第32話 初手、俺が振られた美少女


 本格的に選挙活動が始まってからは、あっという間に時間が過ぎていった。


 俺を支持してくれそうな生徒たちへのあいさつ回りを始め、重要となる選挙当日の演説内容の吟味や、敵陣営の情報収集などなど。

 それらを一週間で、かつ日頃の勉強と並行してこなすのだから、時間が早く過ぎてしまうように感じるのはある意味当然なのかもしれない。


 そして今日、ついに選挙当日がやって来た。


「八百三先輩を始めとする生徒会役員の皆さん、今日まで準備に付き合ってくださり、ありがとうございました」


 午後に選挙を控える中、前回と同様空き教室に集まった面々に対して、俺は心からの感謝を告げる。


 正直、まだまだ他にやっておきたかったことはある。


 だが、今日までの限られた時間内でできることはすべてやった。


「今日は皆さんの頑張りに報いることができるよう全力で頑張るので、最後まで応援よろしくお願いします」


 深く頭を下げると、現生徒会メンバーから盛大な拍手が送られる。


 俺は改めて感謝を述べてから、場所を郡山さんに譲る。


「それでは私からも一言。皆さん、今までほとんど関わってこなかった私なんかのために、たくさん協力して下さって本当にありがとうございました。私も真竹くんに負けないくらい、皆さんのご厚意に報いれるように頑張ります」


