唯くんのことを私だけが好きだと思っていたのに、唯くん管理委員会が存在していた。
今木 薪
一章 唯くん管理委員会
@唯くんと岡リカコ
001 唯くんの魅力にわたしだけが気づいている
高校二年生の春。退屈な授業の時間。今日もわたしはひとりの男子に夢中だった。
太陽の光でわずかに茶色く透きとおる、癖っ毛の黒髪。決してイケメンではないけれど、見ていると安心する優しい横顔――笑顔が良いんだけどね、今は授業中だからぼーっとしているみたい。それから、すこし丸まった猫背と、リュックが背負いづらそうなほどのなで肩。とても自然体で、トゲトゲしいところがひとつもないような存在。図形に例えるなら、まる。
彼は決してクラスで目立つ存在じゃない。成績も普通、運動神経も普通で、部活はゆるい男子バドミントン部。とくべつ面白いことをたくさん言うわけでも、いじられキャラでもない。だが、めっちゃ性格がよいことを、わたしは知っている。困っている人がいるとすすーっと近づいて声をかけるし、誰とでも分け隔てなく接する。教室の花瓶の水をかえているところを何度も見た。そしてそのすべてが、猫が昼寝でもするようにさりげなく行われる。誰にも意識されることなく、彼は優しさと癒しをばらまくような男子なのだ。
彼の名前は唯ヒナタくん。わたしは〝唯くん〟と呼んでいる。男子はだいたい苗字で呼び捨て。ちょっとチャラい男子のことは周りに合わせて下の名前で呼んだりもする。でも、彼のことは〝唯くん〟だ。唯でもヒナタくんでも、もちろんヒナタでもなく、〝唯くん〟って感じなのだ。
「唯くん、彼女とかいるのかな」
消しゴムを指先で転がしながら、そんなことをつぶやく。言いつつ、そんなわけがないことはわかっていた。唯くんのことは高二でクラスが一緒になってから数週間ずっと観察してきたが、彼女はいない。決まった友達グループもなく、男女ともにまんべんなく、当たり障りのない付き合いをしていた。かといって孤独ということもなく、放課後や週末に向けて、カラオケや買い物の予定を入れているのを何度か聞いたことがある。ちなみにわたしはまだ一回もご一緒したことがない。唯くんとカラオケいきたい……唯くんの歌声聞いてみたい……。
とにかく、唯くんに彼女はいないのだ。言葉では表現しづらい彼の魅力に気づいているのは、たぶん、わたしだけなのだ。ふふっ。思わず笑みがこぼれる。
「岡ぁ! 岡リカコ、聞いてんのかぁ!」
と、中年男性の怒声がわたしの幸せな時間をぶち壊した。国語教師の溝口先生がわたしに怒鳴っていたのだ。どうやら、音読をあてられていたらしい。慌てて立ち上がる。
「す、すいません」
「授業中にニヤけて、なぁに考えてたんだ」
「ゆい……
「馬鹿野郎がぁ!」
教室が笑い声に包まれる。唯くんも笑っていた。あぁ、そう、これこれ。この笑顔だ。ゆるく口を開いた、にへっとした笑顔。か、かわいい~。
もう我慢できない。今日、唯くんをカラオケに誘おう。
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