第38話 感謝の形
待ち合わせ場所から電車と徒歩で移動すること約30分。
「ここだよ」
「おお、これは……」
郡山さんに連れてこられたのは立派なホテルだった。
当然、ラブの付く方ではなくグランドと付くほうのだ。
そして、ここまで来くれば流石に郡山さんのやりたかったことの見当はつく。
あれは確か、以前抹茶カフェに二人で行った時。
移動中に行ってみたい場所として、このホテルでやっているスイーツビュッフェを挙げていた。
ただ、場所が場所だけに、一人で来れるような場所ではなかったので、行けずにいたのだが……
「もしかして、あの時の話を覚えてくれてたのか?」
「うん、来たかったんでしょ。ここのスイーツビュッフェ」
まさか秘密と言ってたのは、このためだったとは。
郡山さんのサプライズに心が温かくなる。とはいえ――
事前に言ってくれれば、もう少しましな服装をだな……
場所が場所だけに、やはりそれなりの身だしなみというものはある。
現に郡山さんがしっかりとキメているのも、そのことが大きいはずだ。
まあ、幸いにも落ち着いた感じにまとめていたおかげで、それほど店内で浮くということはないと思うが……
「どうしたの、真竹くん?」
「――っ、い、いや何でもない」
そうだ、そんな細かいことを気にする暇があったら、少しでも郡山さんの気遣いに応えないとな。
「確かここ、予約制だったよな。時間は大丈夫なのか?」
「うん、後10分くらい余裕はあるよ」
「なら、とりあえず入って待とうか」
「そうだね」
ホテルの中に入ると、いきなり豪勢なエントランスが広がり、その光景に圧倒されていると従業員の人から用件を尋ねられる。
用件を伝えると、流石はお高いホテルの従業員というべきか、ご丁寧にエレベーターまで案内される。
どうやら、予約時間前でも問題なく入ることができるらしい。
従業員の方に言われた通りのフロアでエレベーターを降りると、ビュッフェ会場の案内標識に従ってさらに移動すると――
「お、おおお……っ!?」
スイーツが輝いて見える……っ!
会場に着いた瞬間、宝石箱のように綺麗に並べられたケーキを始めとするスイーツたちに、恥ずかしながら感嘆の声が漏れる。
そしてそんな俺とは対照的に、郡山さんはウェイトレスの人と予約の確認を始め、それが終わると席へと案内される。
制限時間は90分だそうだ。
「さて、それじゃ早速取りに……」
「ちょっと待って」
「どうしたんだ?」
「まずは作戦を立てないと」
「作戦……? いや、そうだな」
さっきざっと見た感じ、スイーツの種類は30は優にあった。
どんなに二人でシェアという形を取ったとしても、すべてを味わうことはできないだろう。
郡山さんの言う通り、俺たちはまず何から攻めるのかを決めてから、それぞれお目当てのスイーツを取りに行くと方針を固める。それにしても……
「少し手慣れた感じだな。もしかして、こういう所に何度か来たことあるのか?」
何というか、ここに来るまで内心はしゃぎっぱなしの俺に比べ、郡山さん終始落ち着いているように見える。
「ううん。ただ、下調べは沢山したよ。だって、一緒に楽しみたいから」
「郡山さん……」
フラットに告げられた問いへの回答に、またしても心が温かくなる。
本当に今日は郡山さんには感激させられ続けているな……
「何ボケッとしてるの、早く行こ」
「――っ、お、おう!」
それから俺たちは、できる限りかつ無理のない範囲で多くのスイーツを楽しむ。
やはりお高いホテルのビュッフェということもあって、本当にこれ食べ放題なのと疑いたくなるものばかりで、気づけば制限時間終了まで5分を切っていた。
すでに満腹に近い状態になっていた俺たちは、新たに何かを取りに行くということはせず、事前に入れておいた紅茶で最後の時間を楽しむことに。
「今日は誘ってくれてありがとうな、郡山さん」
「うんん、私も来てみたかったし。それに――」
「それに……?」
「この前の選挙のお礼、まだちゃんとできてなかったから」
「――っ」
そうか、サプライズだったのはそういうことだったのか。
ようやく郡山さんの行動に納得がいったところで、彼女は小さく頭を下げる。
「真竹くん。改めてありがとう。真竹くんのおかげで生徒会役員になれました」
そう、今回のビュッフェへのお誘いは郡山さんなりの俺への感謝の形だったということだ。
そんな彼女の純粋な思いを、俺はデートだ何だと色々と考えて……
自分の情けなさに辟易しながらも、俺は彼女に頭を上げるよう言ってから続ける。
「別に俺は大したことはしてないさ。当選したのは、郡山さんが努力したからだ」
「真竹くん……」
嘘でも謙遜でもなく、今回の当選は郡山さん自身が努力した結果だ。
「それに、本当に大変なのは生徒会に入ってからだ」
お試しで生徒会室に入り浸っていた時も、結構ハードなんだなと感じたことを覚えている。
それに、体育祭や文化祭の運営が加わるのだから忙しいなんてものではないだろう。
「だから、改めてこれからよろしくな、郡山さん」
「――っ、うん、よろしくね。真竹くん」
それから残った紅茶を飲み干してから、俺たちは素敵なビュッフェ会場を後にすることになった。
ちなみに、料金はすべて郡山さん持ちになった。
本当は全額俺が払おうとしたのだが、却下。
そして、せめて自分の分はという願いも、たまに見せる虚無な瞳を向けられ一瞬で砕け散った。
今度、今回と同等かそれ以上のお返しを必ずしようと思う。
「さて、ちょうどお昼過ぎたくらいだけど。これからどうする?」
「う~ん」
ホテルの外に出て今後について尋ねると、郡山さんは少しだけ考えてから答える。
「せっかくだし、参考書でも見に行こうかな~」
「おっ、いいなそれ」
この前は八百三先輩の下へ行ったせいで、一緒に選べなかったしな。
こうして俺と郡山さんのお出かけは、もう少しだけ続くことになるのだった。
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