第39話 幼馴染とお嬢様と生徒会長


 期末テストが終わり迎えた土曜日。


「はぁぁ……」


 私、潤怜奈は学校近郊にあるファミレスの一角で重たくため息をつく。


 すると、目の前に座る大日南凪咲があからさまに嫌な顔をする。


「せっかくの祝勝会なのに、いきなりため息つかないでよ」


 そう、今日は生徒会選挙で見事に当選を果たした私を祝うための会。


 ただし、参加者は私と大日南凪咲の二人だけ。


「そんなに覚士がいないのが嫌なの?」

「べ、別にそういうわけでは……」

「本当に~?」

「ほ、本当ですわ……っ!」


 もちろん、覚士さんと一緒に勝利の喜びを分かち合いたいという気持ちはある。


 けれど、選挙において私と覚士さんは敵同士だった。


 だから、この場に覚士さんがいないこと自体は素直に受け入れている。


「だったら、さっきのため息は何なの?」

「そ、それは……」


 果たして、私と同じく彼に好意を寄せる大日南凪咲に言っていいものか……


「言葉に詰まるってことは、どうせ覚士のことでしょ」

「――っ」

「本当にわかりやすいんだから。で、覚士がどうしたの?」


 仕方ありませんわ。


 このまま一人で抱え込んでいても良い方向にはいかないでしょうから。


「じ、実は――」


 それから私は、選挙の投開票の時、郡山さんの当選が決まった瞬間の覚士さんに違和感を覚えたこと。

 そしてそのことが今日までずっと頭から離れなくて、ついでにテストに集中できなかったことを語った。


「そう。そんなことが……」

「で、あなたはどう思いますの?」

「とりあえず、テストの結果はご愁傷様」

「ひ、酷いですわ!」


 まだ返却されていないのに!


「まあ冗談はこのくらいにして、正直ついに来たかって感じかな」

「ついにとは、一体どういう……」

「それはあなたにも見当が付くんじゃない?」


 確かに、何も考えがないわけではない。

 むしろ、ほとんど正解と断言してもいい答えは既に持っている。

 それでも私は、それを認めたくなくて大日南凪咲に強がって見せる。


「もったいぶらないで、早く教えてください!」

「――わかった」


 それから大日南凪咲は、少しだけ悲しそうな表情で言った。


「覚士はきっと郡山さんに恋をしたんだよ」


 ――っ!?


 ああ、やっぱりそうだったのか。


 自分の答えと大日南凪咲の答えが一致したことで、ようやく私はその事実を受け入れる。そして――


「今日はここでお開きにしましょう」

「うん、そうしよう」


 いくら私でも「こうなったらやけ食いですわ」と気を紛らわせることはできなかった。

 私の言葉に優しく大日南凪咲は頷くと、まだドリンクバーしか記入されていない伝票を持ってレジへと向かい、会計を済ませて店を出る。


 それからしばらく、私と大日南凪咲の間に沈黙の時間が続いた。

 時折彼女の方は何か声をかけようとする素振りを見せていたけれど、私の方がその気になれなかったのだ。


 恐らく、このまま駅で別れる時まで会話はないだろう。

 せっかく私の当選を祝うために来てくれたのに、本当に申し訳ない。


 時間が過ぎるのに比例して気分が落ちていくのを感じながら歩いていると、突然前を歩く大日南凪咲が立ち止まった。


「どうしたんですの?」

「ねえ、あれって……」


 彼女に言われるがまま同じ方向を見ると、そこには物陰に隠れるように移動する一人の女子の姿があった。

 それも私たちの良く知る。


「八百三椿ですわね……生徒会長の」

「やっぱり、そうだよね……」


 あの女、一体こんな街中で何をやっているのですの……


 心の中で呆れると同時に、何をしているのかを考える。


 現状、私の知る限りあの女があんな奇行にでるのは、覚士さんに関係することだけ……つまり――


「あの女の後を追いますわよ」

「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ!」


 詳しい説明をしないまま、私はあの女の下へと向かい。


「八百三椿、あなたこんなところで何をしていますの?」


 あの女の肩を掴みながら、そう問いただすのだった。


         ※※※


 生徒会役員選挙に期末テスト。


 学園生活における大イベントを立て続けに捌いたということもあって、私、八百三椿は疲れていた。


 もうすぐ夏休み、受験生にとっては力の入れどころ。

 それを前にして、疲労を残したままというのはいかがなものか。


 気分転換が必要だと考え、外出したのが運の尽きだった。


 う、嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……っ!?


 街中を歩いていると、偶然目にしてまった。


 真竹くんと郡山さんがホテルから一緒に出てくるところを。


「ちょっと、ホテルって」

「まさかラブが付く方ですの!?」


 もちろん違う、グランドと付く方だ。

 ちなみに以前、親戚付き合いで利用したことがあるが、中々に充実したサービスだった。と、そんな感想は別にいいとして――


「つまり、先輩はホテルから出てきた二人が気になって後を付けていると?」

「ああ、そうだ」


 大日南さんの要約に頷いて見せると、潤さんが白い目で見てくる。


「ストーカーですわ」

「――っ、そ、それは……っ!?」


 確かに否定はできない。だが――


「なら、潤さんが私と同じ立場だったら、そのまま見過ごしたのかい?」

「もちろん、尾行しますわ!」

「なら君もストーカーじゃないか……っ!」


 それも即答でだ。

 私はこれでも結構悩んだというのに……


「ちょっと二人とも、茶番はそれくらいにしないと覚士たちを見失うわよ」


 大日南さん、何か自分は違うみたいな雰囲気を出しているが、今の発言は完全にストーカーのそれだからね?


