第35話 フラグが立つその瞬間


 立候補者全員分の演説が終わると、二千人以上の生徒による投票が始まった。


 人数の関係上、生徒は投票を済ませると、各自それぞれ自分の所属するクラスへと戻って行くことになっている。


 俺たち立候補者は、次第に生徒たちの数が減っていく光景をステージ脇から見守りながら、全員が投票し終わるのを待つ。


 そして生徒全員が投票を終了したところで、体育館には立候補者と教師陣、選挙管理委員が数人残っただけになった。


 そこで選挙管理委員会の委員長である女子生徒から、今後のことについての話を伝えられる。


 選挙の結果は今日の午後6時までにはわかるらしく、それまでの間指定の待機場所で待つことになるようだ。


 連絡事項を受け取ると、俺たちも教室へ荷物を取りに戻る。


「おっ、主役の登場だ!」

「覚士っち、演説すごい良かったよ~!」


 教室へ入ると、嬉しそうな早坂兄妹から出迎えられ、それに続いて他のクラスメイトたちからも賞賛の声が上がる。

 その中にはありがたいことに、俺に入れたといったものもあり、自分の演説が相手の心にちゃんと響いたと実感できて、素直に嬉しくなる。


 俺は改めて温かく迎えてくれたクラスメイトたちに、いい結果を報告できるようにしたいと言って、待機場所である空き教室へと向かう。すると――


「――っ、真竹覚士」


 道中で俺と同じように空き教室へ向かっていた藤川と鉢合わせた。


 一瞬スルーしようかとも思ったが、これから一緒に生徒会役員として活動する可能性がある以上は、無視はできないだろう。


「どうだった、俺の演説?」


 とりあえず、普通に気になったので感想を求めてみる。


「あなたらしい、下品極まりないものだったわ」

「はは、下品か。せめて邪道と言って欲しいな」

「嫌よ、下品なものは下品だもの。ただ――」

「ただ?」


 そこで藤川は少し言葉を詰まらせながらも、悔しそうに続けた。


「悪くはなかったわ」


 ――そうか。


「ありがとう」

「敵に易々と礼なんて言うものじゃないわよ。まったく……」


 呆れた様子で藤川はそう言うと、そのまま速足で俺の前を歩き出す。


 俺はあえてそれに追いつこうとはせずに、ゆっくり教室へと向かう。


 教室に入ると、すでに立候補者の何人かが待機していたが、依然として教室で捕まっているのか、潤さんと郡山さんの姿はない。


 そしてほぼ全員が集まったというタイミングになって、最後にようやく二人は教室に姿を現すと、俺の近くに腰を下ろす。


「何か、大変だったんだな」

「ええ、すごい疲れましたわ」

「郡山さんも、お疲れ様」

「――」


 うん、今から大事な結果発表があるっていうのに、完全に瞳の中が虚無だ。


 これは後で何があったのか、本格的に聞いてみる必要がありそうだ。


 そんなことを思っていると、選挙管理委員会から開票率が50%を超えたところから、当確確実の候補者を示していくことが伝えられた。


 ちなみに当選確実と言われるラインは、例年選挙結果から得られた落選する可能性がほぼない得票数とされていて、二年生は約800票。

 ただし、例年そのボーダーを超えることなく当選する候補者もいるため、状況次第では開票率100%になったところで伝えられるらしい。


 次第に室内に緊張感が漂う中、ついに開票率が50%を超えたことが伝えられ、当選確実となった候補者が知らされた。


 まずは一人、当然と言うべきか藤川だった。


 彼女は特に驚く素振りを見せることなく、結果を凛とした自然体で受け入れていたた。


 そして、開票率が55%、60%となったところで、残りの現役生徒会役員の二人の当選確実が言い渡された。


 ここからが俺たちにとっての戦いになる。


 開票率65%、70%該当者なし。


 そして、開票率75%になったところで。


「当選確実者が出ました。潤怜奈さんです」


 ライバルたちの中で最初に当選確実を果たしたのは潤さんだった。


 彼女は他の候補者を気遣い、小さな声で「当然ですわ」と控えめに喜びを嚙み締めるだけで、後は静かに続報を待ち始める。


 開票率80%、該当者なし。


 それから数分が過ぎ、開票率85%を迎えると。


「当選確実者が出ました。真竹覚士さんです」


 俺の名前が呼ばれた。その瞬間――


「やりましたわね、覚士さん!」


 喜びを俺が感じるより前に、潤さんが隣から勢いよく手を取って、自分が当選したとき以上の喜びを露にする。


 その様子を見て、あからさまに藤川から嫌な視線を向けられたような気がするが、今は気のせいということで。


 後は郡山さんだな……


 本命である彼女より先に当選してしまったが、きっと彼女なら大丈夫だ。


 そう心に言い聞かせながら、続報を待つ。


 開票率90%、該当者なし。


 当選するのは、あと二人……


 開票率95%――藤川が擁立した立候補者の名前が呼ばれる。


 残ったのはあと一枠……


 今、郡山さんはどんな表情をしているのだろうか。


 こういうとき、気を利かせて何か声をかけられると良かったのだが、生憎と良い言葉が思いつかない。


 彼女の様子を見ることができないまま、時間は過ぎ、ついに――


「開票率100%、すべての票の開票が終了しました。最後の当選者を発表します」


 ついに選挙管理委員が、最後の一人の名前を告げる。


「当選を果たしたのは――郡山夕さんです」


 彼女の名前が告げられた瞬間――


「おめでとう、郡山さ――」


 俺は真っ先に彼女のほうを向いて――途中で言葉を失った。


 口元に当てられた両手に、瞳に薄っすらと浮かぶ涙。


 それは、どんな時もフラットさを保っていた彼女が見せた初めての感情のように見えて、場違いにも思ってしまった。


 すごく綺麗だと。それも胸が締め付けられるほどに。


「おめでとうございます、郡山さん。って、どうしたんですの、覚士さん」

「――っ、い、いや、何でもない……それより、郡山さん、改めておめでとう」

「うん、ありがとう……」


 何だろう、この感情は。


 突然湧いてきた知らない感情に、心が乱される。


 そのせいで、郡山さんと喜びを全力で分かち合いたいのに、できない。


 結局この後も、心にくすぶる感情の正体を掴めないまま時間は過ぎていき――


 喜ばしい結果を迎えたにも関わらず、俺は心の中に不可解なしこりのようなものを残して、生徒会役員選挙の終わりを迎えるのだった。


 


 

 

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