第三章 親愛のコンフェッション
九月二十六日。文化祭前日。
あの祝日以降、私は彼女からなるべく離れないことにした。
前から近かった距離は、今ではどこへ行くにも二人、何をするにも二人といった形に。
過去、私達はクラスメイトによって離されてしまったが、今ではクラスメイトのお陰で更に距離は近くなった。
少し、歪かもしれないけれど。
「佳奈……トイレ……」
「ん、行こっか」
彼女は一人を恐れるようになった。
プライベートの時は平気だそうだけれど、学校ではてんでダメ。
登校から下校まで、移動教室からトイレまで、基本的には私と一緒にいないと不安になってしまうようだ。
別のクラスの友達とは、ある程度の会話なら大丈夫だと言っていたことから、完全に私に依存しているわけではなさそうで安心した。
今週は文化祭の準備で授業が無い。クラスから浮いている私達は身を潜めるように、屋上階段の踊場で二人隠れていた。
「さ、戻ろっか」
「うん……」
トイレを済ませ、いざ踊場に戻ろうという時。
「お、柊。丁度良かった」
「! ……眼窩場先生」
眼窩場先生。確か三年の主任だったか、動きの癖が強いと有名だったはず。
手に持っている一冊のファイルには、見覚えのあるものが。
「柊、推薦書に関してなんだが……あぁ、梔子、すまんが先に教室に戻っててくれ。少し柊借りるぞ」
「えっ……じゃ、じゃ私も……」
「柊個人の重要な話だ。梔子は戻っていなさい」
「……直ぐ、戻るから。ほんの少しだけ、待っててくれる?」
不安な顔を見せ、泣きそうになりながらも、彼女は離れて行った。
進路なんてほぼ決まっているようなもので、書類云々は過去の私を参考にすれば大して時間は掛からない。
眼窩場先生の話を適当に相槌して、さっさと終わらせる。私の第一優先は沙織ちゃんだ。
解放された私は、急いで踊場に戻る。一人心細くしているかもしれない。
「沙織ちゃん! おまたせ――」
いない。何故。まだ戻っていない?それとも自分からどこかに?
「まさか……」
見つかった。クラスメイトに。
――連れて行かれた。
「沙織ちゃんっ!!」
教室の扉を勢い良く開く。ガシャンと盛大に音を立て、何かに向いていた注目が一斉にこちらに向く。
クラスメイトは音の主が私だと分かると、気さくに話しかけてきた。
「柊さん、お疲れ様。推薦だっけ? 眼窩場に捕まって大変だったね〜」
そんな様子に心底憤りを覚えたが、ぐっと抑え、彼女を優先する。
「……沙織ちゃんは?」
三人組の女子が私の行く手を塞ぐ。冷静ではなかった私は無理矢理押しのけて彼女の元に急ぐ。
文化祭前日だというのに、誰も準備なんてしておらず、一人の女の子を皆で囲っていた。
囲っていた。女の子を、彼女を。
ボサボサになった髪、虚ろな目をして私を見つめる彼女――梔子沙織が囲われていた。
「……かな」
「沙織ちゃん!」
床にへたり込み、私の名を呼ぶ彼女は疲れ切り、もはやあの頃の面影は感じられなかった。
人はこんなにも簡単に、壊れてしまう。
クラスメイトは、コイツらは結局、自身のストレス発散や快楽の為に、私達にいじめっ子といじめられっ子という役を当て嵌めただけだったのだ。
本心では私も、彼女もどうでもいいんだろう。
どうでもいいから、こんなことが出来る。
「ん、どこ行くの〜? 柊さん」
「……」
返す言葉は必要無い。私は黙って彼女を連れて教室を出た。
そのまま早退することを通り掛かった眼窩場先生に報告し、帰宅した。
その際、眼窩場先生は察してくれて、少し見直した。
沙織ちゃんの家まで送り、彼女の虚ろな目を見て、話す。
「沙織ちゃん、今日、泊まってってもいい?」
「……ごめんね、佳奈。私今日は一人がいい、かな」
一人にしちゃいけない気がして、そんなことを提案したけれど、断られた。
そんな彼女を前に私は、帰るしかなかった。
九月二十七日。文化祭一日目。
比較的自由時間の多い文化祭なら、彼女が傷付くこともないと思い、登校する。
いつもなら一緒に行くのだけれど、今日は朝から”先に行ってて”と連絡があり、違和感を覚えたが素直に従い登校した。
クラスで静かに待つ。クラスメイトは彼女といない私に興味は無いようで、話しかけられることはない。
