第36話 郡山夕


 平凡であること――それは私、郡山夕にとっては身近なことだった。


 昔から何をするにしても上には必ず誰かがいて、どんなに努力を重ねても決して一番にはなれない。


 そんなことが何度か続けば嫌でも実感してしまう。


 私には才能がない、私は平凡なのだと。


 幼くしてその現実を突きつけられた私は、夢を追うことを諦め、何もない無難で淡々とした日々を送るようになった。


 特に何かを頑張ることなく、周囲に置いて行かれない程度に勉強や部活を頑張り、問題を起こさないように生きる。

 ただ、それを徹底するだけの毎日。


 そしてきっと、それはこの先も変わることはないと思っていた。だけど――


『あっ、それ間違ってる』


 何の変哲もなく、いつも通り淡々と終わるはずだったある日。


 変わらないと思っていた私の人生は、一人の男の子から声を掛けられたことで大きく変わることになった。


 その子の名前は真竹覚士。


 私と同じ東謳学園に通う同級生という点以外、何も接点のない普通の男子生徒だった。


 勉強を教えてもらったことをきっかけに、私は彼と話すようになった。


 そして仲良くなって少し経った頃、彼は私と少し似ていると思った。


 私と同じで見た目は普通だし、帰宅部だし、何より諦めのようなものを持って日々を過ごしていたように見えたから。


 だけど、月日が過ぎていくにつれて私の第一印象は大きく間違っているとわかった。いや、間違ってるなんてレベルではない。


 はっきり言って、彼は私と真逆の人間だった。


 可愛い子と付き合いたいという理由だけで、三年間振られても告白し続けたこと。


 願いが叶わなかった後、すぐに気持ちを切り替えて、違うことに熱を捧げるようになったこと。


 正直、前者はまったく引かなかったと言えば嘘になるけど、それでも一つの目標に向かって努力し続けた事実は変わらない。


 後者に関しては素直に尊敬した。


 三年間も努力してダメだったら、すぐに気持ち切り替えて別のことに熱を捧げるなんて、そう簡単にできることではない。

 少なくとも、私には絶対に無理だ。


 だから、彼は私とは違う。


 彼は努力が報われなくても、腐ることなく違う道へ向かって進んだ。


 対する私は、そうしなかった。

 努力してもきっとダメだ、だったら最初からしなくていい、普通に無難に生きられればそれでいいと、そう思ってしまった。


 そして、そんな自分とは真逆の彼と一緒にいればいるほど、


 本当にこのままでいいの?

 変われるのなら変わりたい!


 そんな心の声が大きくなっていき――


 生徒会に興味がある。


 ある日、私は無意識のうちに彼にそう言っていた。普段なら、絶対にそんなことは言わないはずなのに。


 きっと、心の奥底では変わるきっかけを彼に与えて欲しかったんだと思う。


 実際、彼は私の背中を押してくれた。


 それも、八百三先輩を始めとする現役生徒会役員の人たちに協力してもらえるように頼んだり、さらには一緒に立候補まで。


 彼の行動に応えるために、私は努力した。


 そして、開票が始まり、潤さんと彼の名前が呼ばれた後、6人目の当選者が自分ではないと知った瞬間。


 今までにない緊張と恐怖で、身体が震え出した。


 今回ダメだったら、今までのように私が落ち込むだけでは済まされない。

 私の結果次第で、協力してくれた皆を傷つけることになってしまう。


 隣に座っている彼のほうを今すぐにでも見たい。


 郡山さんなら大丈夫だと、そう言って欲しい。


 だけど、それはできなかった。


 そんなことをすれば、彼のことを必ず困らせてしまうとわかっていたから。


 だから、私は心に渦巻く緊張と不安を必死に一人で耐え続けた。何時間にも感じられる数分の間。そして―― 


『開票率100%、すべての票の開票が終了しました最後の当選者を発表します。当選を果たしたのは――郡山夕さんです』


 選挙管理委員から、最後の当選者として自分の名前が呼ばれた瞬間。


 喜びや安心感といった温かい感情が一気に溢れ出し、思わず嗚咽が漏れそうになって両手で口を隠し、溢れそうになる涙を必死に抑える。


 すると、隣ですぐに彼がおめでとうと声をかけてくれる。


 本当は余り情けない所を見ないで欲しい。だって、普通に恥ずかしい。だけど――


『うん、ありがとう……』


 初めて努力が報われた喜びに、恐怖が去った安心感。


 今まで経験したことのないそんな感情に向き合うのに手一杯で、私はそんな相槌しか打つことができなかった。


 今度、彼にはちゃんとした形で今回のことへの感謝を伝えようと思う。


         ※※※


 生徒会役員選挙が終わってから二週間が経ち、迎えた休日の昼下がり。


 私は普段よりも少しお洒落をした状態で、いつも真竹くんたちと別れる分かれ道へとやって来た。


 そして、綺麗に晴れ渡った青空を眺めること数分――


「わ、悪い。待たせたか?」


 若干、焦ったような表情の彼が来たところで、私は頬を僅かに緩めて答える。


「うんん、今来たところだよ」


 今日、私は彼と二人きりで出かけることにした。


 ちゃんと伝えることができていなかった、選挙の件での感謝を伝えるために。


 





 

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