第二部 夏休み編

第41話 理想の夏とはほど遠い


 どうもご無沙汰しております。真竹覚士です。


 一学期が終わり、ついに高校二年の夏がやってきました。


 ここで一つ今夏の目標というべきか、今年の夏はこういう過ごし方ができたらというのをお話しさせて頂きます。


 まず今夏のスローガンですが『節度がある健全な高校生らしい夏休み』です。

 具体的には、夏期講習といった受験に向けた準備や、郡山さんを始めとする友人たちとの交流、そしてアルバイトなどなど。

 とにかく普通の健全な高校生らしいことをやって参りたい所存です。

  

 ちなみに、参考までに昨夏のスローガンは『今夏こそ美少女と付き合いたい(2年連続)』で、具体的にはとにかく美少女に好かれるためにひたすら一人で自己研鑽を積むことでした。


 と、おふざけはこの辺りにしておいて――


「よし、行くか!」


 夏休みが始まってから三日が経ち、時刻は朝の9時を少し過ぎたところ。


 俺は玄関の前で気合を入れる。

 理由は、今日がアルバイト初日だから。

 勤務先はギャルこと早坂心亜さんから紹介された喫茶店で、何でも彼女の親戚がやっている店だとか。


 人生初の就労を前に、緊張と高揚感の二つが入り混じった感覚を覚えながら俺は玄関の扉を開く。すると――


「あっ、覚士! おはよう!」


 恐らく今から夏期講習の授業があるのだろう。

 偶然同じタイミングで家を出てきた凪咲と鉢合わせる。


 夏の暑さの中、一人で歩くのは辛いところがあるので運がいい。


 自然な流れで二人並んで歩き出すと、早速凪咲が尋ねてくる。


「確か今日からだったよね、アルバイト」


 今回のアルバイトの話をしたのが、三日前にファミレスでやった一学期のお疲れ様会だったので、このことは当然凪咲も知っている。


「いいな~、私もやれたらな~」

「まあ、定員があるのは仕方がないだろう」


 アルバイトの話を聞いて凪咲と潤さんも反応したのだが、定員は二人で一つはすでに埋まってしまっているとのことで、泣く泣く俺に譲ってくれたのだ。


「ちなみに、もう一人の子ってどんな子なのかな?」

「確か同じ高校生って話だ」

「ふ~ん、それって女子?」

「たぶんそうじゃないか? 心亜が誘ったって言ってたし」

「へ~、心亜の知り合いか~何かちょっと嫌な予感がするんだけど……」

「えっ?」

「あっ、何でもない!」


 何でもないって、今普通に嫌な予感とか言ってたよな!


「それより、アルバイトに慣れてきたら潤さんと遊びに行くね!」

「おっ、おう……」


 完全に誤魔化されてしまった……って、ん?


「潤さんと?」

「そう、潤さんと。何か変?」

「いや、別に……」


 この二人、そんなに仲良かったっけ?


 少なくとも、昼休みに昼食を一緒に食べている時は、いつも言い合っていたような気がするんだが。

 喧嘩するほど仲がいいってやつか?

 まあ、どっちにしろだな。


「二人に見られて恥ずかしくないように頑張るよ」

「うん、頑張って――あっ!」


 アルバイトの話が一区切りしたところで、凪咲が声を上げる。

 気づけば、いつもの分かれ道に来ていた。


「郡山さん!」


 どうやら凪咲は郡山さんと待ち合わせしていたようだ。

 駆け足で彼女のもとへ向かう凪咲に続いて、俺も合流する。


「おはよう、大日南さん……と、真竹くん?」

「ああ、ちょうど家が出るタイミングが同じだったんだよ」

「覚士、今日がアルバイト初日なの」

「あっ、そっか。あれ今日からなんだ」


 郡山さんは柔らかい笑みを俺に向ける。


「頑張ってね、アルバイト」

「おっ、おう……」

「ちょっと、私の時と反応が違うんだけど……」


 凪咲の場合は、途中で完全に郡山さんのほうに行ってたような……


 と、そんな無粋な突っこみはせずに、そのまま俺は話題を夏期講習のことへと変えるのだった。


         ※※※


 塾の前で郡山さんと凪咲と別れるとそのまま駅へと向かい、勤務先の喫茶店がある隣街まで移動する。

 そして、歩くこと約5分で前回訪れた抹茶カフェに似たこじんまりとした風貌の店の前にたどり着く。


「ここだな」


 店名には『はやさか』と書かれていて、木目調の扉には開店前を表す準備中と書かれた立て札がかけられている。


 よし……っ!


 アルバイトの日はそのまま扉から入って欲しいとのことだったので、緊張感と共に扉を開ける。すると――


「あっ、覚士っち!」


 カウンターで食器の手入れをしていた心亜に出迎えられた。そして――


「えっ、何で先輩がここに……」


 心亜とは反対側でテーブルを拭いていた一人の美少女が、悲劇のヒロインのように悲壮感を漂わせる。


「あれ、もしかして覚士っち。梓と知り合いだったり……?」

「知り合いというか、何というか……」


 俺の様子を見て何かを悟ったのか、心亜は「あっ、あ~ね……」といって気まずげな反応を見せる。

 

 たぶん、心亜の直感は当たっている。

 

 なぜなら、彼女は――滝梓たきあずさは俺がかつて告白した美少女の一人だから。


「はあ、最悪……」


 滝さんが盛大にため息をつく。


 それは俺も同感だ。


 せっかく、普通の節度ある健全な夏を送れると思ったのにな……


 どうやら、今年の夏は理想の夏とはほど遠いものになりそうだ。

 




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