第7話:顔合わせ
入学式も終わり、生徒たちは各々のクラスへと向かって行く。俺も生徒たちが全員教室に向かったのを確認して、ゆっくりと教室に向かって行く。
フィールズクラスは、一般クラスからは少し離れた場所にある。向かうには、他クラスの教室の前を一度通過してから、さらに奥まった場所に存在している。
「まったく、悪趣味な配置だよな……。」
フィールズの生徒は自分のクラスに行こうと思ったら、他クラスの生徒たちの様子が嫌でも目に入る。優秀な生徒たちの間を通らざるを得ず、その「差」を嫌でも感じてしまう。反対にフィールズではないクラスの子たちは、自分たちより明確に下のクラスが存在していることに安心感を覚え、こうはなるまいと競争心を煽られる。
「今日からこのクラスの担任を務めることになった、クライズ=ファルジークだ。」
他のクラスは既にいわゆるホームルームを始めているらしく、担任らしき先生の声が聞こえてくる。ノーブルクラス、確か一番優秀な生徒が集められる特進クラス的な場所だったと、マキナも説明していた。ちょっと参考までに覗いてみるか……。
教室後方のドアの隙間から顔を出し、覗いてみる。クラス全員が背筋を伸ばし、真剣な顔で担任の話を聞いており、その緊張感ある雰囲気に少々気圧される。流石最上位クラス、右見ても左見ても真面目そうな奴しかいないな……
「知っての通り、君たちは入試の成績がトップクラスだったために、このクラス=ノーブルに配属された。しかし!」
うお、出た出た。名門にありがちな初手説教……!
「ちょっと入試の成績が良かったからと言って、鼻を高くしているとすぐに他のクラスに追いつかれてしまう!君たちも
コーラクスではクラスごとにネクタイが変わっている。一番上のクラスは赤、一番下はフィールズの白。すれ違った時でもすぐにクラスが分かるようになっている。
しっかし、どこの学校でもこういう教師はいるもんだな
そのままクライズ先生の説教めいた鼓舞?が淡々と話される。俺からしたら前世で飽きるほど聞いたゴリゴリのテンプレートだが、彼らからしたら新鮮で身が引き締まる思いなのだろう。姿勢がちっとも動く気配がない。
ちらっと覗いて帰るつもりが、思ったよりしっかり観察してしまう。すると話の区切りのタイミングで、クライズ先生とばっちり目が合う。
やべ、特に潜伏魔法もしていなかったのでバレるのは時間の問題だったが気まずく、挨拶のつもりで取り敢えずペコリと頭を下げる。すると倉伊豆先生ははぁとため息をつき、生徒の方に目線を移す。なんかコイツ感じ悪いな。
「ちなみに、うちの学園には特別なクラスが存在していることはご存じか?そう、マギナクラスだ。」
マギナクラスという言葉が出たとたんに、元々伸びていた彼らの背筋がさらにきゅっと上がる。
「彼らは文字通り、この学園で魔法を学ぶ授業がない。コーラクス魔法学園でだぞ?」
わざとらしく魔法学園を強調して読み上げるのに対して、生徒たちもハハハと、少し緊張がゆるんだように笑う。クライスもその反応に満足げな顔をする。
「君たちがいま笑っていれるように、彼らを笑う側で居続けるために、君たちはノーブルで居続けてくれ。」
それ以上は聞くに堪えず、俺はそっとドアを閉じた。
「ふぅ……。」
クライズにはああ言われたが、俺も正直同意見だった。マギナクラスには大した授業をするつもりは、今の所ない。
先ほど校長にはああいったが、所詮俺はスパイ活動のついでに教師をやっている身。折角マギナクラスに任命されたのであれば、肩肘張らずにお気楽授業をやった方が、俺も彼らも幸せじゃなかろうか。
そう思いながら、俺は一人フィールズへ歩んでいく。途中「打倒、ノーブル!」だとか、そんな声がドア越しに聞こえてくるが、無視無視。
