第51話 コミュ力は自信がありました


 私、武田夏枝は人付き合いは上手いという自負がある。

 そしてそれは、コミュ力の高さ故。

 しかし今、私はそれが勘違いだっと思い知らされている。


「……」

「……」


 最初に軽く自己紹介をして、彼女が郡山夕さんだということは分かった。

 ただ、分かったのはそれだけ。

 それ以降、全く会話が進んでいない。


 覚っくんとの関係を聞き出すという明確な目的はある。

 だけど、どう話を切り出せばいいのか分からない。

 きっとコミュ力お化けなら楽勝なんだろうな……


 お互いストローでジュースをすするだけで、時間が淡々と過ぎていく。


 ちなみに、入店してから郡山さんの表情は一切変わっていない。

 普通、気まずそうにしたりするものなのに余計に話しかけ辛い。


 こうなったら、普通に直接聞こう。

 いい感じに誘導尋問風に行きたかったけど、私には無理だ。

 それに早く話を振って欲しいという無言の圧を無表情ながら感じるし。


「あの~」

「はい」

「郡山さんは、覚っくんの彼女ですか?」

「――」


 は? どうしてそうなるんですか?


 そう言いたそうな虚ろな瞳を向けられる。


「いや~その~、従姉として気になったというか何というか~」

「――」


 あの、お願いですから何か答えてください。

 本当辛いので。


 心の中で平伏していると、彼女は大きくため息をつく。


「一つ確認してもいいですか?」

「――っ、いいよ!」

「武田さんは真竹くんのこと振ったんですよね?」

「えっ、まあ、はい……」


 どうしてそれを知っているのか。

 当然そんなことは聞けない。


「あのもう一ついいですか?」

「あっ、はい……」

「武田さん、真竹くんに告白しましたか?」

「えっ、いや、う~ん」


 冗談交じりとはいえ、再会した時それっぽいことは言った。

 ただ、それを含めていいものか。


 少し考えていると、それを質問に対する肯定と受け取ったのか、郡山さんは一番のため息をつき、そのままテーブルに伏せて言った。


「またこのパターンか~」


 えっ、またってどういうこと?


 私がその疑問を口にするより前に、郡山さんは語り出した。


 覚っくんが美少女に告白しまくっていたこと。

 最近それを止めたこと。

 止めた途端、急に昔振られた相手から告白されるようになったこと。


 そして最後に、自分はただの友だちで彼女ではないと付け加えてから、郡山さんは話を終える。


 何というか、色々ありすぎて情報が整理できない。

 ただ、一つだけ言えることは。


「私の従弟が色々とご迷惑をおかけしました」


 茶化すことなく、しっかり頭を下げる。


 まさか、あの覚っくんがそんな見境のないことをしていたとは、思ってもみなかった。

 きっと、郡山さん以外にも沢山の女の子に迷惑をかけたことだろう。

 従姉として本当に申し訳ない限りである。


 って、ちょっと待って……


 よくよく考えたら、私も見境なく告白された一人ってこと?


「あの」

「何かな?」

「やっぱり何か奢ってもらってもいいですか?」

「それはもう是非」

「だったら、これを」


 そう言って郡山さんは、店で一番高いと思われるステーキプレートを指さす。

 この子、見かけによらず遠慮がないのね……でも。


「じゃあ、私もそれ頼もうかな」


 覚っくんの件で何かむしゃくしゃするし、今日くらいはいいだろう。


 こうして私は時給4時間分のお金を散財するのだった。


         ※※※


 結果として郡山さんと楽しく食事を終えた私が家に戻ったのは、19時を過ぎた頃だった。

 リビングに入ると、ちょうど夕飯を食べている覚っくんと目があう。


「ただいま、覚っくん」

「おかえり。就活でもしてたんですか?」

「まあね~いや――」


 欲望のままに告白したことを思い出す。 

 何でもないと言ったら、面白くないか。


 私は意趣返しとばかりに、続ける。


「郡山さんとディナーを楽しんでおりました」

「そうか郡山さんと……は?」


 覚っくんの表情が一瞬で戸惑いのものへと変わる。


「どうして夏枝さんが郡山さんと」

「いや~、駅前で二人が仲良く出てくるのを見てつい」

「ついって……」


 少し焦らせてやろうかと思っただけなのに、覚っくんは思い切り表情を青ざめさせている。


「あの、覚っくん……? 大丈夫?」

「……」


 覚っくんの様子が明らかにおかしい。


「ね、ねえ。郡山さんとは本当に付き合ってないんだよね?」

「ああ……」

「だったら別に――」


 いいじゃないか。郡山さんなら怒ったりはしないだろう。


 そんな言葉は、覚っくんが右手を額につけて落ち込む様子を見て止まる。


 普通、従姉が友人と会っただけでこんな風になるだろうか。

 怒ることはあっても、さすがに落ち込むまではない。


 ひょっとして、覚っくん……


「夏枝さん」

「は、はい」

「今後、絶対こんなことしないでくれ」

「わ、わかりました」

「絶対にだから」

「わかりました。絶対に」


 念を押すように、覚っくんはそう言うと残っていたものを急いで食べ、颯爽とリビングを後にする。


「間違いない」


 私は確信する。

 

 覚っくんは郡山さんのことが好きなんだ。それも無意識に。


「これは前途多難だな~」


 とりあえず二人が行き詰った時、力になれるよう準備だけはしておくことにしよう。

 誰もいないリビングで、私は一人そう決意するのだった。

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