そんな中、チャイムが鳴った。音ともに先生が入ってきて、出席を取る。
「木村……梔子……梔子? 梔子知ってる奴いるか?」
「え〜? 知りませ〜ん!」
彼女は来ていない。連絡も、学校にも。
「……!!」
瞬間、駆ける。遅刻した者とすれ違い、逆流し、学校ではないどこかに、彼女の家に向かう。
遅刻しようが、文化祭が始まろうが知ったこっちゃない。私の絶対は沙織ちゃんだ。
「待ってて……!」
無我夢中で走った。焦って自転車とぶつかりそうになる。それでも、走る。転んで足が痛い。それでも、走る。
だって、彼女が泣いているから。
「はぁ……はぁ……!」
沙織ちゃんの家。インターホンを鳴らす。
「……」
出ない。 玄関に手を掛けると、鍵は掛かっていない。
「開けるね」
迷いは、なかった。
「沙織ちゃんっ!!」
「あ……佳奈……」
靴を散らかし、一目散に彼女部屋に入る。
そこには制服を着て、鞄も準備し、行く準備万端な彼女がいた。
「佳奈……私ね。行こうと思ったの」
「うん……」
「行こうって、玄関の前に立ったら、怖くなって」
「……」
「行きたくないなって……」
いつも整えられた髪は全く整えられておらず、拭ききれてない涙で頬が濡れていて、ここに来たのは間違いではないと改めて思い知らされる。
……明日だ。明日、九月二十八日。私は全てを引っ繰り返す。
彼女をここまで追い込んだことを、後悔させてやる。
とにかく今は彼女のケアだ。
「うん、うん。いいんだよ。今日はさ、一緒にサボっちゃおうよ」
「……いいの?」
「いいの!」
そういうと彼女は、活発ないつもの笑顔ではなく、安心したような、安堵したような、へにゃりとした笑顔になった。
「ね、私ね。明日頑張るから。沙織ちゃんは安心していいんだよ」
「ん……? 分かった、よ?」
頭にクエスチョンマークを浮かべる彼女に、不覚にもキュンとしてしまった。なんだか小動物のようで、愛らしい。
傷付いている人にこんなことを思うのは不謹慎かもしれないが、今は享受させてもらおう。
だって明日、頑張るのだから。
九月二十八日。文化祭二日目。過去、私が沙織ちゃんの中で”終わった”日。
今日は彼女もしっかりと登校した。
形だけのホームルームが始まり、生徒会長が文化祭の開催を放送にて告げる。
私達は中庭でポテトを販売するそうで、皆教室で材料を確認している。
既に初めのシフトの人は中庭で販売を開始しているようで、多分、私と沙織ちゃんはシフトに入っていないことが察せられる。
私達は注目を浴びる前に教室を抜けた。
「どこ行こっか」
「私、クレープ食べたい!」
「クレープ……二年の三組でやってるよ。教室みたい」
昨日の彼女とは思えないくらいには、文化祭を楽しむ気満々だった。クラスメイトといなくて済むからだろうか。
どちらにしろ、今日、彼女を離すつもりはないのだけれど。
「クレープうまぁ……!」
「冷凍のやつかと思ってたのに、まさかちゃんと焼いてるなんてね」
「本格的!」
生地がモチモチしている。生クリームは甘さが控えめで、チョコソースとバナナの甘みが効いている。
う〜ん、百点。
「私、タピオカ食べたことないんだよね」
「ならここ! 一年……二組!」
まるで自分の教室のように紹介するのは、タピオカを売っている一年二組。
と言ってもスーパーに売っているタピオカミルクティー等を移し替えただけなのだが。
「……うん。モチモチ」
モチモチ……。
「ビミョー?」
「……ビミョー」
「じゃあ飲んであげる!」
渡すと美味しそうに飲む彼女に、昔に戻ったようで、なんだか安心した。
最近は私が手を引くばかりで、彼女からというのは少なくなっていた。
そんな中この文化祭では、彼女が私の手を引いてくれている。
それがどれだけ嬉しいか、沙織ちゃんは分からないんだろうな。
そうして私達は、学校にも関わらず、全力で楽しみ、全力で笑うことが出来た。
気付けば終了時刻の四時が近付いていた。
「……そろそろ戻らなきゃ」
「そう、だね」
楽しんでいた分、あの教室戻るというのは足が重くなるというものだ。
しかし戻らなければならない。
