯いたままで、心苦しくなる。
「ティファレトさん、君にもきっと何か才能があるはずです。先生にも、そのお手伝いをさせてください。」
随分とズルい答え方をしてしまった。俺的には正しい回答をしたつもりだったが、初回の授業だというのに、随分空気が重くなってしまう。パンと手を叩いて、雰囲気を切り替える。
「はい、では一日目は顔合わせという事で、以上にしたいと思います。明日から早速授業が始まるけど、時間割を貰っていない人はいませんね?では、これで終わりにしたいと思います。」
俺の初日授業は、上出来とは言えない形で終わった。
******
「で、以上が今日の報告だ。」
「ありがとう、不審な人物とかはいなかった?」
「特には。学園全体にガチガチに結界貼られてるし、問題なさそうだよ。」
「そう、それなら良かった。」
マキナに今日の報告を済ます。本来であればこの報告は他のオペレーターが担当するはずだったのだが、本人の志願によりこうなったらしい。まあ、俺もマキナのほうが慣れてるからありがたいんだが。
「にしても、アンタも初日から大変そうね。」
「まあな、学校に潜入するの何て初めてだし。子どもたちとの接し方もイマイチ合ってる自信がない。」
「自信ないなんてアンタの口から聞けるとは思ってもなかった。」
「そうか?」
「そうでしょ、アンタ仕事へのプライドと自信だけは一人前なんだから。」
「だけは余計だ。」
マキナに反論するが、とは言っても俺の脳裏にはクラスでの一幕が流れ続ける。魔法を使えないクラスに入れられた、王国魔術師志望の少女。彼女に投げかける言葉は、あれで正しかったのだろうか。
「まあ、教師は潜入任務の一環何だし、そこまで気に病む必要はないわよ。」
俺の沈黙から察してか、マキナはフォローを入れてくれる。
「ちなみに何て名前?その、王国魔術師になりたいって子。」
マキナが聞いてくる、何か調べるつもりなのだろうか。
「ティファレト=ロザリアだ。」
「ああ、よりによってロザリアか……。」
魔石での通話越しだが、マキナがため息をついたのが分かる。
「ロザリアになんかあるのか?」
「あー、アンタはこの手の知らないもんね……別に魔術師って訳でもないし。」
「何だよ、そんな有名な家なのかよ。」
「ええ、魔術師の間では、知らない人はいないくらいの魔法の名家よ。毎年のように優秀な魔術師を輩出してるし、それこそ王国魔術師にもロザリア家の人間はたくさんいる。」
「そんな名門出身がフィールズクラスね……。」
「しかも、王国魔術師志望……。絶対訳アリね。」
「とりあえず、注意して観察しておくよ。」
彼女自身が何か悪いことをするようなタイプには見えないが、今は具体的な敵も分からない。注意しておくに越したことは無いだろう。
「まあ、こっちはそんな感じだから。また何かあったら連絡するわ。」
そのまま魔石に触り、通話を切ろうとすると、あーっとマキナから声が上がる。
「なんだ。まだなんかあるのか?」
「い、いや、別に大した話じゃないんだけど……。そ、そう、どう?コーラクスは?」
「どうって言われても、皆いい所の出身みたいだし、俺みたいな庶民には何となく気後れしちまうな。」
やはり卒業生として、自分の母校は気になるものなのだろうか。彼女はどもりながら聞いてくる。
「そ、そう……あ、言っとくけど、生徒に手出しちゃダメだからね。」
「お前……常識的に考えて、俺がそんなことするわけないだろ。」
教師と生徒のラブコメなんてものは、漫画やアニメの世界だけで十分だ。第一俺、年上お姉さんがタイプだし。
「まあ、ならいいけど……。」
何か言いたそうにしているマキナの声を聴きつつ、俺が通話の切り時を見失っていたその時、俺の体は異常を検知した。これは……
「あのさ、私達、これからは中々仕事で顔を合わす機会もないし、お互い長い付き合いじゃん?だから、今度一緒にご飯でも――――」
「すまん、マキナ。緊急事態だ。」
「え、何?どうかした?」
「外で大きな魔力が検知された。敵が何か仕掛けてきたのかもしれない。ちょっと様子を見てくる。」
「あ、うん、分かった……。」
なぜか寂しそうにするマキナ。
「じゃあ現場に集中しないといけないから一旦切るぞ、また何かあったら連絡する。」
「え、その、食事は—————」
マキナが何か言っていたように聞こえたが切ってしまった。まあ今はそれより優先すべきことがあるしな、要件なら後で聞こう。一度外に出て、方向を確認する。
「……学生寮の方か。」
取り敢えず学生寮の方に向かうが俺の頭の中では依然として魔力検出のアラームがずっと鳴っている。かなり大きな魔力量に思えるが、魔法として形を成している様子は見当たらない。なんだ?爆弾でも作ってるのか……?
加速魔法によって、すぐに学生寮に到着する。壁に張り付き相手を確認すると、どうやら相手は寮の隅っこにいるらしい。呪文を詠唱している声が聞こえてくる。
「精霊よ、力なき我に身を焦がす力を与え給え……。」
(「なぜ初級炎魔法……?」)
爆弾用に魔力を込めるか、魔力量的にもっと上位の魔法を使っているのかと思ったが……。
相手が初級魔法使いなのであれば、恐らく俺でも対処可能だ。念のためすぐにマキナに連絡を取れる用意をして、相手の背後にひっそりと近づく。体格からして若い女のようだが、油断はならない。潜伏スキルを用い、後ろからガバっと口を塞ぐ。
「んーっ、ん-っ!」
直前まで俺の気配には気づいていなかったらしく、あっさりと捕まる。必死に身をよじるが、その程度で手を離す俺ではない。ポケットからライトを取り出す。さて、どんな顔をしていることやら……。
「へ?って、痛っ!」
予想外の姿に思わず虚を突かれ、振りほどかれてしまう。しかし俺の手に握られたライトは、暗闇の中で彼女の姿をしっかりと捉えていた。
「お前、こんな時間に何やってるんだ……?」
「それはこっちのセリフです、先生……」
俺の目の前にはいたのは、息を切らしながら俺を恨めしそうに睨む、ティファレト=ロザリアその人だった。
スパイ教師の学園英雄譚~天才スパイ、魔法学園の落ちこぼれクラスの担任になる~ 尾乃ミノリ @fuminated-4807
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