第10話 ファンタジーが書けない大学生

 大学生のカケルはカクヨムという小説投稿サイトに作品を発表している。ジャンルはファンタジー部門。サクッと読めるファンタジーが人気だ。しかし、カケルは家で悶々としていた。ファンタジーの長編が書けない。書かないのではなく、書けない。一週間ほど筆が進まず、設計図のプロットを書いては消して、概要を書いては、一話目のプロローグが一行も進まないでいた。


 概要はできた。だけど、小説で一番大事な一行目が書けない。メロスは激怒した。とか、雪国だったとか。大学生のカケルは、汚れた部屋で、ゲーミングチェアに座りながら、光の閉ざされた暗黒の室内で唯一パソコンのブルーライトを見つめる。


 大学生のカケルが小説を書き始めたのは高校生の時。高3の受験期で、逃避行のため、ケータイ小説を書き始めた。面白ければ何でもあり。その自由性にカケルは惹かれた。パクリパクラレのネット小説は、混迷を極めた。自分のブログで作品を発表する人もいれば、ケータイ小説に作品を発表する人もいた。


 18歳のカケルは、勉強そっちのけでケータイ小説の勉強を始めた。少ない文字数で改行の多いケータイ小説は、当時の若者の心を掴んだ。恋愛、レイプ、別れ、不幸な死。センセーショナルな少女向けの作品は売れに売れた。その中で、カケルはファンタジー学園物に興味を惹かれた。最初に読んだのは、たこやき先生の落ちこぼれの操炎者。衝撃的だった。面白い小説が無料で読めてワクワクした。その後、ファンタジージャンルの小説を読み漁った。


 大学生になったカケルはカクヨムができた即日に登録した。結果はまだまだ出ていない。ケータイ小説の没落からネット小説に移った。小説家になろう、カクヨム。大手の二大ウェブ小説の投稿サイトに登録して、いろいろな作品を読んだ。無職転生、蜘蛛ですが、なにか? 盾の勇者の成り上がり、ありふれた職業で世界最強。どれもアニメ化になったヒット作ばかり。たしか、この辺りを無茶苦茶に読んだ。


 現在。カクヨムはダンジョン配信者のブーム。大学生のカケルもダンジョン配信者のファンタジー小説を書こうとしたが、ちょっと時代が遅れている気がした。ネットの流行は移り変わりが激しく、1年前とまったく違うジャンルの小説が流行っている。異世界転生→悪役令嬢→クラス転移→追放者→ざまぁ→ダンジョン配信者→異世界恋愛、と小説家になろう、と、カクヨムではどんどん違っていく。


 小説家になろうは女性向けが席巻したようだ。ならば、PVは少ないがカクヨムで書くしかない。カケルは云々と唸った。カクヨムはリワードも用意されている。カケルは一度も500円を手にせず、どんどんリワードが消えていくので、1円も儲けたことはないが、多くの人気作者は何万円、何十万円と稼いでいる。素晴らしいことだ。


「ファンタジーが書けないならば、いっそ、他のジャンルの勉強をしようか?」


 毎日、長編を書かず、短編に逃げる日々。右往左往していたカケルは、あるジャンルの勉強を始めることにする。ミステリーだ。科学技術が発達した現代、監視カメラは無数にあり、事件を起こせばたちまち警察が飛んでくる。なのに、ミステリーはどんどん進化している。らしい。(カケルは普段ミステリーを全然読まない)この短編が純文学をうたってはいるが、ミステリーとは、純文学とは、まったく分からない。カケルは謎に不安を覚えた。ただのライトノベルではないかと不安になる。


 ミステリーを選ぶにあたって、やっぱり現代の主流作家を読んだ方が良い。東野圭吾、伊坂幸太郎、宮部みゆき、綾辻行人、辻村深月。パッと思いついたのは、この5人。しかし、カケルは5人の小説を読んだことはあっても一冊も持っていなかった。全部、ブックオフに売った。電子書籍の本棚は、マンガとエロ本に溢れていた。本棚に並んでいるのは、あとは新文芸。なろう小説を、新文芸と評するのはどうかと思うが、文芸と新文芸とライトノベルは明確に違う。カケルが目指したラノベ作家の、ライトノベルは斜陽になっている。肌感覚で分かる。王者の電撃文庫は1番を逃して、MF文庫Jにとって代わられた。まあ、どちらもKADOKAWA系列のレーベルなので、利益は同じだが、果たしてストレートエッジの三木一馬さんが抜けて、電撃文庫や電撃ワークスの逆転はあるのか、今後が見物だ。


 才能は辺境に宿る。という格言がある。ある時は同人、ある時はエロゲ、また、ある時はウェブ小説に神は宿った。今後、カケルは創作物の辺境で天才に出会うのを楽しみにしている。小説家になろうは、別名、蠱毒。玉石混交のつまった砂漠の中から砂金を探す作業に似ている。これからは、バカにされるプラットフォームからどんな神様が宿り、天才的な作品が出てくるのか、本当に楽しみだ。


 ファンタジーが書けない大学生は、やがて、ファンタジーが書けないフリーターになり、そして、ファンタジーが書けないニートになって、最終的にはファンタジーが書けない無職になる。それでもカケルは云々と唸り続ける。ファンタジーを書くために。ファンタジー小説を書くために、ミステリや純文学を勉強する。


 あれ、本末転倒ではないか!? でも、いい。小説家を目指すための経験は何でも糧になった。

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時間が余ったのでお供に小説を。SS(ショートストーリー) ハカドルサボル @naranen

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