第52話 今日だけ中学生はお客様


 何とか黒歴史の嵐を乗り越え、迎えた盆明け。

 ついに東謳学園オープンキャンパス当日がやって来た。


「みんな、今日が私たち新生徒会の初仕事よ。先生たち、OBOGの人たち、生徒たち、そして中学生たちが私たちを代表として見ている」


 真夏の体育館のステージ裏で、生徒会メンバーに対して会長の藤川が改めてその事実を再確認する。

 藤川の言った通り、今日は色々な人たちが新生徒会を見ている。

 気合が入るのは当然だ。


「それじゃ、最後の打ち合わせを始めましょ」


 それから今日の動きについて、俺たちは確認を始める。


 オープンキャンパスは9時から12時までの午前の部と、13時から16時までの午後の部の計6時間。

 その間、俺たち生徒会やその関係者が中心となって、中学生たちを案内することになっている。

 ただし、事前に誰がどのグループを案内するかは決めていない。

 毎年、少しヤンチャな生徒がいるため、状況に適した柔軟な人選をする必要があるからだ。


「確認事項は以上だけど、最後に何か質問はある? ないようなら、早速担当するグループを決めましょう」


 藤川が体育館の中に入ってくる中学生を見ながらそう言うと、俺たちも自然と中学生たちへと視線を移す。


 今年は約1500人の中学生から申し込みがあり、午前が700、午後800といった内訳になっている。

 対する俺たちは20弱。一人当たり、一クラス分の中学生を案内することになる。


 さて、俺はどの辺の生徒にしようかな。

 できれば、オタク系男子の集団がいい。

 女子の集団は無理だ。いやいや俺に先導される未来が容易に想像できる。


 ある程度ターゲットを決め色々見ていると、やはりというべきか、少しチャラい感じの生徒が多い集団を見つける。


「あのグループは私ね」


 すぐに藤川も気づいたのだろう。

 見つけるなり率先してそのグループの担当を引き受ける。

 

 そしてそれを機に、続々と担当グループが決まっていき。俺はというと――


「いや、あのグループは絶対無理なんだが……」


 見るからにお嬢様っぽい子たちの集団を任された。どうやら潤さんの母校らしい。

 狙っていたオタク系男子たちは、例年女子が担当することになって、あえて高校生活に夢を見させるのだとか。夢のない話だ。


 全員の担当グループが決まり、開始の定刻になると、藤川が参加者に向けて簡単に挨拶を済ませる。そして――


「皆さんの案内役を担当します。真竹です。今日はよろしくお願いします」

『よろしくお願いします!』


 挙動不審にならないように自己紹介をすると、お嬢様たちが礼儀正しく笑顔で挨拶を返してくれる。

 ただし、笑顔の裏に何を考えているのかは分からない。

 というか、よく見てみると、何だか全員の目が輝いて見えるんだが。


 まあ、言うことは聞いてくれそうだし別にいいか。


「それじゃ行こうか……」

『はい!』


 それからお嬢様たちと一緒に校内を探索する。

 そして、半分ほど見終わったところで――


「ちょっとあなたたち、いい加減にしなさい!」


 突然、藤川の怒声が聞こえてきた。


 声の方を見てみると、藤川の忠告を無視して三人の男子たちが、俺たちの方へ歩いてくる。大方、後ろにいるお嬢様目当てか。


 全員しっかり髪を染めていて、普通にチャラい。


 ただし、本当に素行の悪い生徒は最初から出禁にしているので、そのフィルターに掛かっていないということは、勉強はそれなりにできるということだ。


 ヤンチャで勉強がそこそこできるっていうのが、一番質が悪いんだよな。


 後ろに控えるお嬢様たちを守るようにして、俺はヤンチャ坊主たちの前に立ちふさがる。


「おっ、何すか先輩」

「女子かばってるとか、かっこいい~!」

「でも、陰キャが無理してるって感じ~?」


 こいつら好き勝手言いやがって……


 今すぐこいつらを張り倒したいが、今日に限って中学生こいつらはお客様。


 どんなに腹が立っても冷静に大人な対応をしなければならない。


「気は済みましたか?」

「「「はっ……?」」」


 そもそも後ろのお嬢様に用事があるんだがと、そう言いたげな顔でヤンチャ坊主たちが見てくる。


 だが、これ以上先に進むことは推奨できない。


「本当にこのまま進むんですね?」


 俺は最後の忠告とばかりに尋ねる。

 だが、当然そんな意図は伝わるはずはなく、ヤンチャ坊主たちは軽い笑みを浮かべる。


「当たり前で~す!」

「何言ってるんですか~?」

「早く避けて下さ~い!」

「そうですか……」


 俺は一度、後ろのお嬢様たちの様子を確認し、心が痛む思いで道を譲る。


 忠告はした。これで彼らのプライドがどうなっても俺は責任を取らない。


「みんな~!」

「これから俺たちと」

「遊ばな~い?」


 俺の横を通り、意気揚々とヤンチャ坊主たちがお嬢様たちの下へと行く。そして――


『普通に嫌なんですけど?』

「「「えっ――?」」」


 見事にそろったお嬢様たちの拒絶の言葉にヤンチャ坊主三人が一瞬で固まる。

 だが、余ほどストレスが溜まっていたのか、お嬢様たちは続けてヤンチャ坊主たちへ罵詈雑言を浴びせ始める。

 特に彼の自慢なのであろう金髪に近い髪色に対するものが多い。中には禿げとか薄毛対策とか聞くに堪えないものまである。


「その、俺の言ったことが分かっただろ?」


 あまりに酷い罵詈雑言の嵐に固まるヤンチャ坊主たちに、俺は引き時を与えると、三人は何も言わず涙目でこの場から走り去っていく。


 どうか、彼らが今日でイキルのを止めますように。


 俺はヤンチャ坊主たちの背中を見ながらそう願い、お嬢様たちのほうへ恐る恐る視線を向ける。


 あっさり道を明け渡した俺が、今度は彼女たちから罵詈雑言を受ける番だ。


 できればお手柔らかにと戦々恐々と待っていると、リーダー格的なお嬢様が一歩前に出る。そして――


「真竹先輩」

「何でしょうか?」

「さっきの先輩すごくクールでした!」

「――」


 えっ……?


 理解不能な第一声を発端に、お嬢様たちから数えきれないほどの賞賛の声を向けられる。その中に。


「やっぱり潤先輩の言った通りでした!」

「先輩が恋した相手は伊達じゃありませんわ!」


 こんな感じのものもあり、過剰な高評価の理由が潤さんに関係していることだけはわかった。

 きっと、自己紹介の時に俺を見る目が輝いて見えたのも同じ理由だと思う。


「それじゃ、残りの半分を見て回ろうか」

『はい!』


 彼女たちから不興を買わずに安堵しながらそう言って、俺は彼女たちとの学校見学を再開するのだった。

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