 そう言いたいのを我慢しながらも、私は真竹くんたちの尾行を続けるのだった。


         ※※※


 八百三先輩と合流してから、覚士たちは本屋と紅茶の専門店に立ち寄っただけで、その後はすぐに自宅の最寄り駅に移動。

 そして、いつもの分かれ道で解散。時刻はまだ15時を少し回ったところ。


「実に健全なデートだったな」

「「ですね(わね)……」」


 八百三先輩の第一声に、私、大日南凪咲は潤さんと一緒に同意を示す。


 本当に八百三先輩の言う通り覚士たちのデートは健全そのものだった。


「以前、真竹くんは郡山さんをただの友達と言っていたが。あの二人、本当に何もないのだろうか――」

「「あるに決まってます(わ)……っ!」」

「――っ、や、やっぱりそうか……」


 今まで恋愛とは無縁だった八百三先輩にはわからないかもしれないが、今まで友人の色々な色恋沙汰を見てきた私にはわかる。


 これは間違いなく、付き合い始める寸前の状態。


 このまま何もしなければ、早くて夏休み中、遅くても10月の文化祭には関係が進展してしまうだろう。


「すまない、私は帰らせてもらう」


 余ほどショックだったのか、ゆっくりとした足取りで八百三先輩は元来た道へと引き返し始める。


 そして、ショックだったのは当然潤さんも同じで、彼女はいつにも増して落ち込んだ様子で呟く。


「私は、一体どうしたら……」


 今まで一緒に色々やって来た私にはわかる、潤さんは私とは違う。

 彼女はとにかく自分の恋に真っ直ぐだ。私みたいに色々と回りくどいことはしない。

 正直、もし私が同じように素直に覚士と接していられたらと、時折嫉妬してしまいそうになるほどに。


 だから、私は彼女を一人のライバルとして認めているし、彼女が覚士と結ばれたのなら私は心から祝福できると思っている。

 というか、彼女が転校してきたときから、私は心のどこかで彼女には勝てないのだろうと思っていた。


「どうやら、ここが私の引き時みたいね」

「大日南凪咲……?」


 私にとって当然郡山さんも大切な友人の一人だ。覚士が彼女を選んだのなら、もちろん祝福する。

 だけど、郡山さんと潤さん、どちらの恋を応援するかと言われれば、私は潤さんを選ぶ。


「これから私は、潤さん、あなたに協力するわ」

「ちょっと、何を言っていますの?」

「わからない? このままじゃ、何も変わらないって」


 私たちがそれぞれ別々にアプローチしたところで、きっとそれは届かない。


「覚士は今、本気の恋をしてる。私たちは――いいえ、潤さんはそんな人の心を変えないといけないの」


 そしてそれが、どれだけ難しいことなのか、潤さんだってわかっているはずだ。


「お願い、私にその手伝いをさせて?」

「――いっ、嫌ですわ!」

「どうして? 私じゃ力不足?」

「違いますわ! だって、それはつまりあなたが覚士さんを諦めるって――」

「そうよ、私は覚士のことを諦めるの」

「――っ」


 潤さんの表情が歪む。本当に優しい子だ。

 だからこそ、ここではっきり伝えなければいけない。


「潤さん、答えて。私が協力してもいいのか、いけないのか」

「そ、そんな選択――そうですわ、私もあなたに協力を――」

「潤さん!」

「――っ!?」

「お願い、お願いだから私の問いに答えて……」


 ごめんなさい、潤さん。

 こんなの私の我がままだって、覚士への恋からの逃避だってわかってる。

 だけど、これ以上覚士への気持ちを長引かせることは辛くてできないの。だから――


「お願い、覚士のこと諦めさせて?」


 震える声で、気持ちを伝える。すると――


「わかりましたわ。ですが、その前に一つ」

「何?」

「仮に私が覚士さんと結ばれても、後悔はありませんのね?」

「……」

「どうですの?」


 試すのようなその口ぶりに、僅かに私に期待しているような思いを感じる。

 だけど、ごめんなさい。


「――後悔なんてしない絶対に」


 私は本気だ。


「――っ、ほ、本気です、のね……」


 ちょっと、ここに来てしおらしくなるの止めてよ。

 まったく、このお嬢様は。

 仕方なく、私は早速彼女のために一芝居打つことに決める。


「そういえば協力する条件を一つ言い忘れていたわ」

「な、何ですの……?」

「絶対に勝つこと。覚士を取られたら絶対に許さないから」

「――っ!?」


 はあ、ようやく目の色が変わった。


「わかりましたわ。私、絶対に負けませんわ」


 どこまでも真っ直ぐで覚悟の籠ったその宣言に思う。


 それでこそ、私が認めた潤怜奈だ。


「それじゃ、早速作戦会議をしましょう。夏休みは待ってくれないんだから。場所は覚士たちとこの前行ったファミレスでいい?」

「もちろんですわ。ついでに、さっきできなかった祝勝会の続きをするのですわ!」


 こうして、私は本当の意味で潤怜奈の推薦人となるのだった。

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