第48話 黒歴史がばれるその瞬間


 海水浴に行ってから数日後。


「真竹くん、酷いじゃないか……」


 オープンキャンパスのための打ち合わせが終わるなり、引継ぎ担当の八百三先輩が恨めしそうな視線を俺に向けてくる。


 打ち合わせが始まる前に潤さんが海でのことを自慢げに先輩に話したせいで、どうして海水浴に誘わなかったのかと拗ねているのだ。


「許してくださいよ。先輩は受験生なんですから」

「受験なんて関係ない」

「いや、関係大ありです。海に誘ったせいで先輩の成績が落ちたとか、俺責任取れませんよ」

「――っ、責任? いや、取る方法ならあるよ――」

「とにかく、今は受験を優先してください。夏は受験生の天王山なんですから」

「――っ、私だって海、行きたかったのに……」


 それから拗ねた先輩がウジウジ小言を言っていると、どういう気まぐれか、藤川が近づいて来る。


「八百三先輩、さっきの話に関しては彼に同意見です」

「――っ、絢瀬。君はいつの間に彼の味方に」

「味方じゃありません。私はただ先輩があなたと遊んで大切な受験に失敗して欲しくないだけです」


 で、ですよね……


「真竹覚士」

「はい」

「これからも先輩に余計なことはしないように」

「ぜ、善処します……」

「ちょっと真竹くん……っ!?」

「それじゃ先輩、彼のことは置いておいて、約束してた文化祭の引き継ぎを始めましょうか」


 そう言って藤川が先輩の制服の襟を後ろから掴む。


「待ってくれ絢瀬、まだ私は真竹くんと話した――」

「始めましょうか?」

「――はい……」


 恐ろしい笑顔に言葉を失った先輩は、藤川にどこかへ連れて行かれてしまう。

 生徒会選挙で俺に肩入れした一件以来、藤川の八百三先輩に対する扱いはこんな風に雑だ。

 そのことに少しだけ罪悪感を覚えながら帰り支度を進めていると。


「大変そうだね、受験生」

「覚士さん、あの女に変なこと言われませんでしたか?」


 先に支度を終えた郡山さんと潤さんがやって来る。

 生徒会があった日は大抵この二人が来てそのまま一緒に帰る流れだ。


 俺の方も支度を終え、いつも通り三人で校門を出る。


 相変わらず、世間は夏真っ盛りで日差しは強い。


 だが、今日の打ち合わせでオープンキャンパスが近づいていることを実感し、嫌でも気づかされてしまう。


「もうすぐ夏休みも半分終わるんだよな」

「確かに、あっという間だよね」


 オープンキャンパスはちょうど夏休みの後半が始まってすぐだ。


「覚士さん、お盆はどうなさりますの?」

「ん、ああお盆か……」

「親の実家とかに帰ったりしないの?」

「う、う~ん~?」


 例年なら両親の実家に顔を出すのだが、今年は顔を出したくない事情があるので正直微妙だ。


「違和感のある反応ですわね」

「うん」


 どうやら表情に出てしまっていたらしく、郡山さんがいつも通りのフラットな表情でさらっと言った。


「ねえ真竹くん。もしかしてまた告白がらみだったり?」

「――」


 なっ……っ!?

 ちょっと郡山さん何勝手に人の事情察しちゃってんの!?


 エスパーとしか思えない鋭い問いに、思わず声を失ってしまう。


 そして、そんな反応を見せてしまえば。


「覚士さん、詳しく」


 当然の追求である。


「いや、今回はさすがにちょっと」


 みんなに知られるわけにはいかない。

 あの告白は、俺が今までした中で一番の黒歴史なのだから。


「怪しいですわ。そう思いますわよね、郡山さん」

「えっ? まあ私は何となく想像がつくから聞かなくていいかな……」


 あれ、今なんて言った?


 咄嗟に郡山さんの表情をうかがうと、瞳が虚無に染まっている。


 あっ、これ本当に全部察してるやつだ。


 今回に関しては、すべて見破られてしまうのは本当に恥ずかしい。冗談抜きで顔から火が出るレベルだ。


「郡山さん、わかっているのだった教えてください!」

「えっと、それは真竹くんの尊厳に関わると言うか、何というか……」

「悪い二人とも、少し大事な用事を思い出したから先に帰るわ」

「「えっ?」」


 一秒でも早くこの場から離脱するため、早口にそう言ってから俺はその場から走り出した。


         ※※※


 運よく郡山さんたちより一本早い電車に乗ることができた俺は、塾へは行かずにそのまま帰路についた。


 あの流れでまた塾で郡山さんと顔を合わせるのは気まず過ぎる。

 というか、どうしてあんな簡単にわかったんだ?

 郡山さん、察し良すぎるだろ……


 まあ、こう立て続けに今まで告って振られた美少女たちに関する問題が起きれば、そう疑いたくなるのも無理はない。


 久しぶりに落ち込んだ状態で家に着き、力なく玄関の扉を開ける。


 すると、見慣れない靴が玄関に置いてある。僅かにかかとの部分が浮いているので女性ものだろう。

 

 一体誰だろうか?


 さっきの会話の流れから一人の女性が思い浮かぶ。


「いや、それはさすがにないな」


 いくら何でも時期的にあり得ない。


 安心して俺は階段を上り自分の部屋へと向かう。そして――


「あっ、っくん久しぶり!」

「はっ……?」


 去年、告って振られた従姉が自分のベッドでくつろいでいるのを見て、俺は絶望するのだった。



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