 両手を前に当て、郡山さんが丁寧に一礼すると、再び盛大な拍手が送られる。

 ちなみに、やはりというべきか俺の時よりも音はしっかりと大きい。


 そのことに内心少し寂しさを覚えていると、山野井先輩が笑顔で告げる。


「せっかくだし本番に向けた円陣でもするか!」


 山野井先輩の提案に皆は頷くと、綺麗に円陣を組む。

 声出しは当然言い出しっぺの俺だ。


「それじゃ、打倒藤川――じゃなくって、二人とも当選できるよう全力で頑張りましょう!」

「「「「おっ、おー?」」」」


 微妙な円陣に皆がクスクス笑い始める。


 何だか最後は締まらない感じになってしまったが、これはこれで俺たちらしいということで良しとしよう。


        ※※※


 決起会を終え、演台に上がる俺と八百三先輩、郡山さんと柴崎先輩は演説を行う体育館へと足を運んだ。


 ステージ裏にはすでに何人かの候補者たちが来ていて、その中には藤川の姿もある。


 彼女は常に周囲の様子を窺っていたのか、俺たちが来たことにもすぐに気づき、こちらへ歩みよって来た。


「真竹覚士」

「何だ、藤川」

「今日であなたに引導を渡してあげるわ」

「できるといいな」

「随分と余裕ね?」

「いやいや、全然」


 本当に余裕なんてない。俺は藤川たちと違って、演説での一発勝負なんだからな。


 まあ、最初から負ける気はさらさらないというのだけは正しいが。


「そういう藤川の方は、準備はいいのか? トップバッターだろ?」


 今回の演説は最初に一年生10人が演説をし、その後に俺たち2年生10人が演説をすることになっている。

 2年生の順番は、藤川が最初で、潤さんが4番目、俺が9番目、そして最後が郡山さんといった感じだ。


「準備は元から万全よ。今日のためにずっと準備してきたんだから」

「それもそうか。まあ、お互いと頑張ろうな」

「ええ、戦いましょう」


 最後に「まあ、あなたは頑張らなくてもいいけど」と付け加えてから、藤川は俺たちから自身が擁立した候補たちのところへ去って行く。


「絢瀬は相変わらずだな」

「ですね……」


 隣でため息を漏らす八百三先輩に、同意するように苦笑を浮かべる。


 八百三先輩はずっと俺の隣にいたのだが、藤川は最後まで彼女に視線を向けることはなかった。

 俺への当たりが強いのは元からだが、最近は先輩に対してもこうらしい。

 藤川は藤川で、尊敬していた先輩に対する何らかのケジメのようなものがあるのだろう。


「時間ですね」

「ああ、所定の場所で待機しよう」


 もうじき閉じられていたステージ上の幕が開くことを告げるブザーが聞こえ、俺たちはステージ脇に並べられたパイプ椅子に座るのだった。


         ※※※


 簡単に選挙に関する説明が教師陣からなされた後、早速ステージ上で一年生による演説が始まった。

 やはりまだ勝手を知らないと言うこともあって、時折たどたどしさはあったものの見ていて思わず微笑ましい気分にさせられる。


 そして一年生の演説が終わると、10分の休憩を挟んで二年生の部が開始される。


「それでは藤川絢瀬さん、よろしくお願いします」

「はい」


 司会に壇上へ上がるよう促され、藤川が推薦人の女子生徒と一緒に演説を始める。


 さすがというべきか、やはり前半の一年生とは比べ物にならない。


 特に、人柄と今までの実績をふんだんに演説内に入れることで、この人に任せておけば大丈夫だという安心感を自然に聞き手が得られるようになっている。

 これは、俺や郡山さんにはできない芸当だ。


 確実に藤川は当選だろうな。


 藤川が難なく演説をこなして見せると、今度は彼女と同期のメンバー二人が続けて演説を行っていく。


 こちらも藤川ほどではないが、演説内容が聞き手に信頼してもらえるような構成になっていて、順当に行けば問題なく当選するだろう。


 どうやら当初の予定通り、7つあるうちの4つを奪い合うことになりそうだ。


「それでは潤怜奈さん、お願いします」

「はい」


 現役生徒会役員の演説が終わると、ついにここからライバルの番になる。


 最初は名前を呼ばれたように潤さんからだ。


 推薦人の凪咲と共に登壇すると、まずは凪咲による応援演説が始まる。


 最初こそ緊張していたものの、潤さんの行動力の高さを中心に、しっかりと彼女の魅力をアピールできていたように思う。そして――


「皆さん、始めまして。潤怜奈ですわ」


 潤さんの演説が始まった。


 最初は凪咲からの紹介を引き継ぐように、自身の性格について語っていく。

 

 そして、内容が中盤に差し掛かったところで、彼女はある疑問を聴衆に投げかけた。


「皆さんは、この学校で他クラス間の交流が少ないとは思いませんか?」


 その問いに多くの生徒が賛同を示すと、続けて潤さんは転校生の視点から、より他クラスでの交流を増やす試みをしていきたいと話を展開し始める。


 よく考えられているな。


 これは少し意表を突かれた。


 東謳学園の生徒会役員選挙での演説は、一般的な演説と違い公約などはそれほどアピールしない。


 理由は単純で、生徒の多くが学校の現状にそれほど不満を抱いていないからだ。


 そのため、演説で重要視されるのは、いかにその立候補者の人柄をアピールすることができるのか――言い換えればいかに応援してもいいと思わせるかになる。


 その点、転校生である潤さんは人柄を知る人が少ないため、そこがネックになっていたのだが、それをあえて上手く利用して、聴衆の関心を得ることに成功した。


「さすがだな……」


 同じことを考えたのだろう、演説が終わると隣に座る八百三先輩がそう呟く。


 当選するかどうかは他の候補者次第だが、かなりいい線は行っているのではないだろうか。


 潤さんが終わると、今度は藤川が擁立した候補たちの演説が始まる。


 こちらはやはり藤川が関わっているというだけあって、演説のツボをしっかりと抑えたよくまとまったものになっている。

 ただ、かなり王道を行っているということもあって、少し面白みにかける点が唯一の弱点といったところだろうか。


 これなら俺にも勝機があるかもしれない。


 なぜなら俺の演説は藤川たちの真逆、邪道中の邪道なのだから。


「それでは次は、真竹覚士さん、よろしくお願いします」

「はい」


 登壇するよう促され、八百三先輩と一緒に演台に上がる。


 ――それじゃ、一発かましてください。

 ――ああ、任せておけ。


 八百三先輩にアイコンタクトで意思疎通を行うと、彼女はマイクの前で演説を始める。


「皆さん、こんにちは。現生徒会長の八百三椿です。初めに一つ、皆さんに伝えておかなければならないことがあります」


 真剣な現生徒会長の言葉に、聴衆が耳を傾ける。そして――


「私は二か月前、隣にいる真竹覚士くんに告白され――断りました」


 突然の告白に、聴衆が一瞬でざわめきを起こす。


 そして、八百三先輩は手でそれを制したところでさらに続ける。


「私は彼を振った――その事実を皆さんには念頭に置いて頂いた上で、どうして私が彼を推薦するのかを聞いて頂きたいと思います」


 全員が真剣にこちらの話に耳を傾ける体勢に入ったのが、会場の雰囲気で伝わってくる。


 どうやら、初手――俺が振られた美少女作戦は成功したようだ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る