重い足を上げ、できるだけゆっくり戻ることにした。
教室に戻ると、既に集まっていて、残りは私達だけ、というところだった。
「文化祭お疲れ様。この後は後夜祭あるけど、あんまはっちゃけんなよ〜」
一言そういうと、そそくさと先生は出ていってしまった。文化祭の後片付けなので追われているのだろう。
そうして先生が出ていくと、まるで見計らったように私達に注目が集まった。
「柊さんさぁ、梔子に連れ回されて大変だったでしょ?」
「……そんなことないよ」
いつも前線に立ち私達を引き離そうとする三人組の女子。
「まさか! 無理しなくていいんだよ〜?」
「ないって」
「またまた〜」
なんなんだ、コイツらは。
もういいだろう。充分傷付けただろう。
ほっといて欲しい。
「ほら、梔子。柊さん嫌がってんじゃん、離れろよ」
「いや……私……」
明らかに顔が暗くなり、私の袖をそっと掴む。
「離れろって!」
「キャッ!」
近付いて来ていた三人組の一人が、沙織ちゃんの手首を掴み無理矢理引っ張った。
勢いよく引っ張られた沙織ちゃんはバランスを崩して転んでしまう。
「やめてよ!」
「だってコイツが離れないからじゃん。柊さんを思ってしてるんだけど?」
「誰がそんなこと頼んだのっ!!」
悪びれる様子もなく、あくまでも私の為という体は崩さない。
「沙織ちゃん!」
「ちょっと、いいところなんだからさ」
「なにが!?」
沙織ちゃんに手を出さないように制していると。
「もういい」
沙織ちゃんが呟いた。
「私が悪かったです。もう……佳奈とは……柊さんのことは……」
「違う、違うよ沙織ちゃん……! 沙織ちゃんがなんでっ!」
「ほら、謝れよ。ほらほらぁ!!」
違う。ダメだ。言っちゃいけない。それを言ったら、全てが終わってしまう。
「沙織ちゃんっ!!」
「”いじめません”」
「あ……あぁ……」
また、失敗したのか。私は。
何も、何も出来ないじゃないか。私は。
何も――
『わたしはかなとぉ!……いっしょにいたいだけなのに……』
「っ!」
「あっ柊さん……あ〜あ、どっか行っちゃった」
走れ。走れ。今の彼女は心が折れている。
ならどうするか。私が、親友が助けずに誰が助ける。
未来から来て、同じことを繰り返すのか?そんなバカじゃないだろう、私は。
ごめん、沙織ちゃん。待ってて、沙織ちゃん。
貴女の心は、私が救うから。
「失礼します!」
「君は……柊さんだったかな」
「はい。三年二組、柊佳奈です」
「しかし一体、どうして放送室に――って」
生徒会長を半ば押し出す形で放送のマイクを奪う。
「何をして――」
マイクの電源を付け、思いっきり息を吸う。
そして、
『私は! 柊佳奈は!』
『梔子沙織が好きだぁぁあぁぁあ!!!!』
「なぁ!?」
生徒会長があまりの展開に目を見開いている。が、私はそんなこと気にすることなく続ける。
『笑う顔が好き! 私の手を引いて連れ出してくれる貴女が好き! いつも私を照らしてくれる貴女が! ……沙織ちゃんが好き……』
「柊さん……貴女……泣いて……」
沙織ちゃんに届いて、この想い……!
――――――
「佳奈……!?」
「はぁ? なにこれ」
佳奈の声が聞こえる。どこか涙ぐんだ声で、必死に。
騒がしいのが苦手で、声を出すのが苦手な佳奈が声を大にして想いを伝えている。
他ならぬ、私に。
「……うんっ。私も、私も好きだよ……佳奈!」
辛い。苦しい。クラスメイトが怖い。
――だけど!
「はぁ? 意味分かんない。好きって、はぁ?」
「意味分かんなくていいよ……!私と佳奈が分かればいい!」
誰になんて言われても、誰がなんと私達を引き裂こうとも。
「私もっ! 優しく支えてくれるとこが好き! どこに行っても着いてきてくれる佳奈が好き! ……私を一人にしないでくれる貴女が、大好き……!」
こんなところで、こんな奴らに、心を折られている場合じゃない!
「私は!」『私は!』
『沙織ちゃんのことが!』「佳奈のことが!」
「『大好きだぁぁあぁぁあ!!!!』」
届いたよ、佳奈の想い。しっかりと。
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