第29話 もう一人の副会長
「じゃあ、先に立候補してくるから。二人とも、長話はほどほどにな~」
活動を行うグループが決まったところで、郡山さんたちは先に立候補届を出しに行くことにした。
俺たちの方は、八百三先輩が話があるとのことらしく、それが終わり次第後に続くことになる。
茶化し気味に教室を出た山野井先輩に続いて、柴崎先輩と郡山さんが教室を後にすると、俺は口を開く。
「それで、話というのは何ですか?」
「ああ、潤さんについてなのだが、彼女の方はどうだろうか?」
どうだろうかとうのは、生徒会役員選挙に出るかどうかということだろう。
先日、協力をする条件として、八百三先輩から可能な限り潤さんにも出てもらえるように仕向けてもらえないかと頼まれていた。
「俺が選挙に出ると聞いたから、出ると言っていました」
「そうか、それは良かった!」
簡潔に結論を告げると、八百三先輩が笑顔を見せる。
潤さんの気持ちを利用するような形になって罪悪感を覚えるが、彼女の生徒会への適性を考えるとこれも学校のためだと割り切れる。
ちなみに、潤さんの応援演説は凪咲がすることになった。
最初は早坂兄妹が候補だったが、俺が出るということもあって中立でいたいと引き受けなかったのだ。
俺としても、あの二人が敵に回るのは勘弁してほしい。
「それで、話というのはそれだけですか?」
「ああ」
「なら、俺からも一ついいでしょうか?」
「何だ?」
「藤川についてです」
「――絢瀬か」
現生徒会において柴崎先輩と同じ副会長であり、俺を嫌っている女子生徒の名前を出すと、八百三先輩の表情が曇る。
「先輩たちを巻き込んだ立場の俺が言うのも何ですが、藤川とは大丈夫でしたか?」
「まあ、今回の協力の件を伝えたら、色々と厳しいことを言われたよ」
例年、生徒会長は現副会長が立候補する場合、その応援に回ることが多いし、実際藤川もそのつもりだったはずだ。
それが俺のせいで成立しなくなったのだからそれは当然だろう。
「もしかして、絢瀬のこと、心配してくれているのかい?」
「ええ、一応……」
藤川にはほとんど口をきいてもらえなかったが、彼女の真剣な仕事ぶりは良く知っている。
それに、どれほど八百三先輩を尊敬していたのかということも。
「心配する必要はないよ、真竹くん。絢瀬なら自分で上手くできるはずだ。むしろ、私たちが何かされないか気をつけないといけないくらいだ」
「はは、それは怖いですね」
「いや、割と冗談ではないのだが……」
「えっ……」
さらっと新たに懸念事項が増えたような気がするが、とりあえず色んな意味で藤川は大丈夫らしい。
「それでは、話しも済んだところだし、私たちも立候補届をだしに行こうか」
「そ、そうですね」
少し違和感の残る感じにはなってしまったが、かといってこれ以上話すこともないので、俺たちも立候補届を出すために教室を出る。
そして、生徒会担当の先生に会うために職員室に入ろうとすると――
「――っ、真竹覚士……っ!?」
噂をすればなんとやらというべきか。
ショートボブにあどけなさが残る丸い顔立ちが印象的な少女――
当然、彼女から嫌われている俺は表情筋に力が入るのだが、心なしか八百三先輩の方も表情が曇っている――というよりビビっている?
「その……お疲れ様です」
「――」
とりあえず労いの言葉をかけてみるが、何かが返って来るということはない。
うん、この状況、気まず過ぎる。
「真竹覚士、今から話があるんだけど」
「えっ、は、話……?」
「ええ。こっちに来なさい」
「待ってくれ絢瀬、彼には先に立候補届を――」
「八百三先輩は黙っていてください」
「ひっ――」
八百三先輩のこの反応を見るに、俺の想像以上のやり取りが二人の間であったことは確かだな……
「どうしたの、早く」
このままここでやり取りを続ければ、教師陣からの心象が悪くなってしまう可能性がある。
「わかった、行くよ。八百三先輩はここで待っててください」
「あ、ああ……」
内心かなりビビりながら、俺は藤川の背中を追う。
そして、人気のない階段の踊り場まで来たところで、藤川は振り返った。
「できる限り会話をしたくないから、伝えたいことだけ伝えるわ」
俺の方に変わらず鋭い視線を向けながら、彼女は告げた。
「私は絶対にあなたの生徒会入りを認めない。会長がバックアップしていたとしても、必ず打ち負かす」
その言葉のあまりの覇気に、思わず俺は数歩後退る。
どうやら、さっき八百三先輩が言っていた不安は見事に的中したみたいだ。
「できれば、汚い手は使わないでほしいな」
「当然よ。私はこの前の高下とは違うわ。正々堂々とあなたを叩き潰すつもりよ」
た、叩き潰す……だと……一体、どんなことをしてくるつもりなんだ……
俺が完全にビビっていると、藤川は「話はこれで終わり」と短く言ってからこの場を後にする。
正直、藤川がどんな手を使って来るのかはわからない。
ただ一つ言えることは――
「俺のせいで、郡山さんが不利になるようなことだけは、絶対に許してはいけない」
その言葉をしっかりと心に刻んでから、俺は職員室前へと戻るのだった。
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