第30話 お嬢様と副会長


 覚士さんが生徒会に立候補するなんて、一体何があったというのかしら……


 私、潤怜奈は寝台に仰向けになって考える。


 今日の昼休み。いつものように愛しの殿方と昼食を共にしている時、何の前置きもなく彼は生徒会に立候補すると言い出した。


 当然、その場にいた皆さんは理由を尋ねましたが、それは言えないと彼は答えるだけで何も教えてはくれなかった。


 確か彼は現生徒会長の八百三椿ともただならぬ関係があるとかないとか聞いたことがあるし、その関係かもしれない。というか――


「それ以外考えられませんわ!」


 先日の昼休み、あの女は私の数少ない彼との時間を奪った。


 彼は何もなかったと無表情で言っていたけれど、きっとあの場で生徒会選挙に出るように迫られたに違いない。

 以前、彼女から勧誘を受けた私にはわかる。もちろん、覚士さんとの時間を守るために断ったけれど。


「そういえばあの時、確か私は――まさか……っ!?」


 生徒会への勧誘に対する断り文句を思い出し、一つの疑念が生じる。


 もしかして、あの女は私を立候補させるために覚士さんを利用したのでは?


 そう考えればある程度つじつまが合う。


 あの女の私に対する勧誘は本物だった。誘い文句の一つひとつに情熱が籠っていると感じたことはよく覚えている。


「あの女、もしかして私の恋をアシストして下さっているの?」


 答えはわからない。

 

 ただ一つだけ確かに言えることは、覚士さんが立候補する以上、私が選挙に出ない理由はないということ。


 クラスが違うため、私が彼と一緒に過ごせる時間は少ない。


 仮に二人とも当選して生徒会に入ることができたのなら、欲しくてたまらない時間が増えることになる。

 その間に、きっと文化祭の準備といった素敵な共同作業だって沢山あるはずだ。


 そんな夢のような時間を考えれば、生徒会役員に立候補しないという選択肢はない。


「そうよ。あれこれ考えても仕方ありませんわ」


 私が今やるべきことは一つ。


「全力で選挙に臨む。そして――」


 覚士さんと一緒に最高の青春を送るのですわ……っ!


 気合を入れ、早速選挙に向けた戦略を練るために、相方である大日南さんに連絡しようとスマートフォンを手にする。すると――


「藤川絢瀬、知りませんわね」


 知らない生徒からメッセージが来ていた。


 念のため既読がつかないようメッセージの内容を確認する。


『はじめまして。現生徒会副会長の藤川絢瀬です』


『明日の朝。同じ立候補者として選挙について話したいことがあるのですが、時間をもらえませんか?』


 一体、何の話だろうか。残念ながら見当はつかない。


 それに朝は、一日の中で彼と話せる数少ない機会なのだ。


 ただ、内容が内容だけに無視することはできない。


「仕方ありませんわね……」


 私は渋々メッセージに対して了承の意を示した。


         ※※※


 翌朝、私はいつもより早く家を出て学校へ向かった。


 指定された場所は生徒会室で、前回あの女から呼び出されて以来二度目だ。


 部屋に入ると、ショートボブの女子生徒が座って何やら事務仕事のようなものをしていた。

 以前生徒会室に呼び出された際に見たことがあることから、恐らく彼女が藤川絢瀬だろう。

 ちなみに集中しているのか、私が来たというのに気付いていない。


「藤川絢瀬。あなたの望み通り、来て差し上げましたわ」

「ありがとう。そこに座って」


 ようやく私に気づいた彼女に促され、彼女の隣の椅子に腰を下ろす。


「それで、私に話というのは何ですの?」

「簡潔に言うと、選挙であなたと協力したいの」

「協力?」

「ええ」


 あくまで私は敵対している候補者であるはずなのに、一体どういうつもりなのだろうか。


 協力という言葉に疑問を覚えながらも、話を続けるよう私は促す。


「私は今回の選挙で、絶対にある生徒を生徒会入りさせたくないの」

「ある生徒、誰ですの?」

「真竹覚士」

「――っ!?」


 まったく予想していなかった名前が出てきて、思わず私は両目を見開く。


「その様子だと、あなたも彼の蛮行は知っているみたいね」


 蛮行……とは一体……?


「すでに知っているかもしれないけど、あの男は以前、八百三先輩に告白するためだけにここに出入りしていたことがあるの」

「なっ……っ!?」

「有り得ないと思うでしょ。でも事実よ」


 別に彼のその行動力自体に驚きはない。初対面の私に告白した時も、他校でありながら堂々と話しかけてきたくらいだ。


 ショックなのは、あの女に彼が好意を抱いていたという事実。


 ただならぬ関係があるとは思っていたが、まさかそこまでの関係があるとは思わなかった。


 私が状況を整理できない間にも、彼女はさらに続ける。


「はっきり言って、私は野蛮な彼の行動が気持ち悪くてしかなかった。だから、彼が会長に振られて生徒会に来なくなって嬉しかったわ。だけど――」


 彼女の表情が突然憎悪に歪む。


「なぜか振ったはずの彼を会長は勧誘し始めた。そしてあまつさえ、会長自らあの男の推薦人に名乗りを上げたの……っ! 本来なら私を応援してくれるはずだったのに……」

「――」


 私は何も言えない。


 だって、一度振ったのにもう一度声をかけて彼との距離を詰めようとするなんて、まるで私と同じ……


 彼女はわからないと言っていたけれど、一つだけ確かなことがある。


 八百三椿は覚士さんのことが好きだ。


「私、帰りますわ」

「えっ――」


 私は立ち上がり、生徒会室を後にしようと彼女へ背を向ける。


「ちょっと待ちなさい。まだ話は――」

「私、以前生徒会入りを断った時に言いましたわよね。覚士さんとの時間が減るから無理だと。その意味がおわかりで?」

「もちろん。だからこれはあの男は止めた方がいいという忠告をかねて――」

「そんな忠告不要ですわ……っ!」

「――っ!?」


 はしたなく語気を荒げると、背中越しに彼女が怯んだのが伝わる。


 善意からの忠告であるのがわかるだけに、申し訳ない気持ちになる。


 けれど、もう一つだけ伝えなければならないことがある。


「彼は確かに見境のない行動を過去に取っていたかもしれませんけど、すごく魅力的な殿方ですのよ」

「な、何をそんな――」

「あなたも一度しっかり向き合ってみてはいかが?」


 まあ、それでライバルが増えるのはご免ですけれど。


 私は呆然としているであろう彼女をそのままに、ゆっくりと生徒会室を後にするのだった。




 

 



       


 

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