第34話 心に深く突き刺さる


『それでは最後に、郡山夕さん。お願いします』


 真竹くんの演説が終わり、最後に私の番がやって来た。


 進行役の生徒から登壇するよう促され、私は柴崎先輩と一緒にステージ中央まで向かう。


 わかってはいたけど、いざ壇上へ上がるとすごい生徒の数だ。


 さっき真竹くんと話して和らいでいた緊張が、再びその強さを増す。


 こんな大勢の前で話をする機会は初めてだから仕方がない――残念ながら、そんな言い訳は許されない。


 真竹くんだって、それは同じだったのだから。


 私は改めて彼のすごさを実感しながら、応援演説を始めた柴崎先輩の声に耳を傾ける。


 普段はおっとりとした口調が、今は一言一句に抑揚がつけられたはきはきとしたものになっていて。

 練習中に何度も聞いたはずなのに、圧倒されてしまう。


 そして、その勢いに流されるように時間は過ぎ、気づいたときには柴崎先輩の演説は終わっていた。


 今までの応援演説に決して引けを取らない内容に、賞賛の拍手が鳴り響く。


 私に同じだけの拍手がもらえるだろうか。


 不安な気持ちが再び現れて、それにつられて心臓の鼓動も早くなっていく。


 時間は当然、私が落ち着くのを待ってくれない。


 降壇する柴崎先輩とすれ違うように、私は重たい足を引きずるようにゆっくりと演台に登壇する。


 そして、二千人以上の生徒の視線が一斉に私に集まった。その瞬間――


 今まであった不安や緊張が嘘のように霧散し、代わりに話を始めなければという強い衝動に襲われる。


 ――言っとくけど、演説台は思ってる以上に気分が高揚するからな


 真竹くんはそう言っていたけど、これは――


「初めまして、先ほど柴崎先輩から紹介にあずかりました。郡山夕です」


 私は聴衆から発せられる何か大きな力に促されるように、口を開く。そして――


「さっきの真竹覚士くんに比べたらつまらないかもしれませんが、まずは皆さんに私のことを知ってもらおうと思います」


 私はゆっくりと郡山夕という平凡な女子高生について語り始めた。


         ※※※


 自他共に認める平凡な女の子――それが私、郡山夕だった。


 明確な理由かどうかはわからないけど、きっとそれは私が無個性だからなのだろう。


 容姿が他の子より優れているわけでもなければ、成績が良いということもない。

 性格は明るくもなければ暗くもなく、人より目立ちたいといった願望のようなものもない。よく周囲からはサバサバしていると言われることが多い。


 だから当然、本当なら生徒会選挙に出る予定なんてなかった。


 いや、それだけではない。


 交友関係だってそうだ。

 本当なら、今みたいに沢山の友達ができることはなく、きっと教室で数人の子と少し話す程度だっただろう。


「そんな私は今日、新しい一歩を踏み出しました。だけど、それは私一人の力で踏み出した一歩ではありません。私を支えてくれた周囲のみんなが、一歩を踏み出すための勇気をくれたからです」


 真竹くんとの出会いがなかったら、きっと私は現状に満足して、こうして選挙に立候補しようとは思わなかった。

 八百三先輩を始めとする現生徒会役員の先輩たちが協力してくれなかったら、こんなに堂々と皆の前で話すことはできなかった。


 そしてその後は、真竹くんのように前に立つ人たちを見て、ただすごいと茫然と思うだけの人生を送ることになるんだろう。


 今では、そのことを想像するだけで寂しさを覚えてしまう。


「最後に、私は私自身がそうであったように、皆さんが新しい一歩を踏み出せるような――沢山の人が支え合っていけるような学校を作っていきたいと思っています。そして、そのためには皆さんの協力が必要不可欠です」


 最後に一度、聴衆全体を見渡す。


 暗くてはっきりとした表情は見えない、だけどこんな私の話を最後まで聞いてくれようとしている人が沢山いることだけはわかる。


 そんな人たちに向けて、私は最後のお願いをしてから演説を締めくくり、感謝を込めて一礼する。すると――


 最初はポツリポツリと小さな拍手が起こる。


 そして、それを発端に会場中が大きな拍手へと変わっていくのだった。


         ※※※


 今日聞いた中で、一番、心に深く突き刺さる演説だったな。


 演説を終えた郡山さんが拍手を受ける中で、俺はそう思う。


 何者でもなかった一人の凡人が一歩を踏み出す。


 ありきたりな内容ではあるが、それがとても難しいということは、俺を含め聞いている人の大半は知っているはずで、だからこそ共感が得られる。


 まあその点では、俺が美少女に告白しまくる決意をしたエピソードも通ずるものはあるのだが……


 正直にいって、俺と郡山さんを一緒にするのは失礼極まりない。


 何せ俺のは自力でかつ不純な動機だ。


 一方で、郡山さんの場合は周囲の協力あってのものであり、かつ新しいことに挑戦したいという純粋な動機。


 誰が聞いても当然、俺のものより圧倒的に共感したくなるはずだ。


 そう言う意味でも、俺は郡山さんに良いアシストができたな。


 と、そんな自己満足に浸っていると、郡山さんがこちらに戻ってくる。


「お疲れ様、郡山さん。すごく良かった」

「ありがとう。これも真竹くんのおかげだよ」

「別に俺は何も……」

「そんなことないよ。演説前のアドバイスがなかったら、結構危なかったから」

「そうか……なら素直にその感謝は受け取っておこう」

「もう、何それ」


 それから軽く二人で小さく笑い合ってから、会場にこれから投票が始まる旨が伝えられるのだった。


 さて、やれることはやった。あとは天命を待つだけだ。





 



 


 

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