安全圏

しき

第1話

やなぎ、休憩室のロッカーの前で何をもたもたしているんだ。来ているのなら直ぐにレジに入れ」


 無口なバイトの新人に一喝して俺はレジに戻った。叱られたやなぎは俺に挨拶も返事もせずにただ俺のあとをついてくるようにレジに入った。

 深夜のコンビニ。店員は俺とこのやなぎしかいない。こいつは高校生の時に苛められていたという噂を聞いたことがあるが、確かにこの様子では苛めのターゲットにされるだろう。うちでも元ヤンの権田ごんださんにもう目をつけられているらしい。こんな陰気な奴と二人で仕事なんてできるか不安になる。

 俺が憂鬱は理由はまだある。俺には霊感があるのだがこのコンビニの回りでは毎夜、多くの幽霊が出現する。

 まあ、その辺をただ彷徨さまよっているだけの多分無害な奴らだ。それに対処法は心得ている。認識しないこと、呼びこまないことだ。

 奴らは自分達の姿が見えていると気づくと寄って来てしまう。だからリアクションせずに無視をするのが大切。また呼び込まなければ仕切りのある所には入ってこれない。なので基本的に建物、店の中までは入って来ない。それでもたまに生きているお客様と一緒に入ってくる奴はいるが…。それでもレジカウンターの完璧な仕切りを越える奴はいない。言わばここは店員にのみ許された完全な安全圏なのだ。

 それでも見ていて気持ちの良いものではない。血まみれの首無しライダーや首が折れ曲がり顔面が潰れたサラリーマン、包丁が首に刺さったままの女など実に多種多様だ。

 このような気味の悪い奴らを見るのが嫌で夜のバイトは断っていたのだが、持病とも言える金欠がぶり返してそうも言ってられなくなった。今は唯々、己の運の無さとアプリのガチャの確率を恨むばかりだ。

 しかし、今日は俺のレジにだけ客がくるなぁ。暇そうなやなぎを見ていたらムカつきてきた。休憩室で少しサボるか。どうせこいつは誰かに言いつける勇気はないだろう。ってか俺だけレジ打ちは不公平だ。俺が休んでいる間にお前も働け。

 客がいなくなった瞬間に俺は黙って休憩室へと向かった。そんな俺をやなぎは少しも見向きもしなかった。それが俺を余計に俺を苛つかせた。


「クソ、何様だあいつは!!」


 俺は思わずやなぎのロッカーを蹴った。


 ガタン


 ロッカーが開き、中から大きなモノが落ちてきた。それを見て俺は目を疑った。それは多数の打撲痕があるやなぎの死体だった。


「おい、レジに誰もいないじゃあないか」


 客の声に反応し、俺は咄嗟にレジに戻る。そこには顔が血まみれのやなぎが笑みを浮かべながら俺を見ていた。



 あぁ、安全圏はすでに無くなっていたんだな……


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安全圏 しき @7TUYA

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