第33話 自伝:真竹覚士


「皆さん、ご清聴ありがとうございました」


 応援演説を終え、八百三先輩が深く頭を下げると会場が一気に拍手に包まれる。

 規模は藤川の演説と並ぶレベルの称賛といってもいいだろう。


 後は、俺が自分のできる限りを尽くすだけだ。


 演説台へ向かう途中、すれ違った八百三先輩から肩を叩かれる。激励といったところだろう。


 俺はそれに頑張りますと力強く頷いてから演説台へと上る。そして――


 これは中々にすごい眺めだな……


 目の前に広がる二千人以上の生徒を前に、思わず感心してしまう。


 だが、意外にも緊張はそれほど感じていない。


 どうやら俺にとっては、二千人の前での演説よりも、自分に不釣り合いな美少女へのアプローチの方が緊張に値するらしい。


 さて、そろそろ一発かましてやりますか。


 演説台に少し乗り出してから、俺は僅かに口の端を上げてから第一声を放つ。


「皆さん、始めまして。先ほど八百三先輩からご紹介いただいた真竹覚士です。そう、あの伝説の振られ士の真竹覚士です!」


 自虐にもほどがある俺の自己紹介に、生徒たちは三者三様の反応を示す。


「おやおや、少し笑いが小さいですね。ここ、笑うところですよ――っと、まあ、笑ってくれない皆さんの気持ちはわかります」


 最初の受け狙いの口調から一変、シリアスな雰囲気を出すと視線が一気に集まるのを感じる。


「皆さんの中には俺のことをこう思っている人も多いのではないでしょうか。何人も見境なく外見の良い女子に告白しまくった面食いクズと」


 あっ、女子の一部とオタクっぽい陰キャ男子が何人か頷いてる。


 自分で言っておいて何だが、いざこうしてその事実に直面すると普通に泣きたくなるな。とはいえ――


「俺としては辛いことですが、仮に俺が皆さんの側にいたら俺も同じように思うでしょう。ですが皆さん、そこで一つ気になりませんか?」


 生徒から集まる視線がさらに増える。よし、これなら行ける。


「どうして、俺はそんなことをするようになったのでしょうか?」


 前列に座っている何人かが頷く。


「おっ、やっぱり気になりますよね。というわけで、今から皆さんにはちょっとした昔話に付き合ってもらおうと思います」


 それから俺は瞳を閉じ、過去を振り返るようにかつての真竹覚士を語り始める。


 まずは、中学二年生のときに、無意識のうちに何となく美少女と付き合いたいと思うようになって、残念ながら何のとりえもない平凡な男子生徒だった俺にそれは無謀ともいえることだったこと。


 それから次に、三年間可能な限り美少女にアプローチをしてそれがダメなら夢を諦めるという決意を固め、それからあらゆる努力をしてアプローチを続けたこと。


 そして最後に、隣に控える八百三先輩に告白して振られたことで、夢が終わりをつげ、新しい生活の一歩を踏み出したこと。


 それらを抑揚をつけながら、当時の俺の心境が如実に表れるように、語っていき――今、大切にしていることについて伝える。


「今までの話を聞いて、皆さんには信じられないことかもしれませんが、今の俺はかつてのように誰かと付き合いたいという気持ちはありません。それはなぜだと思いますか?」


 特に反応はない。ただ、生徒たちは静かに俺が答えを言うのを待っている。


「答えは、今の俺がかつて夢を追いかけていた時以上に充実した生活を送れているからです。そしてそれは、俺のことを支えてくれる友人たちのおかげです。だから――」


 全体を見渡すように遠くを見ながら俺は告げる。


「俺は生徒会役員として、友人たちを始め生徒皆さんが少しでも充実した学校生活を送れるように頑張りたい。そのためには、この場にいる皆さんの協力が必要です。どうか皆さん、至らない点も多々ありますが、真竹覚士に清き一票をお願います! 以上です」


 ちょうど演説を終えて一礼したところで、タイムリミットを知らせるベルの音が静寂に包まれた体育館に響き渡る。そして――


 遅れて想像を超えるレベルの歓声と拍手が、俺に向けて送られるのだった。


         ※※※


 演説を終え、ステージ裏に下がったところで、次の番を控えた郡山さんと目が合った。


「すごくよかったよ、真竹くん」


 小声でそう言ってきた郡山さんだが、さすがに緊張しているのだろう。

 声色には普段の自然なフラットさはなく、無理やり落ち着いた雰囲気を作っているように見える。


「練習よりも熱が籠ってただろ?」

「うん、すごく。私には無理――」

「じゃないさ」

「えっ?」

「言っとくけど、演説台は思ってる以上に気分が高揚するからな」

「そ、そうなの……?」

「ああ、だから緊張なんてすぐになくなるさ」

「――っ、そっか、わかった。ありがとう」


 どうやら俺の意図が伝わったのか、最後は普段通りのフラットな調子に戻っていた。


 やっぱり演説前で緊張している時は、実際あの場に立って素直に思ったことを伝えるのが一番だな。


「それじゃ、頑張って」

「うん」


『それでは最後に、郡山夕さん。お願いします』


 最後に軽く手を振り合ってから、司会に促されるように郡山さんは壇上へと歩いて行くのだった。

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