そんなことを考えていると、フィールズクラスに到着する。大して外観は他のクラスと変わらないのが、なんともという感じだ。
室内の音に耳をそばだてるが、音はしない。てっきり騒いでるものかと思っていたが、意外だ。今日は挨拶と自己紹介だけだな、あまり真剣にやる気は無いと言っても、適当にやりすぎると潜入に支障が出かねない、ちゃんとした教師を演じよう。教師になるのは初めてだが、演じることはさんざんやってきた。俺は笑顔を作り、ドアに手をかける。ドアは、思ったよりスムーズに開いた。
教室に入ると、一斉に視線がこちらに向くのを感じる。視線の種類は様々で、期待、羨望なども交じっているが、そのほとんどが……
(「疑惑、敵意、そして諦めか……。」)
コイツが担任なのか、本当に担任なんてできるのかという疑惑と、自分たちが
そしてそもそもの諦めの感情……。ま、入学してそうそう落ちこぼれクラスに入れられるんじゃ、やる気も出るわけない。そんなことを考えつつ、俺はいつかのドラマで見たように教卓に手を突き、ゆっくり彼らの顔を見回す。
「初めまして!今年君たちの担任をさせてもらうことになりました、ショート=ミツセと申します。君たちと同じで今年が教師1年目なので、一緒に頑張っていきましょう!」
「このクラスで何を頑張るってんだよ。」
真ん中あたりに座っていた、金髪のガタイのいい男子がぽそりと言う。ノーブルクラスとは逆の意味で、物音ひとつないクラスにその声は良く響く。あいつは確か……。
「アーノルド君、今のはそういう意味かな?」
直接訪ねると、アーノルドは露骨に舌打ちをして、答える。
「魔法の使えない落ちこぼれクラスにぶち込まれて、一体何を頑張ればいいんですか、ミツセせんせい。」
今度ははっきりした声で、区切って、尋ねてくる。だが、その質問は既に想定済みだ。
「アーノルド君、君たちは自分たちの事を魔法が使えないと言ったが、それは違う。君たちは他の生徒が魔法を勉強している間、他の科目の勉強ができるんだ。魔法が世界の全てじゃない。先生だって魔法は大して使えない。だが、こうして教師にはなれた。コーラクスは魔法以外の教育も一流だ。君たちにはぜひ、ここで夢をかなえる努力をしてほしいんだ。」
そこまで言い切ってから、クラス全体を見渡し、再びアーノルドに向き直る。
「どうかな、質問に応えられているかな。」
「けっ、きれいごとばっかり言いやがって。」
アーノルドは以前文句を言っているが、先ほどよりは言葉にトゲがない。先ほどまで諦めた表情をしていた生徒も、少し表情を明るくしている。よし、ここまでは想定通りだ。そのままいい感じのことを言って、取り敢えず解散の流れにするか。
「はい」
締めの言葉に入ろうかと考えていると、教室に凛とした声が響く。見るとこんなクラスでは珍しく、背筋を正して、まっすぐ手を上げる少女がいた。肩を越す長さの銀髪に意志の強そうな目が、良くマッチしている美少女で、どこぞの高貴な一族の出身の様にの見える。まるでノーブルクラスで質問をしているかのような雰囲気を彼女は発していて、俺もとっさに名前と顔が一致しない。
「えーと、君は……。」
「ティファレトです、ティファレト=ロザリア。」
「ああ、そうだ、ティファレト君、何か質問かな?」
ティファレトは手を下ろし、なんてことないかの様に、聞いてきた。
「先生は、このクラスで夢をかなえる努力をしろと、そうおっしゃいましたよね。」
「うん、そうだね。」
ティファレトは、納得したようにうなずくと、おもむろに立ちあがった。
「私の名前はティファレト=ロザリア、夢は、王国魔術師です。」
大きくはない、しかしはっきりとした声で、彼女は宣言する。それはこの場にいる全員への、宣戦布告のようだった。
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