第50話 武田夏枝


 私、武田夏枝にとって従弟の覚っくんは年の近い唯一の親戚だった。


 そんな彼は一人っ子だった私にとって、本当の弟のような存在で、つい無意識のうちに近い距離でいつも接してしまっていた。


 そしてきっと、それが悪かったのだろう。


「好きです。よかったら俺と付き合ってください」


 去年。久しぶりに会った覚っくんに私は告白された。


 最初は何かの冗談かと思った。

 だけど、思いを告げた覚っくんの瞳は真剣そのもので、否が応でも私と彼は本当の姉弟ではないのだと思い知らされた。


「ごめんね、覚っくん。私、彼氏いるから」


 当然、私は断った。

 付き合っている彼氏はいたし、覚っくんは関係ないと言っていたけど、やっぱり従姉弟同士で付き合うのは違うと思ったから。


「わかりました」


 私の答えを聞いて、覚っくんは諦めたように肩を落として、すぐに私の前から立ち去った。

 過去に何度か告白を断ったことはあったけど、正直これはキツかった。

 

 それから少し月日が流れ、私は彼氏と別れた。

 別に相手が浮気をしたとか、喧嘩をしたとかではない。

 

 純粋に何かが違うと感じてしまった。ただそれだけ。


 お互い遺恨なくキレイに別れた後、私は思った。


 大学生同士の恋愛なんて大半は遊びで、所詮はこんなものだろうと。


 だけど、思い返してみて私は気付いた。


 私は彼から一度も、覚っくんが告白の時に見せたような純粋な瞳を向けられたことはなかった。そしてそれは、私の方も同じ。


 だからこそ、覚っくんが本気で私のことを好いてくれていたのだとわかった。


 私は途端に覚っくんに会いたくなった。

 

 告白を断っておいて虫が良いのはわかっている。

 それでも、私は自分の気持ちを抑えられなくて、就活のために東京に滞在することを理由に、夏の間、私は覚っくんの家に居候させてもらうことを決めた。

 正直、サバサバしている私にしては、とても勇気を振り絞った行動だったと思う。だというのに――


「気に入らない……っ!」


 ここに来るのも、ちょっと交際を誘ってみるのも、結構ドキドキしながら勇気を出してやったのに、普通にあしらわれた。


 それに、普通に青春したいって何?


 全然納得できない。

 別に彼女がいたって青春は普通にできる。


「やっぱり怪しい……」


 彼女どころか、好きな人なんていないと言っていたけど、さすがにそれはおかしい。これは要調査だ。


「そういえば、今日は生徒会だって言ってたわね」


 覚っくんの性格上、生徒会に入る時点でかなり異常だ。

 これは何か手がかりがあるに違いない。


 私は覚っくんが夕方には帰ってくると言っていたのを頼りに、彼を駅前で見張ることにした。そして――


「――っ、あれは……っ!?」


 17時半を少し過ぎた辺りで家の最寄駅から、覚っくんが出てくる。

 だけど、一人ではない。

 彼の横には、髪を一本結びにした女の子が一緒に並んで歩いている。

 それもカップルと言われたら普通に納得できるレベルで楽しそうに。


 やっぱり、私の思った通りだ。


 公然と話しているところを見るに、別に隠しているというわけではなさそう。

 つまり、覚っくんの言い方からしてまだ付き合ってはいない。となると。


「覚っくん。もしかして、自分の気持ちに気づいていない?」


 好きな人がいないと嘘を言っている可能性もあるけど、さすがにそれであんな殺伐とした態度が取れるとは思えない。

 そうなると、自分の気持ちに無自覚という線しかなくなる。


「だけど、それはそれでな~」


 恋に鈍感というなら、どうして私には普通に好きだと告白してきたのだろうか。

 やっぱり釈然としない。


「こうなったら、直接女の子のほうに聞いてみるしかないか」


 覚っくんにまた聞いたところで、曖昧な答えが返ってくるだけだ。


 私は二人に気づかれないよう、そっと彼らの後を付ける。

 そして、分かれ道で二人が別れたところで女の子に声をかける。


「あの、少しいいかな」

「えっ……」


 突然声をかけられ、女の子は困ったように眉を下げる。

 改めて近くで見ると、素朴な感じで中々いいな……


 一応言っておくけれど、私は別に覚っくんに好きな人がいても構わない。

 私は純粋に、覚っくんが幸せならそれで嬉しいのだ。


「ごめんなさい。私は武田夏枝って言って、さっきまで君が話してた覚っくんの従姉なんだ」

「――」


 あれ、何か突然表情が虚無になったような気が……


「それで真竹くんの従姉さんがどうして私に?」

「あっ、えっと覚っくんの話を少し聞きたいというか……」


 ヤバイ、冗談抜きで表情から感情が消えて行ってる。

 良い感じだと思ったけど、もしかして覚っくん結構嫌われてたり?

 これは覚っくんのためにも絶対に話を聞かないと。


「そ、そうだ。もちろんタダでとは言わないよ。ファミレスでパフェとかでどうかな?」

「……」


 う~ん、これじゃダメなのかな~。


 本気で悩んでいると、彼女は小さくため息を吐いてから言った。


「ドリンクバーだけでいいです」

「――あ、ありがとう?」


 こうして、私は何だかつかみどころのない彼女とファミレスへと向かうのだった。



 

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